19:メスガキはあの子と話をする

 いろいろショッキングなこともあったけど、そこから復活してアタシはチャットの通話ボタンを押す。


「トーカさん!? 無事ですか!」


 聞こえてきたのは聖女ちゃんの声。アタシを心配してくれてるのが伝わってくる。ずっと心配して起きててくれてたのだろう。そう思うとヘタレて出れなかったのがすごく情けなくなってくる。


「もー。無事に決まってるじゃない。さっきまでぐっすり寝てたんだから。心配しすぎよ」


 なのにアタシはついそんなことを言ってしまう。ゴメン、心配かけた。その一言を告げないといけないのに。この子に弱味とか見せたくない。そんなつまんない意地で。


「……はい。よかったです……!」


 涙をこらえ、喜ぶように頷いているんだろう。声越しでもわかるあの子の動作。傍にいたら、手を握ってあげてただろう。そしてつまらない嫌味を言っていただろう。だけど、それもできない。


 ああ、でも――


「よくない! アタシを閉じ込めるとかどういう趣味よじじい! アンタに求婚するロリコン性癖なのは知ってたけど、可憐で可愛いアタシを牢屋に閉じ込めて観察する趣味があるとかサイテーね!」

「そういう意図で閉じ込めたのではないと思いますけど」

「分からないわよ。人間、陰でどんな趣味持ってるか分かったもんじゃないもん。人間、一皮むけば全員変態なんだから」

「理性と本性をうまく使いこなすのが社会とは言いますから」


 アタシの会話に適度に返す聖女ちゃん。いつものやり取り。いつもの会話。


 たったそれだけのことで、こんなに満たされる。目の前にいなくても、こんなに嬉しくなってくる。目の前にいたら、もっと楽しいだろう。胸に込みあがるじわじわした熱。心臓の鼓動が心地いい。


 ばれないように涙をぬぐう。さっきまでため込んでた辛さも苦しさも全部吹き飛んだ。この子と話ができるってだけで、さっきまでの痛みがウソみたいに消え去った。


 そうなると、頭も軽くなる。やるべきことが見えてくる。先ずは状況確認だ。


「そっちはどういう状況? こっちは洞窟の牢屋に閉じ込められてる。アビリティ封じの服着せられてるわ。自力脱出は難しそう」

「私の方は部屋に軟禁状態です。納屋のような家ですね。見張りがいて、外から鍵をかけられています。こちらも脱出は難しそうです」


 お互い動けそうにはない感じだ。でも聖女ちゃんはアタシより若干……思いっきり待遇はよさそうである。おのれじじい。


「はっ、やっぱり子供を閉じ込める趣味なんじゃないの。やーね、年取った老人は」

「言葉が被ってますよ。お年を召したから老人なのでは?」

「細かいツッコミはいいの。で、そのじじいは?」

「ガドフリーさんとはしばらく顔を合わせていません。『魔女の呪いを解くために儀式が必要です』と言ってました」

「神社でお札でも買ってくるとか? 頭おかしいわよ」


 アタシが魔女というのもあれだが、呪いを解くとかどういう事か。変な宗教に傾倒してるんじゃないの?


「神社はともかく、何かしらの神を信じているのは確かなようです。時折祈りを捧げていますし」

「神ってこの世界の神がここにいるのに? ……そう言えばそっちにかみちゃまいる? 変なこと言ってない?」

「シュトレイン様ならいますけど……変な事って?」

「言ってないならいいわ。あとアタシのことを言ったとしても寝言だからスルーして」


 さっきまでのグダグダしたのをこの子に知られたら、恥ずかしい。なんで一応釘をさしておく。ついでにこっちにいるかみちゃまにも目線で何も言うなと思念を送る。


「そう言う言葉は自分で直接言いなちゃい。助言でちけど、もう少し素直になっほうがいいでちゅよ」


 呆れたように言うかみちゃま。うるさいやい。


「呪いを解く云々もじじいが祈ってる神のどうとかかもね。ってことは怪しい煙焚いて魔法陣の周りで踊るとか」

「そちらの方が魔女っぽいですよ。……とはいえ、現実の宗教が『魔』を祓う際は肉体的に過激な事をすることもありますのでましなのでしょうが」

「過激?」

「水の中に沈めて浮かんだら魔女だから殺す。そのまま沈んで死ねば魔女じゃない。そんなやり方です」

「どっちにしても死ぬじゃん」


 昔の人って頭悪いの? 殺したいだけなの? サイコパスなの?


