9:メスガキは善意を知る

 善意。


 一般的にはいい思いとかいい事しようとかそういう意味だ。悪意とは逆の意味で、要するに他人を守ろうとかそういう感情。


「法律用語ですと少し意味合いが変わりますが、概ね良心と同じ意味でいいです」


 善意の第三者とか、法律的にはその事を知らないことを指すらしい。よくわかんないけど、関係なさそうなのでそんなものなのととどめる程度にしておく。聖女ちゃんもそれでいいって話だし。


「つまりあのじじいは良い事してるってこと?」

「はい。推測ですが、ああいった場所で生活している方を守っているはずです。動物を誘導したり、食料を運んだり」


 動物から身を護る。


 グランチャコの動物型モンスターは、アクティブモンスターが多い。こっちを見たらすぐに襲い掛かってくる。スティールライノもゴールデンライノもそうだった。


「私達が相手した動物は力のない方からすれば脅威です。そう言った動物が一匹でもあのキャンプを襲えば彼らは生き残ることはできないでしょう」


 ――以前、強い魔物がいる地域で人間がどうやって身を守っているかっていうのを考えたことがある。超強い結界を張ってあるとか、実は住んでる人が滅茶苦茶強いとか。斧戦士ちゃんの村は前者と後者だったけど。


「分かんないわよ。実はあの中の一人が滅茶苦茶強いかもしれないじゃない」

「だとしたらよかったのですけど、そうじゃなさそうです」


 アタシの根拠ない推測に、小さくため息をつく聖女ちゃん。


「もしそうなら、あの場で取引拒否はしません。ガドフリーさんが怒っていても、大変だなと受け流せるはずです」

「なんで?」

「おそらくですが、彼らを守っているのがガドフリーさんだからです。ブレナン帝国がということでしょう」


 おそらく、と言いながらある程度の確信をもって聖女ちゃんは答えた。


「は? あのじじいが守ってる? あの高慢ちきで人の話を聞かないハゲじじいが?」

「人の容姿を悪し様に言うのは感心しませんが……そういう事です。ガドフリーさんもこのグランチャコを巡回していると言っていました。おそらくその巡回にはああいったキャンプ民を救うという意味もあるのでしょう」

「サイすら使役できないじじいに何が……あ」


 何ができるか、と言いかけて思いつくアタシ。


 テイマー系スキルに【○○命令】というのがある。そのスキルを4まであげると【護衛命令】というアビリティが会得できる。とある人物や場所を守るように命令するアビリティね。


「確かにテイマーのアビリティを使えばあのキャンプ場を守れって命令できるわ。まあ時間が来れば解除されるけど……でも解除タイミングでやってきてまたテイム? うわ、あり得ないわ」


 可能かどうかで言えば可能だ。ただそれはこのグランチャコを計画的に走り回り、その都度動物をテイムして命令を繰り返す。それを延々と繰り返す必要がある。ありえないのはその労力。一日中動き回ってもできるかどうか。


「わけわかんないわよ。なんだってそんな事してるのよじじいは」

貴族の義務ノブレスオブリージュでしょうね。高い地位を持つ人間は社会に対して相応の責任を持たなくてはいけない。そういう考えのもとに行動しているんだと思います」

「だからグランチャコに国なんてないし、貴族なんていないわよ」

「少なくとも、ガドフリーさんはブレナン帝国の王として行動しているという事です。国の実在はともかく、その精神で」


 聖女ちゃんの言葉をアタシは全く理解できなかった。ありもしない国をあると信じ、その王の義務とか責任感でこのクソ広い草原を走り回って動物をテイムしているのだ。何のためにとかじゃなく、そういう精神性とかで。


「あほらし。理解できないわ。妄想帝国ごっこもここまでくるとビョーキよ」

「ブレナン帝国の有無は重要ではなく、それによりキャンプ場の人達が守られているというのが問題です。……いえ、その行為自体は賞賛される行為なんですが」


 聖女ちゃんからすれば手を叩いて感謝する行為だ。あのじじいにそういうことをする聖女ちゃんを想像して少しイラっと来たけど、それを面に出すほどアタシは狭量じゃないわ。ふん、できる女の余裕ってやつよ。


