4:メスガキはフラグを踏む
悲報その2。聖女ちゃんがばかになった。
「うふふ。うふふ」
頬に手を当てて、何度もそんな笑いを繰り返す。戦闘とかそういう場面でポンコツになることはないけど、気を抜くとアタシの方を見てこんな感じになる。
「私はトーカさんのモノなんですね」
…………っ。
「トーカさんは私が花嫁になるのを許せないんですね」
…………っ!
「もー。あんなにはっきり言われたら私どうにかなりそうです。えへへ」
ものすごくうれしそうな顔でそんなことを言うわけである。いつもの生真面目な空気はなく、幸せMAXな春爛漫状態である。
「トーカさんが可愛いのは知ってましたけど、かっこいいトーカさんも最高でしたよ。ええ、いつだってトーカさんはすごいですけど」
「そ、そう。その何に感激してるのか全然わかんないんだけど」
「えへへ。いつだってトーカさんには助けられていますけど、さっきのは最高でした。はい。思い出すたびにもう幸せな気分になってきます」
理路整然とした口調はなく、語彙も喋る内容もダメダメになってる。他の人が見たら困惑するだろう。
……まあその。
こうなった原因というか理由は、さっきの騒動でアタシのセリフなのは十分に理解している。
『この子はアタシのモンなんだからね! 花嫁にするとかアタシが許さないわよ!』
冷静になってみたら、この子は誰のモノでもないし、誰と結婚しようが自由なわけでアタシの許可が必要なわけがない。ないんだけどいろいろ頭に血が上って叫んでしまったわけで。そしてなんで自分のモノとか言ったり許さないかって言われれば、アタシがこの子のことを――
「にゃああああああああ!? 違う! 違うんだからぁ!」
「もー。そうやって悶えるトーカさんもかわいいです」
「……なんなんでちか、これ?」
戦闘が終わって一息ついたら、だいたいこんな感じになる。だめだ。かみちゃまのセリフじゃないけど、いろいろわけわかんないことになってるわ。
逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ。どこかで聞いたフレーズを繰り返し、この件に関する誤解を解かなくちゃ。誤解。そう誤解。あのセリフは気の迷い!
「さっきのじじいの話だけど!」
強引に大声を出して主導権を握る。決して顔が赤いのを誤魔化してるとかそんなことはない。自分の気持ちから目をそらしてるとかそんなこともない。無いったらない。
「100%ありえないと思うし確認以上の意味はないんだけどもしかしてそうだったらいろいろアレなんで落ち着いて考えて答えてほしいんだけど」
なんでこんなに予防線張ってんのよアタシは。自分でも落ち着いてないと自覚しながら、ゆっくりと質問をする。
「アンタ、あのじーさんのお嫁さんになりたかったの?」
「いえ。それはありません」
アタシの問いに秒で答えを返す聖女ちゃん。ちょっとホッとするアタシ。
「どう断ろうかと考えて始めた瞬間にトーカさんがガドフリーさんを蹴っ飛ばしたので。いつ口を挟もうと思ってたらあんなこと言われて……『この子はアタシのモンなんだからね! 花嫁にするとかアタシが許さないわよ!』……えへへ」
「その話はやめ。無限ループしそうだし」
いろいろ恥ずかしいし、聖女ちゃんが幸せそうで馬鹿すぎるからもうやめて。アタシも繰り返されると死にそうになる。
「とにかく、アンタがその気がないんだし、アタシもそれを察してそう言ったの。それ以上の意味なんてないんだからね!」
「はい。そうですね」
頷く聖女ちゃん。幸せそうな笑みでアタシを見てる。
「……っ! 本当にそれだけなの! それ以上の意味とかないんだから!」
「はい。そうですね」
「ああ、もう! とにかくそういうわけだからこの話終わり!」
ヤバイ。何言ってもこの子の思い通りって感じになってる気がする。なんか致命的に地雷踏んだっていうか、すでに逃げられない檻の中にいるっていうか、そんな感じでいろいろ手遅れな感じがする……!
