13:メスガキはまだまだ育ててる

「よーし、これでおしまいね。後は自分達で頑張ってね」


 アタシが終了の言葉を告げると、キャンプの人達は脱力して座り込んだ。


「きつかった……!」

「なんなんだよこの強硬軍は……」

「何度死ぬと思ったことか……」


 脱力っていうよりは、解放? よっぽど怖い目にあったかのような言い草だけど、きちんと生きてるじゃない。っていうか死なないようには計算されてるんだから。


「死ぬわけないでしょ。ちょっとアイアンアントの洞くつでマラソンしただけなんだから」

「いや無理! あいつら硬い上に口から酸吐くんだぞ!」

「しかも倒しても倒しても沸いてくるし! 結構戦線崩壊しかけたんだから!」

「アイアンアリクイも出てきて三つ巴になったし! 聖女さんの回復が無かったら死んでたぞ!」


 呆れたように言うアタシに、それまで蹲ってたキャンプの人達は怒ったように反論してきた。何よぅ、この子の回復があるのは前提条件だし、無限沸きも酸の攻撃も、今のこの人達だと荷重だけど何とかなる、ってわかったうえでのレベルアップマラソンなんだし。大げさねぇ。


「普通の人は自分と同じ大きさの蟻が群れを成して襲ってきたら死を覚悟しますよ」

「相変わらずギリギリを攻めまちゅね、この人は」


 ため息をつく聖女ちゃんと、同意するかみちゃま。アタシはその言葉を受けて、胸を張る。


「そうよ。この死ぬギリギリを選べるセンスがアタシなのよ」


 ゲーマーとして誇らしげな宣言に、何故かキャンプの人達と聖女ちゃんは冷たい目を返した。なんでよー。


「まあ強くなったのは確かだな。それは感謝する。……おおっと、『拉致』されてるんだから感謝は不要か」

「そうよ。アンタ達はアタシの腹いせに付き合わされたの。じじいへの嫌がらせとかそういうのにね。

 これで6つ目! よーし、次はどこのキャンプを『拉致』しに行こうかな」


 指折り数えるアタシ。これでこのあたりのキャンプはほぼ『拉致』し終えたわ。北か南か、どっちに向かおうかしら。


「俺達と同じことを他の奴らにもしたのか?」

「そうよ。最初は嫌がらせだし三つぐらいでいいかな、って思ってたけど思ってたより知識マウントが楽しいからね。あとは弱っちいのがギリギリの戦場で右往左往してるのを見るのって愉悦じゃない?」

「……同情するぜ。あいつらも俺達と同じ目にあわされたのか」


 そう。アタシが『拉致』したキャンプはもう6個ほどになる。グランチャコの各地を回って、じじいに守られているキャンプの人達と話をし、希望者のみに一泊二日のレベルアップキャンプ。


 その結果、よほどの動物に襲われない限りは防衛できる程度の戦力に放ったはずだ。少なくともボスクラスでない限りは、襲われても逃げる余裕はあるだろう。


 じじいの使役した動物に頼らずとも、何とかなる。そのぐらいの実力は間違いなくついているわ。


「そのですね。やはり皆様が周囲の動物から身を守る手段は多い方がいいという事です。いえ、その、今回の『拉致』がトーカさんのワガママなのは違いないんですけど、そういう意図もあるという事はできれば理解してください」


 なぜか頭を下げる聖女ちゃん。キャンプの人達も分かってるとばかりに手を振っていた。


「なによう。知識で人の上に立つのとか面白くない? 上から弱者を見下ろして小馬鹿にするのって一つのエンタメだと思うけど」

「娯楽の一環で他人を道化にする手法があるのは否定しませんが、私はそういうのを面白いと思えないので」


 アタシの言い分にそんな答えを返す聖女ちゃん。ふーんだ、真面目ちゃんなんだから。


「それにトーカさんがただ自分の楽しみだけであんなことをしているのではないことはわかっていますので。きちんと計算された育成計画を練り、危険性を最大限排除したうえでの行動。その計画が上手くいった喜びは、けして上から目線ではありませんよ」


