33:メスガキは護られる

 アタシがステージで歌ってる間に、町中のいたるところでアイドルが戦っている。


 圧倒的なエンジェルナイトの数に対抗する作戦は、いたって単純。


 レベルを上げてぶん殴る。町中のアイドルのレベルを厨二悪魔の力を経験点に変換してレベルを99にし、スキルレベル10のアビリティで圧倒する。


 レアジョブのアイドルさんや鬼ドクロほどではないにせよ、99までレベルが上がったんだからエンジェルナイトなどに苦戦はしない。しかもそんなアイドルが100グループほどいるのだ。10万体程度、レイド戦の前座でしかないわ。


 加えて、アタシの歌はエンジェルナイトとチート野郎のアンカーをガンガン揺さぶっている。その歌が町中のモニターやスピーカーから流れているのだ。機器を破壊するか、町から出るかしないとアタシの歌からは逃れられないわ。


 機器の破壊はアイドル達が徹底して阻止しているみたいなので心配ない。そして町から逃げるという事もアイツはできない。


 なぜならチート野郎の根幹である無限アイテムは位置を利用したバグ技だから。

 

 アビリティを使って、8歩以内のどこかにあるバグ場所を確定する必要がある。今は10万体のエンジェルナイトのどれかがそれを踏んでいればいいという力押しでそれを押さえている。


 だけど、移動すればその利点は消えてしまうわ。


 バグ技を維持するためには移動は厳禁。だけどここに留まればアンカーを揺さぶられたりムカついたりで面白くない。アンカーを攻められ続けて憑依が解除されたアイツがどうなるかは分からないけど、ジプシーさんに憑りついて今回の騒動が起きたんだからそのまま消えるんじゃない? かみちゃまも止めなかったし多分正しい。


 ついでに言えば、憑りつけるエンジェルナイトの数はムジークのアイドル軍団の猛攻で減少しつつある。召喚速度がどれだけ早かろうが、最高レベルのアイドル達に勝てるはずがない。エンジェルナイトの駆逐は時間の問題だ。


 憑依先のエンジェルナイトが全滅するか、アンカーを攻撃され続けて憑依できなくなるか。どちらにせよ、このままだとあのチート野郎はお終いだ。


 回避する手段は二つ。一つは全部諦めてここから逃げて、憑依できる相手を見つけること。運よくそんな相手が見つかればラッキーだろう。見つけられたら逃げられる。見つからなければおしまいだけど、そんなギャンブル。


 実際10万近くいるエンジェルナイトの中から憑依している1体を探す手段がないので、それをやられれば止める手段はないわ。


 だけどあいつは絶対それをしない。確信してもいい。


 あのチート野郎はそんな冒険をするような性格じゃない。安全な場所で胡坐をかいて、人を下に見て嘲笑う性格だ。だからルールに反する行為をしても恥じたりしない。むしろそれが特権でそれをしないヤツを馬鹿にしている。


 だからあいつがとる手段はもう一つの方。チートに頼った力技。つまり――


「死ねクソガキ!」

「鬱陶しいんだよ、歌やめろへたくそ!」

「音痴な歌で本気が出せないんだ! 消えろ!」


 アタシが歌うステージに殺到するエンジェルナイト。武器を構え、罵りながら客席から走ってくる。


 アンカーを攻撃するアタシへの襲撃。これ一択だ。憑依さえ解除しようとするアタシを止めれば、盛り返しもできる。そんな浅い考え。あと単純に煽られて怒ったかな?


「な、なんでこの場所がわかったの!?」

「はん! 貴様がここにいることはわかってるんだよ!」

「モニターを見れば会場はバレバレだ! そんなことも分からないとか、頭悪いんだよ!」


 歌い終えてインターバルに入ってたので、エンジェルナイトと会話するアタシ。焦るアタシの声に愉悦の表情を浮かべるエンジェルナイト。


「誰が『クソザコ精神』だ! 諦めたんじゃない、見限ったんだよ!」

「『動かないバカ』とかふざけるな! 動く必要がないだけなんだよ!」

「『這い上がる』とか惨めなことできるか! 俺は天才だ! 世界の方が認めて拾い上げるべきなんだよ!」

「成功するまで時間がかかるだけだ! 分かれクソガキ!」


 そして指さし叫ぶエンジェルナイト。うわぁ、よっぽどあの歌に心削られたのね。顔真っ赤にして叫んでるわ。ぷー、くすくす。


「襲撃を予測できないとか頭緩すぎなんだよ! まあ俺の動きが速すぎたからだけどな!」

「あんな歌で人を感動させようとしてた? はいバーカ! 誰もあんな歌に心揺るぎませーん! 俺もでーす!」

「下手で鬱陶しいからここで死ね! 散々苦しんで泣き叫んで謝り倒してから死ね!」


 思いっきりアタシの曲に動揺してます、ってカンジでまくしたてるエンジェルナイト達(INチート野郎)。勝利を確信したのか、アタシが歌ってないからか、余裕の笑みさえ浮かべている。


