32.5 超アイドル戦線!(side:アイドル)

 ムジークの街を守るアイドル達は、エンジェルナイトの猛攻を前に心が折れる寸前だった。


 然もありなん。80と言う人類が相手するには高すぎるレベルのエンジェルナイト。それが群れを成して現れたのだ。地形と戦闘経験を生かしてどうにか凌ぐことはできるが、あくまで凌ぐだけ。じりじりと押されているのは誰の目にも明らかだ。


 アミーのように単独でエンジェルナイトに対抗できる英雄は一握り。音楽ギルドのマスターでどうにか一対一で戦える強さ。しかも報告によると未だに召喚は続いているという。悪魔の力を得ているという報告もあり、時間とともに絶望がのしかかる。


 それでもアイドル達は弱音を吐かなかった。


「まだまだコンサートは終わってないよ!」


 守るべき町の人に笑顔を絶やさず、希望の星であろうと明るく努める。心の奥にある絶望を隠し、最後の最後まで戦い抜こうと決意を秘めて。


 そんな状況の中、音楽ギルドから通達が走る。


 魔王を倒したアサギリ・トーカ。超アイドル戦線の優勝賞品だけを求めてアイドルになろうとする子供アイドル。その単独コンサートに合わせて攻勢を仕掛けろというモノだ。


 最初は何だそれはという話だった。特攻して死ねという意味か、と受け取ったアイドルもいた。聞けばレベルを奪われて1にまで下がった遊び人だ。希望の旗になるしか役に立たないと割り切ったか?


『悩んで苦しみ歩いた価値は、アンタが一番知っているでしょ♪』


 無茶ともいえる作戦に従ったのは、ひとえにギルドマスターへの信頼だった。音楽の為に尽力し、今なお歌い続けるヒト。あの人がもうだめだと判断したのなら、本当にどうしようもないのだろう。トーカのコンサートを聞きながら、最後の戦いへの決意を込める。


『このムジークで戦う希望の星たちよ! その決意、その心意気を讃えまちょう!』


 そんなアイドル達とムジークの人達の心に声が届く。どこか舌足らずの赤ちゃんのような声。だけど確かに響く神の声。


『生命の神シュトレイン、そして創造の魔アンジェラの名において――』

『未来の自分に夢乗せて――♪』


 トーカが歌うフレーズとともに、


『未来において貴方達が得るはずの力を捧げまちゅ!』

『――今しっかりと走り出せ!』


 神と悪魔の奇跡が決意を込めたアイドル達に降臨する!


「これは……!」


 魂からあふれ出る力。体に満ちていく力。背筋を中心に螺旋のように膨れ上がり、そして脳に渦を巻き留まる。この世界に生きるモノなら、誰もが知っているこの流動。


<●●●●、レベルアップ!>

<〇〇、レベルアップ!>


 経験点。魔物を倒した時、何かしらの称号を得た時にステータスに加算される世界からの加護。努力に報いを。結果に喜びを。世界そのものがこの世界に住むものすべてに与えた力。


『戦いに挑む希望の星に、一夜限りの奇跡を! 正しき道を歩み努力した未来。その結果を今ここに! 我らが住まう世界を守るため、我らが生きる明日を得るため、神と悪魔は今宵のみ手を結びまちた!』


 この夜のみ、戦うことを決意したアイドル達は努力した果てレベル99の力を得る。チートを使ったズルではなく、この世界において努力した者が得られる力を。


『悪しき道を歩んだ天使、そしてその使い手を滅ぼす力を授けるのじゃ! 神も魔も今はない。この世界を蝕む存在を滅ぼすべく、今は手を結んでやるのじゃこんちくしょー!』


 その力をもって、悪しき手法で強くなったモノを打ち倒せ。そのために、神と悪魔は今手を結んで人々に力を授けたのだ。……少しばかり捨て鉢なのは謎だが。


 人類創世の時から相反する神と悪魔の共同戦線。これまであり得なかった事象にどよめく人たち。だが神と悪魔が手を結ぶほどの事だと知り、そのための奇跡なのだと気を引き締めるアイドル達。


「うんうん。渾身のこんちくしょーだアンちゃん! よっぽど嫌なんだろうけど、そんだけ忘れたいことでもあるもんね『お兄ちゃん』は。にししにしし!」

「『オラにみんなの力を分けてくれ』ではなく『オラの力を皆に分ける』か。生命の神も粋な事をする。

 ここでOPの曲など流れれば最高といいたいが、それは今歌っている夜の同胞に失礼か」


 事情を知るアイドルさんアミー鬼ドクロトバリは言ってエンジェルナイトに向かう。二人のレベルからすれば、この奇跡は地力の底上げ程度だ。スキル自体はほぼ完成し、基本戦術は変わらない。


「いくよいくよ! 妖精さんのパレードだ! ズルする天使にお仕置きお仕置き!」


 歌うアミー。【妖精舞踏】のアビリティ【風のバレエ】【水の舞】【炎のベリーダンス】【大地のステップ】、そしてそれらの効果を引き上げる【フェアリーサークル】。これを展開して天使の注目を引く。