 言って微笑む聖女ちゃん。


「む。分かってるじゃないの。そうよ、アタシはきちんと計算したうえでのギリギリなの」

「ええ、ずっと一緒に見て知ってますから。私もトーカさんに育てられましたしね。トーカさんが殺さないように配慮しているのはずっと感じていますから」


 言われてみれば、アタシが一番育てているのは間違いなくこの子だ。聖女なんか大器晩成型で初期はめんどくさい、と思いつつ我慢強く付き合ってる。ずっとずっと付き合ってる。……まあ、経験点ドレインとかされたからというのあるけど。


「トーカさんは悪意という言い方をしますが、誰かを育てているトーカさんは配慮の塊です。自分にできる事を最大限生かし、その人ができる事を考え、その上で行動しています。それを悪し様に思われるのは私が許しません」


 ここは絶対譲りません、とばかりに言う聖女ちゃん。こうなったらこの子は動かない。何度も何度も見てきた顔だ。


「今回はじじいの善意を崩すんだから、悪意なのよ。拉致したってことにして迷惑かけないようにしないといけないんだから」

「それはあくまで表向きの理由です。ですけど私は心の底からトーカさんが悪い人だと思われたくないんです」

「アタシの評価なんてどうでもいいじゃないの」

「よくありません。確かにトーカさんはいい加減でズボラで口が悪くて生活態度は改めたほうがいいですが」


 反論しようと思ったけど、日々の態度を顧みたら何も言えないアタシ。違うわ。この子が真面目モンスターなだけ。アタシは多分普通の範疇。荷物の片づけがアバウトだったり、食事とか不規則だったり、整理整頓とか苦手だったりするだけで。


「あと周りへの感謝を言葉にしなかったり、礼節を欠いたり、空気を読まずに行動したり、他人の気持ちを考えなかったり、素直じゃなかったり――」

「あ、あの……?」

「否定できますか?」

「視点を変えればそういうふうに見えなくもないわね」


 目をそらして言うアタシ。うん、その、それも個性よね? 多分。


「まだ言い足りませんが、とにかくトーカさんは悪人ではありません。そこを誤解されるのは許せないんです」

「わかった。うん、好きにして」


 どうせこの子は言い出したら聞かないんだから、アタシはそう言ってこの話を終わらせる。うん、まあ、アタシも少し悪かったかも。ちょっと改善しよう。三日ぐらいは。


「そういうわけですので、表向きは皆さんは『拉致』という形でお願いします。トーカさんの悪意という形でかなり厳しい狩りを強いましたが、根底は皆さんに強くなって選択肢を増やしてほしいという事ですので」

「ああ、わかってる。キツかったけど強くしてくれたことは感謝しているぜ」


 聖女ちゃんの言葉にうなずくキャンプの人達。どう受け取ろうが勝手だが、表向きの理由さえちゃんとしてくれればアタシとしてはどうでもいい。


「ブレナンの旦那の手前、アンタらと取引はできないがそこは許してくれ」

「あー、そう言えば最初はそんな話だったわよね」


 取引? 何のことかと思ったけど、今回の『拉致』はじじいに遠慮してサイの角を狩ってもらえない話が原因だったことを思い出す。


「どーでもいいわ。いろいろイラついてたけど、ストレス解消できたしね」

「皆さんを強くして、トーカさんも満足したようです」

「勝手な憶測言わないの。知識マウントとギリギリ育成の愉悦なんだから」

「そうですね。皆さん分かってくれてますから」


 アタシの言葉に善意100%の言葉を返す聖女ちゃん。そんないつものやり取りをするアタシ達。アタシはそんないい子じゃないのよ。


「息ぴったりで相性100%なのに、なんでもう一歩進まないんでちゅかね。この二人」


 聖女ちゃんに抱かれているかみちゃまが何か言ってるけど、聞こえないふりをする。


「正確に言えば、片方がヘタレてるだけなんでちゅけど」


 ……きこえないきこえなーい。

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