「はーい。でも思い出して幸せになるぐらいは許してくださいね」
ものすごくうれしそうな顔で言う聖女ちゃん。アタシの言葉でこんな顔してくれるのだ。落ちつけ心臓。この子はいい子ちゃん。誰のセリフだっていいように解釈して受け取る子。
でもこの顔は反則。ものすごくうれしそうな、その笑顔。それをずっと見ていたい。もっとそんな顔してほしい。見てるだけでこっちも胸が熱くなってくる。それが自分が言ったことでこうなったと思うと、こっちまでドキドキしてくる。
「……トーカさん?」
「勝手にしなさい」
ちょっと呆然としていたんだろう。呼びかける聖女ちゃんの声にぶっきらぼうに答えるアタシ。だめだ。アタシもばかになりそう。主導権を取るつもりが完全に翻弄されてる。ああ、もう……!
「話をガドフリーさんに戻しますけど」
「がどふりー?」
「さっきトーカさんが蹴り飛ばした人ですよ。その後のことは何度思い出しても……」
「あんなじーさんの名前なんか覚える価値ないわよ。で? じじいが何なの?」
また無限ループに陥りそうだったのでその前に止める。実際、じじいの名前を覚える価値はない。
「あ、はい。ガドフリーさんはブレナン帝国と名乗っていましたけど」
「なに? 世界史にそんな帝国があるの?」
「いいえ。私の知る限りそんな国はありません」
首を振る聖女ちゃん。この子が知らないという事は本当にないか、あったとしても目立たない国だったんだろう。
「トーカさんの知るゲームでそういう名前があったとかはありませんか?」
「ないわよ。大体グランチャコに国レベルの施設があったら、そこを拠点にレベルアップするわ」
グランチャコが閑散としているのは、ひとえに休憩所が少ないからだ。広いフィールドの中に、テントを広げたようなショップ群が数か所かあるだけ。アタシ達もここ数日は自分で持ってきたコテージでの生活だ。
「そうですか。……うーん」
「何よ。やけにあのじじいに執着してるわね。なんかあるの?」
悩む聖女ちゃんに問うアタシ。別にイラっとなんかしてないわ。純粋な疑問だもん。もう一回会いたいとか言い出したらどうしようとか不安になってないもん。どうして気になるのか、それを確認したいだけだから。
「なんというか、動作の所作が精錬されていたんです。きちんとした教育を受けた上流階級を思わせる感じでした」
「はぁ? あの妄言じじいが?」
「はい。もしかしたら本当にそういう帝国があって、本当にその王なんじゃないかと思ったんですけど」
あのじじいが? 王様?
「ないない。どっからどう見ても妄想にトチ狂った老人じゃない。ボケてるのか虚言癖なのか分からないけど、あれはただのビーストマスター。しかも溶岩ワニを最強とか言うアタシよりもレベル低い奴なんだから。
アテンダントマスター? 帝国? 10万の兵士? どこにそんなのがあるっていうのよ。挙句の果てに年齢差を考えずに求婚とかふざけんなにもほどがあるわ」
言って鼻で笑うアタシ。言ってて腹が立ってきた。ホントふざけんな。
「時代によっては50代の男性が10に満たない子を娶ることもありますけど」
「むっ……。そ、そんなの時代錯誤にもほどがあるわ。っていうかそう言うに憧れるとかないわよね? お花畑で王様にキスされたいとかそういう願望ないわよね?」
「ありませんよ。ヤキモチやいてるトーカさんもかわいいです」
「ヤキモチとかしてないし!」
ヤキモチって何よ!? アタシが……この子に……この子がじじいの嫁になると思ってジェラっとして、ああああああ! 関係ない関係ない!
「とにかく! 何とか帝国なんてないし、あのじじいはただの妄言垂れ流すロリコン変態! それ以上でも以下でもないわ!」
結論なんかとっくに出ているのだ。じじいに関して話をする必要はない。
「もう二度と会うこともないでしょうし、とっとと忘れましょ! とっとと黄金ライノ狩って、こんなところとおさらばよ!」
そう言ってコテージに入り眠りにつくアタシ。聖女ちゃんも嬉しそうに眠りにつく。
――まさかこのセリフがフラグになるなんて、この時のアタシには想像もできないのであった。
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