16:メスガキは負ける
テナガエイプとラヴァクロコダイルが前に立ち、ドクヌマカエルとマギオウルが後方からバックアップ。理想的な前衛後衛。
テナガエイプが『モンキーダンス』で速度を上げ、ドクヌマカエルが周囲を沼にして速度現象のデバフをかける。マギオウルが魔法射撃をして、ラヴァクロコダイルが火を吐いてHPを削っていく。
「そんなもん効かないわよ!」
だけど【天衣無縫】があればデバフも火も効かない。速度を上げても【笑裏蔵刀】でクリティカルすれば当たるし白蝶ドレスでバフを剥がせる。魔法射撃は痛いけど、耐えられない痛さじゃない。
「トーカさん!?」
慌てたように聖女ちゃんが【ヒーリング】をかける。それで削れたHPが戻る。
2対4。遊び人と聖女というチグハグチームと、役割分担がしっかりした動物チーム。戦力差なんで比べるまでもない。
遊び人の攻撃力は低く、覚えるアビリティはハマれば強いけど、逆に言えばハマらなければたいしたことはない。きちんと戦術を練らなければ、噛みあわない。だから事前にしっかり考えないとどうしようもない。
なのにアタシはそれを怠った。ぐちゃぐちゃになった頭で、考えもなしに戦闘に走った。それではダメだってわかっているのに、押さえられなかった。
防御力が低いんだから、最初に【天使の盾】をもらわないといけない。警戒すべきはドクヌマカエルの速度減少デバフだから、聖女ちゃんにその範囲に入らないように言わないと回復が遅れる。テナガエイプは回避が高くて当てにくいから、クリティカル主体のアタシが攻める。
勝ちパターンは頭の中にある。これ以外の動きでアタシ達が勝つのはまず無理だ。純粋な個人のスペックで言えば、アタシは一番弱い。それを補うのが戦略で、聖女ちゃんとの連携で――
『女性同士で共にいても子供を生めず、世界にとって何の利益をもたらさぬと知るがいい!』
うるさい。
『子を産むことは生物として当然の行為! 全ての生き物は次代を残すために愛し合う! 長く続いてきた生物の常識だ!』
うるさいうるさい。
『貴様が聖女様を拘束している以上、聖女様は幸せにはなれぬのだ!』
うるさいうるさいうるさい!
アタシとこの子の関係を否定するな!
アタシとこの子が一緒にいることを否定するな!
アタシが……アタシが大事にしている感情を否定するな!
じじいは時代錯誤で、人のいう事を聞かない頑固者で、非常識で、ああもうどうしようもないやつだから、だから間違ってる――!
そう何度も自分に言い聞かせても、心は収まらない。
この子と一緒にいて、笑って、話し合って、喧嘩して、手を結んで、ドキドキして、ワクワクして、嬉しくて、呆れて、そうした全部を含めて――この子が好きで。
それを否定された。
男と女が結婚して、家庭を作る。一つの幸せの形。人間がずっと続けてきた当たり前の形。誰も否定できない生き物としての関係。
アタシだってその正しさは理解できる。子供を作る重要性は言われるまでもない。それが普通だと言われれば、頷くしかない。
女のアタシが女の子のこの子を好きだなんて、異常だと言われたら言い返せない。
それが悔しかった。
アタシが、アタシを認められない。アタシが抱いたこの恋を、この子への想いを、ずっと目をそらして逃げてきた。分かってるのに、ずっと逃げてきて――あやふやにしているところを一蹴された。
声を出して違うと否定できない。
だって、アタシ自身が逃げてきたことだから。
アタシ自身が自分の気持ちに向き合わなかったから。
どこかで形にしていれば、いつも通り口に出せただろう。アタシの中で『この気持ちは正しい』という核があれば、すらすらべらべらと反論できただろう。
だけど、アタシはそれをしなかった。心の中にあるこの気持ちを、行動に移さずにずっと目をそらしてきた。意地になって、恥ずかしくて、それでも一緒にいてくれるこの子の気持ちに甘えて。
その結果が今だ。
じじいのつまらない言葉に動揺して、我を忘れて、ぐちゃぐちゃに心を乱されて、その結果――
「あ……っ」
「トーカさん!?」
マギオウルの魔法攻撃を受けて、倒れるアタシ。沼デバフで聖女ちゃんの動きが遅れ、回復が間に合わなかった。或いは防御力不足で押し切られた形だ。体の痛さもあるけど、倒れたことで心が折れてしまった。……どのみち、初動を間違えた時点で勝ち目はないんだけど。
「我がブレナン帝国の四天王を相手に、よくぞここまで奮闘した。その気概は見事と褒めておこう、小娘」
倒れたアタシに近づき、そんなことを言うじじい。うっさい。アンタは何もしてないでしょ。そう言い返す力も気力もない。
「この勝利は我が帝国の正しさの証明。聖女を束縛する悪しき娘よ。謝罪あるなら減刑を考えるが、如何か」
正しさ。アタシが間違ってる。聖女を束縛。その言葉一つ一つがアタシを打った。アタシが大事にしているモノを、否定されていく。
「間違って、ないもん……」
発した言葉は小さく、アタシ自身もしっかり言えたかはわからない。アタシ自身が言葉にできたかさえもわからない。そんな資格なんてないかもしれない。
でも、違うって言いたかった。胸に抱いたこの気持ちを、『正しくない』なんてことで否定されたくなかった。
だって――好きだから。
朝霧桃華は、十六夜琴音の事が好きだから。
「アタシがこの子と一緒にいることを、間違いだなんて、認めないもん……!」
世界全てが否定しても、アタシだけは認めない。
非常識でも、子供が産めなくても、世界の損失だとしても、絶対嫌だ。アタシはこの子と一緒にいたい。この気持ちだけは、間違いだなんて認めない。
でも、立てない。
体が、心が、動かない。大事な何かが折れたかのように、アタシは胸を押さえて蹲る。
「強情だな。ならば己が罪をその身に受けるがいい! 痛みと苦しみの中で猛省するがいい!」
「ま、待ってください、ガドフリーさん!」
じじいとアタシの間に割って入る聖女ちゃん。
「トーカさんは何も悪くありません! 酷い事をしないでください!」
「おお、聖女よ。何とも優しき心。このような罪人にも情けをかけるのですね! しかし国を治める王として、罪人に罰を与えぬわけにはいかないのです! 悪には厳しき罰則を。それを怠れば治安は乱れ、悪人が跋扈するのです!」
「トーカさんは罪なんか犯していません! 私がトーカさんと一緒にいるのは、私の意思です!」
「悲しきは悪女の呪い。しかしそれもいずれは解かれましょうぞ! しばし時間を置き、その後に話し合いましょうぞ! 今はゆるり体をお安めください!」
じじいがそういうとマギオウルが<眠り>のデバフ魔法を使う。【天衣無縫】が解除されているアタシはその魔法で意識が薄れていく。
「や……! トーカ、さ……!」
聖女ちゃんも魔法抵抗に失敗したのか、膝をついて崩れ落ちる。じじいは聖女ちゃんと聖女ちゃんが抱いていたかみちゃまを恐竜に乗せ、優しく運ぶ。
アタシはというと、テナガエイプに抱えられて運ばれる。完全に抱えられたわけではなく、足を引きずるような形での連行だ。眠いのと心が折れてるのとで、何も言い返せない。
「ブレナン帝国の覇道に障害なし! この婚姻をもって我が帝国はさらに版図を広げようぞ! わーっははははははははは!」
勘違いじじいのどうしようもない高笑いを聞きながら、アタシの意識は眠気に負けて沈んでいった。
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