5:メスガキはまたじじいに会う

「おお、麗しき花よ。清らかなる天上の使者よ。その名は聖女イザヨイ・コトネ」


 アタシ達がサイを狩ろうとしている時に、そいつはやってきた。


「その名前は聖なる響き。舌にのせれば万人を魅了し、尊顔は多くの者を癒すだろう。しかしその微笑みは王のもの。至高の喜びを独占するのは帝王の――」

「うるさい」

「あいたぁ!」


 二足歩行の恐竜の上からなんかムカつくことを言ってるので、落ちていた石を投げつけた。禿げた頭に当たり、そいつは頭を押さえて言葉を止める。


「トーカさん、石はさすがにやりすぎですよ」

「いきなりやってきてつまんないポエム朗読するじじいにはいいクスリよ」


 聖女ちゃんが諫めるけど、アタシは反省するつもりはない。頭を押さえていたそいつは恐竜から降り、アタシの方に走ってくる。


「ええい! 告白の儀式の最中に石を投げるとは何たる無礼か! この偉大なるブレナン帝国の王であるガドフリー・ブレナン三世がいかに心が広いとはいえ、礼節を重んじないモノにかける慈悲はないと知るがいい!」


 いうまでもない。昨日のじじいだ。昨日の今日でやってきて、あんなこと言いだしたのである。石投げるぐらいは全然無礼じゃないし、やりすぎじゃないわ。


「何が儀式よ。勝手に頭悪い言葉吐いてるだけじゃない。誰も聞きたくないことを無理やり聞かせる方が無礼で迷惑なのよ!」

「子供の分際で分かったような口を利くでない! 身分が高い王が下賤なる者の元に出向いて言葉を述べたのだ! その行為自体に涙して首を垂れるのが礼儀であると知るがいい!」

「時代錯誤も大概にしなさいよ! いまさらそんなセリフ、ラノベの三流貴族でも言わないわよ! ……その辺りなら言いそうね。とにかく本気でそう思ってるんなら医者に行きなさい!」

「気持ちはわかりますが落ち着いてください、トーカさん」


 言いたいことはまだあるのに、聖女ちゃんに引きはがされる。何よぅ、じじいの肩持つっていうの?


「ブレナン帝王、でよろしいでしょうか? お言葉は嬉しいですが、その誘いを受けるわけにはいきません。

 私はトーカさんと一緒に皇帝<フルムーン>を倒すべく旅をしています。世界を救う崇高なる使命を帯びているので、王の元に嫁ぐことはできないのです」


 なんか恭しく言う聖女ちゃん。こんな奴にそういうふうに接するのはなんかイラっと来る。


「おお。斯様な使命を帯びているとは。素晴らしきかな聖女コトネ。ウィも遠い地で神に離反した赤き皇帝の話は聞き及んでおります。魔なる存在から力を受け、世界を血で染めようとする悪しき皇族。

 皇帝へ聖伐を下さんとする聖女の決意、しかと感じ取りましたぞ」


 そしてじじいがアタシの態度と打って変ったかのように紳士的に答える。言葉通りアタシを下賤と見下していたのに、この子にはこんな態度。分かりやすいぐらいに差別である。


「しかしならばこそ我がブレナン帝国に籍を入れるほうが最善かと。かの皇帝は暴君。侵略はいずれこの帝国にまで迫るでしょう。しかし大義名分あれば我が帝国も皇国に槍を向けることができます。

 我が帝国のアテンダント達が皇帝に血の償いを与えるでしょう。10万の軍勢が皇国の人間を皆殺しにするでしょう。ウィの王威が皇帝をひれ伏すでしょう。聖女、貴方の手を血で染めさせるなどさせませぬ」