「ぷ。あはははははは!」


 その様子にこらえきれず噴き出すアタシ。


 だって、ねえ?


「ごめーん。『な、なんでこの場所がわかったの!?』とかへたくそな演技でごめーん。こんなへたくそな演技に付き合ってくれてゴメンねー」

「な、なに?」

「あ、もしかして本気でアタシが驚いたと思ってた? アンタが襲撃しかけてこないって安心してると思ってた?」


 破れかぶれになった襲撃なんか、当然予想済み。当たり前じゃない。


「んなわけないじゃないの、バーカ!」


 だからここには最高戦力を持ってきた。アイドルさんや鬼ドクロのような殲滅力に長けたジョブではなく、集団を押し止めるのに長けた戦力を。


「舞台に立つアイドルには触れさせはしません。ギルドマスターの称号『乙女座パルテノス』の名にかけて」


 スポットライトに照らされるのは音楽ギルド長のメガネ女だ。防衛網はとっくに完成済みなのよ。


「ムジークの街を、アイドル達を、そして歌の力を甘く見ましたね。心に響け、代々紡いだ歌の文化を! ウ、ラァァァァァァァァァア!」


 叫ぶ音楽ギルド長事メガネ女。エレキギター(動力は雷撃系の魔法)を手にし、それを奏でて会場中に声を響かせる。叫びが物理的に響き、心臓と脳さえも振動させた。


【ハウリングソウル】――シンガージョブの【シャウト】スキルレベル10のアビリティだ。ダメージ自体は低いが、<感電><朦朧><放心><足止><困惑>と行動不能系のバッドステータスモリモリの画面全体攻撃。コスパで言えば最高の足止めだ。


「意見はいくらでも聞きましょう。批判を受けるのもアイドルです。ですが行き過ぎた行動には毅然とお返しします。それが私の職務です!」


 アイドルを守るため。この町を守るため。そして音楽という文化を守るため。そのためにこのメガネ女は規律を守り、そして厳しさを追及する。敵を作っても、それで守れるものがあるならそれを恥じることはないとばかりに。


「【シャウト】使うとか、案外ロック系だったのね、アンタ」

「音楽に貴賤はないわ。それとも見た目で騙された?」

「そうね。最高の騙しだったわ」


 素直に言葉を返すアタシ。見た目の真面目さからは想像もできないぐらいの音楽性だ。


 ここに来たエンジェルナイトは大体1000体ぐらい。今の【ハウリングソウル】で9割9分ぐらいは足止できただろう。逆に言えば、1分は抵抗された。その10体ぐらいはメガネ女を抜けてアタシに迫る。


「一夜だけの物語。それを貴方に捧げましょう」


 だけどその10体もアタシには届かない。動き出す前にかけられた声がその動きを止める。声の主はジプシーさん。彼女の声が展開するフィールド。その範囲内に入ったものはすべて、戦意を失う。


「さあ、言の葉を語りましょう。皆々様、時間を拝借いたします」


 シェヘラザードジョブの【語り部】スキルの最高アビリティ。【千夜一夜物語】だ。範囲こそ【ハウリングソウル】に及ばないが、そのアビリティ範囲内に入ったキャラは強制的に戦闘状態を解除されるわ。敵味方含めて、全員。


 ゲーム的には『フィールド内のキャラは10秒間攻撃しないし攻撃対象にできない』状態になる。使っているシェヘラザード自身も範囲内で効果を受けるわ。アイテムとかは使えるんで仕切り直しには最高のアビリティね。ボス戦とかで形勢を立て直すときに使われるわ。


