18:メスガキは神と話をする
「なんでそれを本人の前で言えないんでちか?」
アタシの目の前には、ぷかぷか宙に浮かぶ赤ちゃんことかみちゃまがいた。
洞窟は行き止まりで、格子は閉じたまま。ついでに言えば見張りのテナガエイプはかみちゃまの存在に気づいてる様子はない。どこから入ってきたとか、なんで気付かれないのかとか考えて、
「……幻覚見るぐらいに疲れてるのね。寝よ」
アタシはそう結論付けて毛布に横になる。
「トーカちゃん以外に見えてないから、幻覚扱いはある意味正しいんでちゅけど」
うん。幻覚もそう言ってるし。無視無視。疲れてるんだから寝よー。
「あたちがトーカちゃんにだけに伝わるようにパスを通しているんでち。なんでさっきのもばっちり聞こえてまちゅよ。何もなかったかのようにして忘れようとしても無駄でち。コトネちゃんに言ってもいいでちゅけど――」
「黙れ。喋るな。忘れろ」
とんでもない事を言うかみちゃま幻影に向かって、アタシは短く鋭く言い放つ。さっきの言葉をあの子に知られたら……!
「幻覚に向かって話はしないんじゃないでちか?」
「うるさい。さっきの事を伝えられたら恥ずかしすぎて死ぬ。アタシの尊厳とかが死ぬ!」
「はいはい。しまちぇんよ。そういうことは自分の口で言ってくだちゃい」
この赤ちゃん言葉と言い、かみちゃまなのは間違いないのだろう。なんでこんなことできるのって言われれば、一応この世界の神なんだからそれぐらいはできそうだ。そう言えば二分割してたし。そんないい加減な理由だけど、とりあえず幻覚ではないと信じることにした。
「言わない。乙女のプライバシーに踏み込むとかどういう事よ。大体何の用なの?」
「安否確認でち。プライバシーに関しては事故みたいなものでちゅから謝りまちゅよ」
アタシの言葉にため息をつきそうなぐらいに呆れて言うかみちゃま。
「なんでチャットに反応しなんでちか? コトネちゃん、心配してまちたよ? もしかして、あのまま死んだんじゃないかって。その確認のために分霊を飛ばしたんでちゅけど、そしたらあんなこと言ってたんで」
「……う」
じじいに負けて倒れこみ、そのまま眠ってしまって別れたのだ。気付いたら別れ別れでチャットに反応がない。逆の立場ならアタシでも不安に思う。死んだかもと心配するのは過剰ではない。
「……その、チャットに気づかなかったんで」
「だったら早く出てあげてほしいでちゅよ。ものすごく心配してるんでちゅから」
「それは……」
チャットに出て、あの子と話をする。
それが正しいのかどうか、それを迷うぐらいにアタシは心が乱れていた。
常識的に考えれば、心配しているんだから連絡するのは当然だ。大丈夫というだけで終わる。たったそれだけ。それだけで終わる会話でも、あの子は安心する。だけど、アタシは――
「……だるい、かみちゃまが伝えて」
言ってアタシはかみちゃまに背を向ける。この牢屋に連絡がつけられるぐらいだから、あの子にそう言うことぐらいはできるはずだ。っていうか、アタシの無事を確認しに来ただけならもういいはずだ。
「トーカちゃん」
「帰って」
「トーカちゃん」
「アタシ、あの子と話しないから」
「トーカちゃん!」
叱咤されるような声。アタシにしか聞こえないのだろう。見張りのサルが気付いた様子はない。だけど、アタシには強く響いた。言外に含まれた、あの子と話をしろという言葉に。
「アタシは!」
叫ぶ。その声にサルが反応するけど、中に入ってくる様子はない。かみちゃまの姿は見えてないのだろう。明らかな異常なんだけど、サルにはアタシが一人で叫んだようにしか見えないみたいだ。
「アタシは、あの子に会えない! 会って、話なんかする資格なんてない!」
「…………なんででちゅか?」
「アタシはあの子と釣り合わないもん! いい子で、可愛くて、清く正しくて! アタシみたいな悪い子とは釣り合わなくて……!」
心の中の塊を吐き出すようにアタシは叫ぶ。
「だっておかしいもん! アタシとあの子が一緒にいるなんて! 誰がどう見ても間違ってるもん! ましてや、あの子の事が好きだなんて! あのじじいの言うとおり、アタシが一緒にいてもあの子は幸せになれないから!」
だから、会えない。
あの子はいい子で、普通に幸せになって、そうあるべき子だ。
アタシみたいなこといっしょにいるのが、間違いだ。
「男と女が一緒になって結婚して、子供を産むのが普通なんでしょ! 世界はそうやって回っていくんだから! かみちゃまだって、人類が続いていくためにもそうすべきだって思ってるんでしょ!」
「そうでちね。それが一般的な流れで、世界はそうやって続いていくんでち」
アタシの叫びを受けて、そんな言葉が返ってくる。そうだよね、それが普通だもんね。世界のために。人類のために。その方が正しいのだ。あの子もきっとそう言うに決まってる。
「――でも、皆が同じ考えである必要はありまちぇん」
かみちゃまの声が、静かにアタシの脳に届いた。
「皆が同じ考えだと、そこで文化は止まりまちゅ。正しい考えだけで世界が回るほど、この世は単純じゃないんでちゅ」
どこかで似たような話をしたような気がする。その時アタシも、オンリーワンだけで運営されるのはクソゲーだって思った記憶がある。
「…………でも」
「トーカちゃんが言ったことでちゅが、人類が残りが数名になったところでしぶとく生き続けましゅ。いつか復興してたくましく繁栄しまちゅ。
ただ一人二人が子供を生めなくても、人類は終わったりはしまちぇん」
かみちゃまがアタシに触れるように近づいて、
「って、いうか!」
「あいた!?」
アタシにデコピンした。ちっちゃい指なんだけど、ものすごく痛かった!? 思わずのけぞるほどの衝撃だったんですけど!