 芝居かかった動作でそんなことを言うじじい。困った顔をする聖女ちゃんの前に立ち、アタシははっきり言ってやる。


「分かんないの? この子はアンタとなんか結婚したくない、って言ってんのよ」


 うん。それは昨日しっかり聞いたもん。はっきり言ってやる。自信をもっていってやる。


「あのアホ皇子が馬鹿で無能で暴君なのは認めるけど、アンタだってハゲで節操なしで嘘つきじゃない」

「この無礼者! この頭皮は神の血を引く証! 神の彫刻を模すかのような姿なのだと知らぬとはな!」

「ギルガスとリーズハルグが聞いたらブチキレまちゅよ」


 じじいの言葉にぼそりと呟くかみちゃま。残りの神があんな姿じゃないのは確からしい。


「しかもウィを嘘つき呼ばわりは見過ごせぬ! 訂正を求めて決闘を申し込む! 我が帝国最強のアテンダントを前に震えるがよい!」

「溶岩ワニならこの前戦って勝ったじゃない。忘れたとかほんとじじい。あ、痴呆症だから嘘つきじゃないんだ。ごめーん。トーカ医者じゃないからわかんなーい。ボケ老人は帰って縁側で御茶でも飲んでて」

「誰がボケ老人じゃ! ウィは偉大なるブレナン帝国の王であるガドフリー・ブレナン三世! いずれこの世界を統一し、アテンダント達に平和で平等な社会を作る偉大なる帝王なるぞ!」

「いずれとか言ってる時点でまだできてないって言ってる証拠じゃない。噓つきとか妄想とか言われても仕方ないわよ」


 はい論破。鼻で笑うアタシ。じじいはこぶしを握って肩を震わせる。


「ええい、人の揚げ足ばかり取りおって! 未来において我が帝国が覇を唱えることは誰の目にも明らか! 世情を見て未来が予想できぬ学のない子供が偉そうに他人を罵るでないわ!」

「その帝国最強とか言うのも昨日アタシにあっさり負けたくせに」

「あの時は聖女様のため、あえて手を抜いたのだ。しかし聖女様を縛る貴様を倒さねば目を覚ますことはできぬ以上、ここは手を抜かずに挑むとしよう!」


 ああ言えばこう言うじじいね。まあどうでもいいわ。


「がー」


 やってきたのは溶岩ワニ。昨日となんら変わるものではない……わけでもなさそうだ。


「あ、【動物教育】が入ってる」

「【動物教育】?」

「テイマーのスキルの一つよ。テイムした対象のステータスを底上げするの」


 テイマー系のスキルはざっくり言えばテイムする確率アップと時間短縮を行う【○○勧誘】。テイムした対象のステータス等の強化を行う【○○教育】。そしてテイムした対象に思い通り行動をさせる【○○命令】の三種類が共通で存在する。


 それぞれをまんべんなく上げるのが理想だけど、大抵はスキルポイント不足などで半端になりかねないわ。先ずは一点突破でどれかを6か8まで上げ、そこから他を取っていく形になる。


「ふん、危険を感知するのには長けているようだな。小狡い悪党にはお似合いだと褒めてやろう。帝国最強のパピ子の本気の力、とくと見せてやる! 降伏するなら火あぶりで王に逆らった罪を雪いでやろう!」

「なんで降伏した挙句に苦しんで殺されないといけないのよ。馬鹿じゃないの!?」

「神や王に罪を赦される、というのが救いだった時代もありますので……」


 じじいの言葉に叫ぶアタシ。こんな奴に降伏なんてする気はないけど、その傲慢さに腹が立ってきた。


「でも大丈夫なんですか? 前の時よりも強くなっているわけですし」

「底上げされる数値はじじいのスキルレベル程度だし。そもそも動物だから戦術は変わらないわよ」


 言って溶岩ワニに向かうアタシ。聖女ちゃんもアタシの後ろで構えてる。


「おお、悲しき聖女。その悪女に付き添い手を貸すのは、如何なる呪いか悪意なのか。しかし安心してください。この戦いでそれを解き、あなたを破滅の道から救い出して見せましょう。

 迷える人民を破滅から栄光へと導くのも、王の務めなのですから!」


 なんか酷い言われようね、アタシ。


「アタシと一緒にいると破滅するんだって」

「困りましたね。でも私はトーカさんのモノですからどうしようもありませんね」

「……っ、それ言うのやめて……」


 茶化して言うアタシを弄ってくる聖女ちゃん。ああ、もう。なんてこと言ったのよアタシ!


「大丈夫ですよ。破滅するなら一緒ですから」


 笑いながら言う聖女ちゃん。……ああ、もう! なんだってこんなことでドキドキしてんのよアタシ!

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