34:メスガキは信頼を感じる

 チート野郎が消えると同時に、町中のエンジェルナイトが消える。あいつが召喚してたんだから、当然と言えば当然ね。


『デミナルト空間、消滅確認。ムジークを襲う危機は全て消え去りまちた! 奇跡を解除ちまちゅ!』


 かみちゃまの声が響く。あのチート野郎が作ったのだろう何とか空間も消えたみたいね。アイドル達のレベルアップも解除され、これで元通り。天使に破壊された跡はあるだろうけど、おおむね解決したと言ってもいいわね。


「お疲れ様です。トーカさん」


 ねぎらいの声をかけてくる聖女ちゃん。アタシは肩をすくめて言葉を返す。


「ホント、疲れたわ。お礼にアタシだけレベル99にしてくれてもいいのに」

「ズルはだめですよ」

「ズルじゃないもん。労働に対するお礼だもん」


 チートじゃなければ楽してレベルアップしてもいいのよ。むしろ一気にレベルアップはアタシの信念ね。楽に稼いで一気に強くなるとかサイコー!


「ま、しょうがないから『ティンクルスター』をもらってあげるわ。経験点二倍があれば楽に稼げるもんね」

「何を言っているんですか、アサギリさん」


 うんうん頷くアタシにぴしっと声をかけるメガネ女。


「あれは『超アイドル戦線』の優勝賞品です。優勝者以外には譲渡しませんよ」

「ちぃ、流れ的にアタシがもらってもいい感じだったじゃないの。細かいこと言わないで」

「ダメです。まだトーナメントも始まっていませんし、そもそも貴方がトーナメントに選ばれるかどうかもわかりません」

「えええええ!? それぐらいは融通してよ。アタシこの町のために頑張ったじゃないの!?」

「それはそれ。これはこれです」


 はっきりと拒絶するメガネ女。交渉の余地すらない。なにがなんでもアタシを優遇する気はないようだ。この真面目メガネ!


「お礼が後回しになりましたね。ありがとうございます」


 動揺するアタシを前に背筋を伸ばし、そして首を垂れるメガネ女。その動きに、思わず息をのむ。『一流』のデキル女の動きに、悔しいけど目を奪われた。


「アサギリさん、貴方はこの町を救った英雄です。音楽ギルドとこの町を代表してお礼を。貴方がいなければ、あの天使達にこの町は滅ぼされていたでしょう」


 100%の感謝の言葉。まっすぐにアタシを見て、奇麗なお辞儀と感謝の言葉を告げた。怒りは完全に霧散したけど、悔しいから一矢ぐらいは報いてやる。


「ほぼ成り行きよ。正直、『ティンクルスター』がなければ逃げてもよかったわ」

「はい。ですが救ってくれました。その事に変わりありません」

「……でも判定に色付けるつもりは何でしょ?」

「はい。それはそれですから」


 そこは決して曲げないメガネ女。あー、もういいわ。こういう女よ、アンタは。


「アサギリさん……」


 恐る恐るあたしには仕掛けてくるのはジプシーさんだ。


「ごめんなさい。私のせいでご迷惑をお掛けして。……なんとお詫びしていいか」


 詳細は分からないけど、あのチート野郎が復活したのはジプシーさんが原因だ。どこで聞いたか知らないバグ技の条件を満たし、チート野郎に体を乗っ取られた。後半はともかく、前半は間違いなくジプシーさんの失敗だろう。


「そうね。迷惑だったわ」


 だからはっきりと言ってやる。ここで許してやるほどアタシは甘くない。


「お礼に原因になったネズミの尻尾とEMポよこしなさい」


 ネズミの尻尾512個のグループが二つ。そしてEXMPポーションことEMポ。これがバグ技の原因だ。だからそれを回収するわ。


「……はい」


 渡されたアイテム。これを使えばアタシにもバグ技が使える……わけではないのだろう。あのチート野郎が展開した何とか空間の中だけで使えるとかそんなもんだ。仮に使えたとしても、そんなのを使うつもりはない。