 アミーに殺到する天使達。しかし妖精の加護を受けたアイドルに触れることは叶わない。聖なる光による目つぶしも聞かず、妖精の力を得た範囲魔法で一掃される。更には、


「お返しお返し! 今日は水の妖精さんだよ! 清らかな水を浴びて、反省しなさーい! ウォーターウォーター!」


『魔眼』によるカウンター攻撃。攻撃自体は当たらずとも、攻撃されたことがトリガーになる装備効果。その場にいるだけで戦場を支配するアイドル。それがアミー。


「――魔星一刀。我が一刀、天魔の裁きと知るがいい」


 短く呟き、そして刀を納めるトバリ。最小限の動きで天使に死を告げる。呪いの武具を身に着け、その呪いを力に変えるが闇狩人。その魂の名は、夜使い。闇を歩く名もなき刀。


「死こそが汝らに与えられる唯一の慈悲。滅びこそ安らぎの場所と知るがいい」


 言いながら天使の群れに向かって歩くトバリ。一歩一歩確実に。内心、ワシ決まったね! とか、集団で攻められたらMP足らないからできれば一体ずつで! とか、カウンター壁がいてくれてよかった、とか思っているのだが。


 アミーとトバリの基本戦術は変わらない。完成された戦力の底上げ程度の強化だ。


 だが、他のアイドル達のパワーアップは違う。未熟だった力が完成したのだ。


「我がクナイ術、ここに極まれり! 【狐の嫁入り】!」「春の風に消えよ……【分身花吹雪】!」


 七名の忍者系アイドル『モモイロセブン』は連携だった動きでエンジェルナイトを攻める。<凍結>+<困惑>のバッドステータスが乗った広範囲の【手裏剣】系のレベル10アビリティと、攻撃回数増加+攻撃時に中確率で<魅了>を付与する【分身】系のレベル10アビリティ。


「我ら!」「桜の元に集いし!」「七人のシノビ!」「闇に生きる我らは!」「花となって咲き乱れる!」「夜に咲く淡い桃色」「その名を!」


 七名の女性忍者。時に闇に潜み、時に花となって世を彩る。


「「「「「「「モモイロセブン!」」」」」」」


 絶望はあった。エンジェルナイトに口汚く罵られ、力で抑え込まれて心が折れていた。共に戦う仲間がいなければ、自決すら考えただろう。


 だけど奇跡が起きた。希望は生まれた。自分達が得るはずの未来。それは悪意に負けないものだと理解できた。かつて魔王を倒した少女のように、自分達も巨悪に立ち向かえるのだ。


「遅いアル! 【天昇龍牙蹴】!」「世界の理を感じるヨ……【回転陰陽魚】!」


 ヤーシャアイドル『大三元』の三名は無駄のない動きで戦場を支配する。一直線に<燎原>の効果を乗せた【飛翔】系のレベル10アビリティと、本人を中心にバステ耐性とHPMP回復効果を与える【呼吸法】系のレベル10アビリティ。


「白!」「発!」「中!」

「「「我ら、ヤーシャアイドル『大三元』アル!」」」


 戦える。以前は三人でどうにか一体のエンジェルナイトを留める程度だったのに。今は複数を相手にしても問題なく戦える。


 力を与えてくれたのは神と悪魔だ。だけど希望を与えてくれたのは可愛い小さな遊び人。魔王を倒した愛らしい少女。故郷を救い、世界を救った子の歌が勇気を与えてくれる。


過激カゲキ苛烈カレツ激烈ゲキレツ激強ゲッキョウ! 熾烈シレツ鮮烈センレツ猛烈モウレツ壮絶ソウゼツ! 我が生み出した究極進化したハイパーエボリューションスーパーゴーレムの鉄槌を受けて見よ 【エメス】!」


 すべてのリソースを一体のゴーレムに注ぎ、ゴーレムマスターギリアムは高笑いする。金城鉄壁にして金剛無双。ボディは固く、拳は堅い。圧倒的な武力をもってゴーレムはエンジェルナイト達を駆逐していく。


「ふはははははは! 我はゴーレムマスターギリアム! 天使もゴーレムも我が意のままに動く存在よ! さあ、我が手のひらで踊り続けるがいい!」


 笑うギリアム。その笑顔で守れるものがあるのならいくらでも笑おう。この傲慢に安堵できる人がいるなら、不遜を貫こう。あとは飴をたくさん用意するか。


 この力は今夜限りの仮初だ。だが、歩き続ける限りはいつか手に入るかもしれない力だ。己の中にある可能性。それが今ここにある。それが自信となる。届かずに終わるかもしれないけど、歩く意思は確かに穿たれた。


 ムジークで戦うアイドルは彼らだけではない。希望の星は彼らだけではない。ムジークの各地で、数多のアイドル達が未来の力を得てエンジェルナイトを倒していく。


 今宵、スターは世界の敵を駆逐すべく大きく輝いていた。


 アイドル達が得たのは未来という輝き。それはとどかないかもしれない空の輝きだ。努力の果てに得られるだろう遠い幻想。得る前に心折れ、或いは力尽き、たどり着けないかもしれない可能性。


 だけどアイドル達は止まらない。それは彼らにとって当たり前のこと。届かぬ星に手を伸ばし、日々歩き続けるなど当たり前のことだ。


 そして未来に向かって走るその姿こそ輝かしく、その在り方に人々は魅了されるのだ――


 

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