12.5:ブレナン帝国の日常(side:ガドフリー)

 ガドフリー・ブレナン三世の朝は早い。


 朝日が昇るよりすこし早く起床し、淡い明りの中で体を動かしストレッチ。テイムした動物たちの分までの朝食を仕込み、朝日が昇って明るくなると同時に水場から水を持ってくる。


「神よ。今日も一日よろしくお願いします」


 神への祈りをささげ、朝食を食べた後に狩りを開始する。ラヴァクロコダイルことパピ子を引き連れ、いつもの狩場に。パピ子が強くなったので少し強い動物を狩ることができるようになった。


「これも神の思し召しである。ウィが正しく生きている証」


 確かにレベルアップを告げるアナウンスは三柱の神と三柱の悪魔を生み出した存在の声ではあるので、神(より上の存在)の思し召しと言っても過言ではない。訂正する者もいないので、ガドフリーは狩るごとに強くなる相棒を見て頷いていた。


「……今ならあの硬いサイに勝てるか……?」


 硬いサイ。トーカ達が狩っていたとされるスティールライノだ。皮膚が硬く、ラヴァクロコダイルの牙が通らなかったのだ。しかしそれは昔の話。強くなった今なら勝てるのではないだろうか?


「いや、まだ早い。うむ、無理をせぬのが王道よ」


 その時の事を思い出して、頷くガドフリー。帝王は失敗してはいけない。慎重かつ、確実に。だがあの時の惨敗をもう一度味わいたくないだけだ。無敵と信じていたパピ子が勝てなかった相手。


「あのサイはいずれ雌雄を決する相手。それはいまではないという事よ」


 言って頷くガドフリー。気持ちを固めているように見えて、目をそらしている。あの屈辱をもう一度味わうなど耐えられない。そんな逃げの精神である。負けることは恥。逃げることは恥。王なら常勝なのが当たり前。


『否。雌雄を決するは今ぞ』


 そんなガドフリーの脳内に声が届く。草原には誰もない。いるのはガドフリーとそのペットたちだけ。人語を解する存在はいない。


「この声は……よもや、我が神ですか!?」


 ガドフリーはその声に疑うことなく膝をつき、天を仰いだ。これまで何度も聞いた神の声。その声に従い行動し、そして王道を歩んだ。これまでも、そしてこれからも。


『うむ、ガドフリー・ブレナン三世。貴様の使役するモノの強さはスティールライノを超えつつある。全力を尽くせば勝つこともできるだろう』

「なんと……本当でございますか!?」

『神の言葉を疑うのか?』

「滅相もございません! しかし、ヤツの皮膚は固く、我がアテンダントの牙がいかに鋭くとも通りませんでした。また同じ目に合うのではないかと……」


『神の声』とガドフリーは明確に会話をしていた。『神の声』はガドフリー以外には聞こえず、傍目には老人が跪いてぶつぶつ何かを言っているようにしか見えないが。


『我が指示通り、【動物教育】6にしたのであろう。ならばラヴァクロコダイルは【ファイヤブレス】を覚えたはずだ。それを使えばスティールライノの皮膚の硬さなど関係なくHPを削れるであろう』


 メタ視線――言葉通り、この世界をシステム的に上位目線で見て――の発言。<フルムーンケイオス>を知る者なら怪しむだろう。言葉の意味が理解できないとしても、怪訝に思うだろう。


「なるほど。さすがは慧眼。見事な策でございます」


 しかし『神の声』を本当に神の言葉だと信じて疑わないガドフリーからすれば、その言葉は真実だ。事実、この声に従い行動して強くなれた。王として覇道を歩めるほどの自信を抱けた。


「ウィが神を疑うことなどありませぬ。矮小なるウィがただ神の言葉が理解できぬだけ。これまでいただいた啓示はウィの心の中に確かに刻まれております」


 動物を使役することしかできないひ弱な運命ジョブ。その事に嘆いている自分に届いた『神の声』。そこから10年間、その声に従い努力した。その結果が今である。


「万民を助けるためにこのグランチャコを走り回り、多くの動物を使役して命を下してた身を守り、空いた時間に技を鍛えました。おお、グランチャコの民はまだあなたの声は聞こえませんが我が帝国が依り代となって神の意志を告げましょうぞ」