「ともあれ他人のいう事を聞きそうにありませんからね。神がそうしろと言ったからそうする、という感じです」

「めんどくさいじじいね。なまじ強いのが癪に障るわ。

 弱かったら反論できないぐらいにボコボコにして、価値完全否定して土下座しているところを踏んずけて見下して大笑いしてすっきりするんだけど」

「やりすぎです」


 ともあれ次は負けない。相手の構成が分かっていて冷静に動ければどうにかなる。っていうか――


 この子と話して冷静になれば、じじいの分析も冷静にできる。クソムカつく変態じじいだが、<フルムーンケイオス>のスペックだけで見れば、ある程度完成されたビーストテイマーだ。……あてんだんと何とかとか本人は言っているけど。


 分かっているだけで、推定レベル70代。これは何とか四天王のレベル合計から計算したヤツだ。もしかしたらもう少し高いのかもしれない。


 ただまあ、正直70レベルならラヴァクロコダイルよりもシャドウチーターをテイムしたほうが効率がいい。火属性に拘るとしても、フレイムタイガーだ。


 そもそも四天王なんているなら最初の戦いのときに出せばいい。何とか四天王が出てきたのは三回目の戦いで、【動物教育】が入ったのは二回目。【動物教育】は常時発動のアビリティだから、一回目の戦いでは覚えてなかったのは確実だ。


「なんかチグハグなのよね、あのじじい。レベル高いくせにワニに拘ったり、アビリティもいきなり覚えたり?」


 一つの動物に拘るテイマーというのは、まあ珍しくはない。ゲームスタイルは自由だし、テイマー系は特に生涯の友とか可愛いとかかっこいいとかもふもふとか特定の魔物にこだわる人もいる。スタート地点に出てくるイッカクウサギでも高レベルテイマーならそこそこ戦える。


 でもレベルがいきなり上がったりアビリティがいきなり増えたのは、ちょっと考え難い。アタシは確かに遊び人を熟知して、一気にレベル上げたりレベル上げてアビリティが増えたりしてる。だから完全否定はしない。


 でもあのじじいが<フルムーンケイオス>を熟知しているとはとても思えない。アテンダント何とかとか言い出すし、戦闘も命令を下して後ろで見ているだけ。『沈黙の杖』あたりを使ってアタシ達にバステを与えるとか、そんな補助アイテムを使うこともない。


「……質問ですけど、レベル自体は時間をかければあげることは可能ですか? キャンプの人みたいな強行軍ではなく、安全第一でも時間をかけてコツコツとあげるという方法で」

「え? まあ弱っちい相手を根気よく倒せばレベルは上がるわよ。アタシは面倒だからやらないけど」


<フルムーンケイオス>は所得経験点にレベル補正がある。自分のレベルより高い相手だと所得経験点にプラス補正があり、低いレベルだとマイナス補正がかかる。でもゼロにはならない。理論上は弱い相手をコツコツ倒してもレベルは上がるわ。


「これは一つの可能性ですけど」


 そんな前置きをする聖女ちゃん。この子がこういう時は、ある程度の確信がある時だ。


「ガドフリーさんは<フルムーンケイオス>というゲームの仕様……正確にはこの世界の理を理解していない可能性があります」

「……ええと?」

「トーカさんは『こうするのが当然』というゲームの常識を前提で考えているので理解できないかもしれませんが、その常識を理解していない……いいえ、受け入れていないのでしょう。

 ただ何もわからず魔物を倒して強くなっている。その結果、あのレベルに到達してしまった。そういう事だと思います」

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