17:メスガキは泣く
目を覚ますと、知らない天井だった。
「っていうか洞窟だった」
上も横も下も全部岩。申し訳程度の情けとばかりにシーツが敷かれ、アタシはその上で寝ていた。唯一の出口には木材で作った格子があり、見張りなのかテナガエイプがいる。
「ちゃちい見張りと檻だけど……」
アタシは自分に着せられた服を着て、ため息をついた。いつぞやの時につけられた囚人服だ。<封印><無力>をつけられて、戦闘行為とアビリティを使えなくするヤツだ。アイテムは使えるので移動アイテムを使えば逃げられると思うけど、たぶんそういう対策はしているのだろう。
してなかったとしても、移動先はグランチャコで最後に泊まった場所だ。そこからどれだけ離れているか分からないので、移動したらここに戻れないかもしれない。おそらく聖女ちゃんも近くにいるのだから、戻れないのは良くない。
ここから出せー!
と叫ぼうとして、その気力がない自分に気づく。叫んで、あのじじいが出てきたら何も言えなくなる。その隣に聖女ちゃんがいたら、心が壊れるかもしれない。
『ウィは聖女様と結婚した! 貴様のような娘よりも偉大なる王であるウィを選ぶのは至極当然のことだからな!』
『はい。ワガママでいい加減で整理整頓もできず好きな人に好きと言えない女よりも、将来性があって大人でたくましい求愛力のある帝王様に仕えるのは人として当然です』
『男女が共に歩み、子を産むことは至極当然の行為! 女同士でいるよりも男が女といる方が正しいなど、誰もがそう思うに決まっている!』
あ……。だめ。想像しただけで泣きそうになってきた。呼吸が乱れて、立って垂れない。ペタンをシーツの上に崩れ落ちる。太ももの上に落ちる温かい何か。それが自分の涙だと認識できたのは、しばらくたってからだった。
あの子はそんなこと言わない。でも、言うかもって想像しただけでこのざまだ。胸の中がぐるぐる回って、頭がぐらぐら揺れる。視界が安定しないし、呼吸も荒くなる。
「……ああ。もう」
情けない。ただ想像しただけなのに。怖い、痛い、嫌だ、やめてほしい。そんな感情がアタシを襲った。胸を押さえて呼吸を整え、ようやく涙を拭きとる。気力を全動員して、なんとか顔をあげた。
ステータスを確認すると、未読のメッセージが沢山あった。聖女ちゃんからのメッセージだ。アタシはそれを……開けることができなかった。ないとは思うけど『じじいと結婚しました』とかがあるかもと思った瞬間に体が硬直してしまう。
見なければ、ショックは受けない。そんなはずはないけど、そんなはずはないけど。でもそう言われたら? アタシよりもあのじじいの方がいいとか言う事を匂わせることが書かれていたら?
そう思っただけでも怖かった。
『貴様が聖女様を拘束している以上、聖女様は幸せにはなれぬのだ!』
幸せ。あの子の幸せ。
そんなこと考えたこともなかった。あの子が何に喜ぶとか、何に悲しむとか、そんなことはいくらでも知ってる。清く正しく弱い人を守るのが大好きな子。規則が守られないと嘆き、料理は得意で頭もよくて、でも掃除はちょっと苦手な子。
でも、幸せというのは知らない。あの子がどんな人生を歩みたいとか、どうしたいとか、そういう話をしたことはない。ずっと一緒にいて、将来の事とかを話し合ったことはない。
『女性同士で共にいても子供を生めず、世界にとって何の利益をもたらさぬと知るがいい!』
じじいの言葉が頭の中でリフレインする。辞めてほしいのに、頭から離れない。その度に、アタシは吐きそうになる。
同性でパーティを組む。うん、普通だ。
同性で友達になる。うん、普通だ。
でも同性を好きというのは、普通じゃない。
男と女がカップルになる。結婚して子供を産む。そして次の世代を作っていく。世界中どの場所でも行われている行為で、普通の事だ。
アタシが聖女ちゃんを好きになるという事は、そう言う意味で普通じゃない。
アタシと一緒になるよりは、じじいと一緒になる方が普通なのだ。
いや、でもあのじじいはないわー。さすがにあれは拒否するわー。
……と叫ぶ余裕も今のアタシにはない。口を開こうとすると嗚咽が漏れて、じじいにさんざん言われた事がアタシの心を裂いていく。お前の恋は間違っている。お前の大事にしている者はお前には似合わない。
「アタシは……あの子の隣にいていいの?」
自分でもうつな方向になっていると思いながら、問いかけは止まらなかった。この方向に進めば進むほどドツボだと分かっていても、止められなかった。
「アタシは、あの子に迷惑ばっかりかけて、怒られて、呆れられて、ため息ばっかりで、あの子みたいにいい子になれなくて」
ああ。
「アタシは口が悪くて、上から目線で、生意気で、整理整頓もできなくて、将来性もなくて、ゲーム知識以外は無計画で、あの子ほど知識もなくて」
言えば言うほど、アタシはあの子と釣り合わない。
「そもそもアタシがあのアホ皇帝を蹴っ飛ばさなければあの子がアタシについてくる必要はなかったわけだし。ずっと一緒に旅しているけど、それだってあの子が優しいだけで、本当は見捨てたくて仕方なかったかもしれないし……」
言えば言うほど、アタシはあの子を幸せにできそうにない。
「そうよね。アタシはゲーム知識でイキってるだけの遊び人で、あの子はジョブも心もまっとうな聖女だもん。一緒にいることが間違いだったのよ」
<フルムーンケイオス>でも聖女はレアジョブで、引く手あまたな回復役だ。悪魔系に強く、味方の回復も安定する。遊び人と一緒にいていいジョブじゃない。
ナマイキで口が悪くてゲーム知識で勝つ事しか価値のないアタシと、清く正しく優しい聖女ちゃん。それが釣り合わない事なんて誰の目にも明らかで。
「ましてや、女のアタシが女のあの子を好きだなんて……ダメダメじゃん」
ザクッ、と自分の心の大事なものに傷をつけるアタシ。
好き。好き。大好き。あの子と一緒にいると、心が嬉しくなる。あの子の手を取ると、それだけで勇気が湧いてくる。あの子と話をするだけで、嫌なことが全部どうでもよくなる。いい事も、悪いことも、全部あの子が中心だった。
だけどこの気持ちは間違っている。
この気持ちは、抱いちゃいけない気持ち。
だから閉じ込めよう。ずっとここに置いておこう。この牢屋の中に、アタシと一緒に封印しよう。仮に出会えたとしても、笑顔の仮面をつけて、心を誤魔化して、それが正しいことなんだから。
「でき、」
そんな自分を想像して、
「できるわけ、ないわよ……!」
涙が止まらなくなった。
この気持ちが間違ってるなんて認めたくない。
この気持ちがウソだなんて言いたくない。
この気持ちを隠すことなんで手出来るはずがない。
釣り合わなくても、幸せにできなくても、世界が祝福しなくても。
それでもこの気持ちだけは否定したくない。
ずっとずっと、あの子と一緒にいたい。ずっとずっと、あの子と歩いていきたい。
「ひぐ、っ……好き、だよぉ……! 好き……好き……会い、たい……!」
泣くことしかできなかった。傷ついた心から気持ちがこぼれて、それが涙になって決壊した。見張りのエイプに聞かれないように口を押えても、声は漏れていたのだろう。
「なんでそれを本人の前で言えないんでちか?」
いつの間にそこにいたのか、アタシの声を聞いたかみちゃまが呆れたように呟いていた。
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