『よきに計らえ。万民が救われるのなら、我が名は伝わらずともよい』

「その為にはかの聖女を我が伴侶とし、多くの子を産み帝国の版図を広げるのが上策! 次代の為にもこのミルガトースの歴史の為にも、ウィは此度の縁を必ずや手に入れて見せますぞ!」

『うむ。子を産み世代を作っていくのは生物として正しい行為だ』


 熱く語るガドフリーに、どちらかというとあしらうように答える『神の声』。親身になっているようには見えない。


「ではウィは民の見回りに参ります。おお、神よ。我が道を照らしたまえ! 行くぞ、ジムニー!」


 感極まったかのように叫ぶガドフリー。そのまま騎乗用ペットの二足歩行恐竜『ジムニー』にまたがり、グランチャコの草原を走る。ガドフリーがアテンダントと呼ぶペットのラヴァクロコダイルは<収容魔法>内に収まっている。ガドフリーが呼べは、すぐに現れる仕様だ。


「むむ! あれは!?」


 見回りの途中で動物の群れが人が住むキャンプの方に向かっているのが見えた。トランプルヌー。十数体で走り回る牛の角を持つ動物だ。凶暴化したヌーで、その突撃の先にあるものすべてを踏み荒らすという。


「ぬぬぅ!? このガドフリーの慧眼をもってしてもヌーの突撃は予測できなんだ! このままではあそこの者達は……! 今から向かっても間に合わぬか。何たる悲劇。我がアテンダントの守りをもってしても止められぬとは……む?」


 民の命が失われたと諦めたガドフリーだが、ヌーが向かう先に奇妙なものがあるのを見た。木を組んで作った防壁だ。素人が即興で作ったものではないのは遠目でもわかる。あんなものを作れる人間はいなかったはずだが?


 その防壁から放たれる弓矢。射手は二人。一人は雨のように広範囲に矢を降らせて多くのヌーを傷つけ、もう一人は太く鋭い一矢でヌーの頭蓋を打ち抜き地面に伏す。こちらも素人の腕ではない。


 幾度の射撃の後に、数匹のキリンが突如現れてヌー達に襲い掛かる。<収容魔法>から現れたかのような出現。ビーストテイマーがそこにいるという事だが、ハンタージラフを使役できるビーストテイマーはあのテントにはいなかったはずなのに。


 弓とハンタージラフの猛攻でヌー達の勢いは削げ、それを突破したヌーも大工が作った防壁にぶつかり足を止める。これは突破できぬと判断したのか、ヌー達は進路を変えてキャンプとは別方向に走り抜けていった。


「なんと……どういうことだ? つい先日とはまるで様子が違う。ウィが守らねばいけない民たちが、急に力を手に入れただと?」


 しかもガドフリーが使役した動物よりも強い動物が襲い掛かってきても勝てるぐらいに、である。仮にガドフリーがトランプルヌーの突撃を前にしたら、一目散に逃げていただろう。その後で何かしらの言い訳を考えていた。


 それが迎撃とまではいかずとも、見事に真正面から受け止めて塞いだのだ。生存が目的であるなら、大勝利と言えよう。


 そして奇妙なことはそれだけではなかった。


「……なんと……」


 ガドフリーが行く先々のキャンプ。そのほとんどが見違えるように強くなっていたのだ。前に訪れたのは10日ほど前だろうか? その間に自衛ができるほどに強くなっているのである。


「ど、どういう事じゃ? 何故おぬしら急にそこまで強くなったのか?」


 ガドフリーの問いに帰ってきた答えは、皆同じだった。


「遊び人に『拉致』されて狩りを強要されたんです」

「地獄のような労働で、その結果強くなりました」


 何たること。怒るガドフリーに、優しくキャンプの人達は告げる。


「ブレナンさん、今まで守ってくれてありがとうございます」

「自分の身は自分で守れますので、もう無理して守っていただかなくてもいいですよ」


 ガドフリーの守りが不要だと、を返した。


 ――それはガドフリーの努力を否定するように、棘となって心に突き刺さる。

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