「世界がどうとかグダグダ言い訳してるけど、要するにコトネちゃんに話ができない理由は好きな人がとられそうになってるのに焦ってるだけでちゅか。
ライバルがいないと思ってたら横から奪われそうになって、どうしたらいいかわからないだけとか男女以前に情けなすぎまちゅ!」
痛む頭を押さえながら。かみちゃまの言葉を聞く。いや待って。
「いや待って。その解釈は間違ってるわよ。アタシはあくまで、その、いろいろ相応しくないって自分を鑑みて。世間的な常識とかそのあたりもあって」
「トーカちゃん、そんなの気にするキャラじゃないでちょう。何があっても我が道を行くタイプなのに、いきなり常識とかで足踏みするとかありえまちぇん」
アタシの意見をばっさり切り捨てるかみちゃま。……まあ確かに世間の常識とかよりもアタシの考えが正しい、っていうのがアタシの信念だけど。
え? じゃあマジであの子を取られそうになってモダモダしてただけなの? それってどんだけ恋愛ザコザコなの? 嫉妬して言いたいこと言えなくなるとか、今時漫画でも見ないのに……え? マジで……そう、なの……。
「だいたいコトネちゃんとトーカちゃんの性格が真逆なんて今更でち。それでもうまくいってたんでちから、違いがあることが一緒に入れない理由にはなりまちぇん。
あとは自分が一緒にいたいかどうかだけでちゅけど、その答えはとっくに出てまちゅちね」
…………う。
さっきの呟きを聞かれたことを思い出す。恥ずかしいけど、それが答えだ。
会いたい。会って話をしたい。
この気持ちだけは、絶対間違ってない。たとえ世界にダメだと言われても、この気持ちだけは正しいって胸を張って言える。
アタシはステータス画面のチャット機能を選択しながら、かみちゃまに言う。
「ありがと。今からあの子と話するわ」
「あい。ようやく元通りでちね」
「あと……さっきの呟きとかアタシの想いとか、絶対に誰にも言わないでよね! こんな恥ずかしいこと、誰かに知られたら耐えられないから!」
「あい。それも約束ちまちゅ。でも結構バレバレでちゅよ。トーカちゃんの想い」
通話のボタンを押す直前で、アタシの指が止まる。自分でもわかるぐらいに、顔を赤くしているのが、わかる。
「バレ……バレ……? だだだだだだだ、誰に……?」
うそだ。ハッタリだ。アタシがこっそり抱いていた想いに気づかれるはずがない。でも気になって尋ねてみる。そんな人がいるはずが……ない、よね?
「あたちが知る限りでは裁縫師のソレイユちゃんに天騎士のルークくん。アイドルの時に一緒にいた妖精衣の網彦くんに夜使いのトウヤくん。ちょっとしか一緒にいれまちぇんでちたが、格闘家のゴルドくんと軽戦士のニダウィちゃんも。あと――」
「うそだああああああああああああ!」
あまりの恥ずかしさに顔を覆うアタシ。え? 割と親しい人じゃない! なんで、なんで気付かれるの!? うそだと言って!
「……むしろいままで隠していたつもりだったのが驚きでちゅよ」
本気で呆れたとばかりのかみちゃまの声に、アタシはかなりの精神ダメージを受けたのであった。
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