8:メスガキは取引できない
「は?」
キャンプ場についたアタシは、そこにいる人達の言葉にそんな声を返した。
「すまんが、アンタらと商売はできない。正確に言えば、アンタだけだが」
テント数5個。武器やと道具屋と宿屋、そしてNPCが生活している程度のテント群。<フルムーンケイオス>にもあったグランチャコの中継点な場所。火を焚けば動物は寄ってこないよね、とばかりにおっきな篝火がある以外は何の特徴もない場所だ。
そこの道具屋のおっさんにサイの角を売りに来たら、いきなりの門前払いである。そりゃそんな声も出るわよ。
「なんでよ? アタシが何か悪いことした? ひんせーほうこーなアタシが罰されることなんて何一つないんだけど」
「
「どっちでもいいわよ。細かいことはともかく、なんで商売できないのか教えなさいよ」
聖女ちゃんのツッコミに答えた後に道具屋に問い詰める。アタシと聖女ちゃんの顔を見た後で、再度アタシの顔を見てため息をついた。
「旦那に言われたんだよ。アンタと取引するなって」
「旦那?」
「ガドフリーの旦那さ。ビーストテイマーのじいさん。……おおっと、アテンダントマスターて呼ばないといけないんだったな。とにかくその旦那だ」
ガドフリー。アテンダントマスター。……そしてビーストテイマー。
「溶岩ワニが最強とか言ってるじじいのこと?」
まあ間違いないだろうけど、確認のために聞いてみる。決して名前を覚えてないとかそんなわけでは……覚える価値がないから覚えなくていいや。じじいはじじい。
「ああ。それで間違いない。その旦那がおかんむりでな」
どっちかっていうと困ったような顔で道具屋のおっさんは頷く。
「なんでも帝国の花道を邪魔する不埒な悪魔だとか、ここで生かしておくとこのミルガトースのためにならないだとか、聖女の愛を閉じ込める最低最悪の魔女だとか。それに協力するなら我が帝国も俺達に牙をむくとか、すごい剣幕だったんだよ」
肩をすくめるように言う道具屋のおっちゃん。なんなのよそれ。
「アタシがそんな悪どい女に見える? こう見えても魔王<ケイオス>を倒した超英雄なんだから。それを抜きにしてもかわいい女の子にしか見えないんじゃない?」
「その辺りの事実はどうでもいいんだよ」
腰に手を当てて主張するアタシに、今度こそため息をつくおっさん。自分でも全く納得していないけど、それでも納得するしかない。そんな顔だ。
「あのじいさんが黒だって言ったら黒なんだよ。フィランシマウマのガラもジャガーファイターもジャイアントアリクイも黒いんだ。そう言っておくことがこのあたりのルールなんだよ」
「なにそれ?」
「これ以上は言えねぇ。悪いことは言わねぇから、とっととここから出ていった方がいい。下手に関ったことが分かればどうなるか分かったもんじゃねぇんだ。
アンタらがここに来たことは黙っておく。それぐらいしかできないんだ」
これ以上会話する気はない、とばかりに平手を差し出すおじさん。取り付く島もないとかそういう感じだ。アタシたち……と言うかアタシとこれ以上会話をしたくないというのがひしひしと伝わってくる。
ふと外を見ると、アタシ達の会話を覗き見するようにキャンプの人達が見ていた。その顔は一様におっさんと似た感じだ。できるならここにいてほしくない。アタシ達自信を危険視しているのではなく、アタシ達がここにいることで起きる何かに怯えている、
その態度にイラっと来た。イヤなことがあるんならイヤって言えばいいのに。あのじじいの事なんだからどうせ無理難題言って難癖付けたに決まっている。そんなのに従うなんて。
アタシが怒りの声をあげるよりも先に、
「分かりました。ご忠告ありがとうございます」
聖女ちゃんがそう言って頭を下げた。
「お二つほど質問を。答えられないなら無言で構いません」
頭をあげ、そう問いかける聖女ちゃん。
「こちらに住んでいる方々の食料は自給自足ですか? あと野生動物からはどのように身を守ってるのでしょうか?」
「…………」
何を聞いているのかよくわからないし、道具のおっさんも答えない。ただ目を伏し、唇を強く閉ざしていた。
「ご迷惑をお掛けしました。失礼します」
再度頭を下げて、アタシの手を引いてテントの外に出る。アタシも引っ張られるままにテントから出た。
「ちょ、なにすんのよ!」
「あのままだトーカさんが叫んでここの人達を困らせていたでしょうから。さすがにそれは可哀そうです」
「ハブられたアタシはかわいそうじゃないっての?」
「サイの角を売るのはここじゃなくてもできますから。売らずに困ることはないですし後にしましょう」
アタシの意見を聞くこともなく……と言うよりは一刻も早くここから去ろうと言い放つ聖女ちゃん。
「ふ、ふん! アンタ達なんかに頼らなくても他の所で売るんだから! じじいに怯えてアタシと取引しなかったことを後悔すればいいのよ!」
「トーカさん、それは――いえ、もっと言ってください」
「は? いいの?」
アタシの捨てセリフを諫めると思ったけど、むしろ推奨する聖女ちゃん。その態度にむしろ驚くアタシ。この子の性格からしたらアタシにいい子でいてってカンジなのに。
「はい。この人達が私達と仲たがいした、という事実を深く植え付けたほうがいいですから。大丈夫です。あの人達も理解してくれます」
何言ってんのか全く分からないけど、まあこの子がやれってことだからきっと大丈夫なはずだ。っていうか言いたいことはたくさんあるし、ここぞとばかりに言ってやる。
「じじいの味方なんかしても得する事なんかないんだからね! あんな時代錯誤でロリコンでよわよわなワニしか使役できないじじいに従うなんて、あんたらも同じようなもんなんだから!」
「ん-。ブレナンさんに私の事は渡さない、とか言ってくれません?」
「この子はじじいになんか……言えるか! どさくさ紛れに何を言わそうとしてるのよアンタは!?」
「わりと重要な事なんですけどね。でも十分です」
満足した、とばかりにうなずく聖女ちゃん。キャンプに住む人たちは微妙な顔をしているが、イヤそうな顔をしてはいない。アタシ達が去っていくことに関してはむしろありがたく思っている。
「……そろそろワケを話してくれない?」
キャンプが十分に見えなくなってから、アタシは聖女ちゃんに問いかける。聖女ちゃんは周りに何もいないことを確認してから、アタシに向きなおった。
「あそこに住む人たちがブレナンさんに脅迫……に近い事をされている可能性があるからです」
「分かりやすいわね。人質を取られてるとかそういうの? んでもって、その人質を解放したらイベントクリアとかそういうのね」
よくあるクエストだ。<フルムーンケイオス>でも何回かあった。山賊とか海賊とかの砦に乗り込んで、とかそういうの。想像以上に悪党だったわけね、あのじじい。
「そういう類ならいい……いえ誘拐自体は悪い事なんですが、解決策が分かりやすいという意味ではそうなんですが」
だけど聖女ちゃんはため息をつく。どういう事よ?
「ブレナンさんは善意であの人達を縛っているんです」
どういう事よ?
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