「歌ってるアタシを守るのに、これほど役立つアビリティはないわね」


 でも攻撃じゃなければ行動は可能だ。歌でアンカーを攻めるのはカウントされない。だってあたしが歌って、勝手にダメージ受けてるだけだもん。


「私は弱いと思ってました……。支援しかできないジョブで主役になんかなれないんだって。今も天使を傷つけることはできませんけど。

 ……私は今、舞台に立っているんですね? 戦えているんですね?」

「トーゼンよ! むしろアンタがメインなんだから気を抜かないでよね!」


 背中越しに泣きそうな声で言うジプシーさんに応えるアタシ。発破をかけた言葉に嘘はない。バッドステータスではない戦闘回避手段。戦闘状態そのものを強制キャンセルする。戦闘回避としては最高のアビリティ。チートステータスを持っていようが、【千夜一夜物語】の前には戦闘自体ができなくなるわ。


 だけどこのアビリティには欠点はある。使用後に10秒のインタバールが必要になる。連続使用はできないのだ。だけどそれを止めるのが再度アビリティを使ったメガネ女。バッドステータスで足止めされている間にインターバルは終わり、【千夜一夜物語】でまた戦闘状態を解除される。


 エンジェルナイトの増援は止まらない。だけど【ハウリングボイス】と【千夜一夜物語】の二重の防壁を進むことはできない。ただ集まり、そして止められる。数だけでは押し切れないアイドル達で。


「ふふふふふ、ふざけるなクソガキィ! そんな、そんな程度で止められると思うなぁ!」


 数だけでは突破できない。だけど突破口はある。少し考えればわかることだ。


「おおおお、俺は天才だ。俺は選ばれた人間だ! 失敗なんかしない! 恥なんかかかない! 成功しかしない人間なんだよ! お前達みたいな凡人クズと違うんだ!」


【千夜一夜物語】のインターバル。それに入ったタイミングで高い抵抗力を持つ存在が突撃すればこの足止めは突破できる。チートステータスの999という数値を持つ者がその作戦をすれば、確実にアタシに迫れる。


「チートして何が悪い! 見下して何が悪い! 勝てば何したっていいんだよ! 俺は負けないからな! 俺は努力なんてしないからな! 楽して勝って生きるんだよ!」


 エンジェルナイトの一体。【ハウリングボイス】の抵抗をステータスの暴力で強引に抜け、【千夜一夜物語】のインターバルの隙を縫ってきたソイツ。それがチート野郎が憑依しているヤツなのだろう。アンカーへの攻撃に耐えきれず、アタシに殴りかかってくる。


 最高のコスパ足止めアビリティと、最高の戦闘回避アビリティ。それさえ抜けたズル野郎の脅威がアタシに迫る。999のクソズルい力で殴られれば、アタシは耐えられない。


「トーカさんには――」


 だけどアタシには、


「――触れさせません!」


 最も信じられる最高の守り手がいる。


【聖人】スキルを極めた者が得られる【聖杯の加護】。どんな攻撃も一度だけゼロにするバリアを張るダメージカットアビリティ。アタシとチート野郎の間に割って入った聖女ちゃんが、アタシを襲う攻撃を受け止めた。


 アンタがいるってだけですごく安心できるわ。……いつもありがと。


 二撃目はない。10秒のインタバールが終わり、【千夜一夜物語】が発動する。殴ることができないチート野郎は目を血走らせてアタシを見た。【千夜一夜物語】の範囲内に入れば、たとえチートステータスでも攻撃はできないのだ。


「クソ! ガキのくせにこの俺を――」


 悔しそうなその目を見上げるようにしながら、笑みを浮かべてアタシは口を開いた。


「子供に負ける程度の知能なのよ、アンタは。

 ねえ、今どんな気持ち? 子供に行動パターン全部読まれて対策されて、万策尽きて敗北確定! ねえ、どんな気持ち? どんな気持ち?」

「う、がああああああああああ!」


 逆転の一手を防がれて叫ぶチート野郎。そしてこの近距離なら、遠慮なくアンカーを弄れる。


「ルールを守れないヤツは邪魔なのよ。凡人にすらなれないクズチート野郎は、とっとと消えてちょうだい。みんなアンタを嫌ってるから。

 チートで強くなって人を見下していい気になってるけど、逆よ。見下されてるのはチートしてイキってるちっちゃいココロの、ア・ン・タ♡ ばいばーい」


 攻撃できないチート野郎の耳元で囁くように罵る……アンカーを攻撃するアタシ。


「くぁwせdrftgyふじこlp;@:!」


 アタシの言葉に体を震わせて感極まったように意味不明な事を叫んだチート野郎は、白目をむいてそのまま光の粒子となって消えていった。

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