「ふん」


 アタシはステータス画面を開き、それらをゴミ箱に捨てる。<収容魔法>の中にあった三つのアイテムは、痕跡もなく消え去った。


「はい、これでおしまい」

「え? いいんですか?」

「いいも何も悪いのはあのチート野郎なんだから。アンタは利用されただけの馬鹿で、それを反省してるならアタシから言うことはないわ」


 キョトンとするジプシーさんにアタシは手を振ってこたえる。EMポは高いから売れたよなぁ、と思いつつでもアイツが口付けたものだから捨てて正解ね。


「罰を与えるのは騎士団とかギルドとかじゃない? アタシの知った事じゃないわ」

「ですけど! ……一番迷惑を受けたのはアサギリさんですよ。怒ったりしないんですか?」

「怒ってるわよ。おかげでレベルアップ計画が台無しになったんだから。今からどう遅れを取り返したらいいか考えないと。今のままでトーナメント一回戦でアイドルさんと当たったら負け確定だし」


 あの女装野郎、【フェアリーサークル】まで覚えてたからなぁ……一発目はクリティカルで当てても魔眼カウンターでおしまいだもん。属性服を四種類買って、適宜黒蝶と白蝶ドレスに着替えて<魅了>つけてバフ剥がして……だめ、その前に魔法撃たれて負ける。おのれ、許すまじ!


「……あの? それでいいんですか? もっと何か言うべきことがあるんじゃないんですか?」

「トーカさんにとっては怒るほどでもなかったという事です。それよりも未来に目を向けて走りましょう。そういう事です」


 悩むアタシを前に戸惑うジプシーさん。そしてそんなことを言う聖女ちゃん。


「アンタも適当言ってんじゃないわよ」

「そうですか? トーカさんはいつだってそうじゃないですか。いつだって足を止めずに前に進んでますよ。ずっと傍で見てたんですから、わかりますよ」

「ッ、……はいはい」


 アタシの言葉に迷いも穢れもない声で答える聖女ちゃん。その笑顔に何も言えなくなって、アタシは顔をそむけた。……別に照れてるんじゃなくて、戯言すぎて何言っていいかわかんなくなっただけだもん。


「熱い熱い! 思わず砂糖を吐き出しそうだね! ブラックコーヒーでも飲みたい気分だよ。あー、アツアツ!」

「死を告げる相手はここにはない。影は静かに光を見るのみよ」


 そのタイミングで帰ってきたのはアイドルさんと鬼ドクロだ。相変わらず何言ってんのか分かんなーい。無事って言うかダメージを受けた様子すらない。カウンター回避盾と即死使いがうまく連携すればそんなもんよね。男同士、友情とかに芽生えたの?


「ムカつくぐらいに元気ね、アンタら」

「当然当然! アミーちゃんはいつでもどこでも元気元気! みんなの笑顔の為にキラキラ輝くアイドルなのさ! キラキラッ!」

「……ま、今日ぐらいはアイドルの凄さを認めるわ」


 ムジークの町中から聞こえる声や歌。戦いが終わったいアイドル達が歌っているのだ。戦いが終わった宣誓の如く、即興でコンサートを開いている。ゲリラライブもいいところだけど、それを止める人もいない。


「あんだけエンジェルナイトにやられて罵られてたのに、誰一人として恨み言言わずにこんな作戦に乗ってくれるんだもん。アタシなら怪しんで寝てるわ」

「ホントホント! こんながきんちょが歌ってるのに自分達は戦えとかナイナイ! ま、そんだけキミへの信頼があったってことだよ。誇れ誇れ!」


 ムジークのアイドル達は、アタシ達の作戦に疑うことなく身を投じてくれた。それはまあ、音楽ギルド長のメガネ女の影響もあったのだろう。


 だけど、信じてもらえた。そうするしかなかったという追い込まれた状況だったけど、それでも逃げなかった。それはアイドルの矜持的なこともあるんだろうけど。


「はい。皆さん、トーカさんのことを信じて行動しました。それぞれの想いもありますが、それでもこれまでのトーカさんの行動があったから、この作戦は成功したんです」


 言ってアタシの手を取る聖女ちゃん。強く握られた手が、これまでの旅路を感じさせる。いろいろあったけど、それでも結果を出してきた。魔王を倒し、皇帝にレベルを奪われ、レベルは1になったけど。


 それでも、歩いてきた道程は無駄ではなかったのだ。

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