「どーせ自分を尊敬してほしいとか褒めてほしいとかそういう目立ちたい精神なんでしょ。炎上系ユーチューバーとかそういうの目指せばいいのに」

「トーカさん、さすがにそれは言い過ぎです」

「思いっきりイライラしてまちゅね。心狭いでちよ」


 む、なによ。これぐらい普通じゃない。むしろ我慢してるぐらいなんだから。


「で、何が問題なのよ?」

「ガドフリーさんが皆さんを守ることで、護られている方は恩義を感じました。

 しかしその恩義がある人がとある人間に敵愾心を感じたわけです。人生そのものをかけたプロポーズを邪魔された、と言った感じで」


 要するに、じじいとアタシの事だ。聖女ちゃんにわけわかんない事を言うじじいを蹴っ飛ばしたアタシ。じじいに守られてる人からすれば、アタシの存在は……まあ恩人を蹴っ飛ばすな、ぐらい?


「え? まさかじじいの言うことを真に受けたとかそういうの? アンタと結婚しないと世界が滅ぶとかそんな与太話を?」

「そういう単純な話なら誤解を解けばいいのですが……。

 ガドフリーさんの性格がどう受け止められているかはわかりませんが、気性の激しい方なのは事実です。守られている人たちもそういう人間なのだと理解しているかもしれません」


 じじいのいう事を信じてるわけではない。言われてみればキャンプの人の態度はそんな感じだった。アタシがどういう人間かとかはどうでもいい。じじいがそう言っているのが重要なんだと。


「ガドフリーさんの機嫌を損ねれば、へそを曲げて自分達を守ってくれないかもしれない。そうなれば動物からの恐怖が増します。それを恐れてあの人達は私達にあんな態度を取ったのかと」

「はあ? 何よそれ。いう事聞かなかったら護らないとか脅迫じゃない」

「実際にそう脅迫をしたわけではないと思います。ですがあの性格からすればそうなってもおかしくない。そう思わせる事件があったのかもしれません。実際その……他人の意見を聞かない部分がありましたし」


 基本他人の悪口を言わない聖女ちゃんがオブラートに包んだ結果が、『人の話を聞かない』だ。そんな性格の機嫌を損ねれば、護ってくれないかもしれない。


「……つまり、これまで守ってくれたじじいが守ってくれなくなるかもしれないから、アタシ達には協力しないってこと?」

「そうですね。少なくともガドフリーさんにはこれまで守ってくれた恩義もあります。そう言った積み重ねが関係を作ったんだと思います。

 善意、というのは要するにガドフリーさんは良い事をしているんです。そしてそれにより助かる人もいる。その関係が、私達に牙をむいたんです」


 なによそれ。わけわかんない! 


「じじいに守られないと死んじゃうんなら、とっとと移動すればいいのに! なんだってそこまでしてここにいるのよ!」

「誰だって住み慣れた場所を離れるのは勇気が必要なんです。トーカさんみたいな誰にも縛られない強さを誰もが持っているわけじゃないんですよ。

 ある程度の庇護のもとで安全に生きたい。それはむしろ誰もが持つ当たり前の感情なんです」

「あー、もう。自分の身は自分で守れってーの!」


 ふん、と言って会話を打ち切るアタシ。戦わないヤツを守るとか、それを受け入れるとか、アタシには全然わかんない。そしてアタシよりもじじいを選ぶとかもっとわかんない。


 何が分かんないかって、明確なボスがいないことだ。コイツを倒せば問題解決。そういう相手がいない事。要するにどうしたら解決するかがまるで見えてこない。じじいを殴っておしまい、ってわけでもなさそうだ。


 ……いや待てよ?


「要はじじいに守られなくてもよくなれば、アタシの勝ちってことよね」


 勝ち負けとかじゃないと思いますけど、という聖女ちゃんの意見を無視してアタシは笑みを浮かべた。

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