32:メスガキは歌う
作戦は急ピッチで進められた。
「――てなわけで放送施設を使わせて」
「アンカー……と言うのはまだ理解はできないけど、それでこの町が救えるというのなら許可します」
言っても超アイドル戦線の施設を利用させてっていう許可を取るだけ。メガネ女は目を白黒させてはいたけど、他に打開策もないこともあってか了承してくれる。魔王を倒した実績は大きかったみたいね。
……とまあ、ここまではアタシの想定通りの流れだったんだけど。
「はいはい。バックダンサーのゴーレムと楽器演奏ゴーレム急いで急いで! 可愛いアイドルが歌うんだからね! ハリーハリー!」
「ちょっと、何してんのよアンタ?」
舞台の上でアイドルさんがこまごまと指示を出していた。アンタ、天使と戦わないといけないのに何してんのよ?
「ふふんふふん。アイドルが舞台に立つんだから、当然歌うに決まってるじゃない。そんなの常識常識!」
「え? 歌うって、アタシが!?」
あたしが歌うステージをセッティングしているのだ。思いっきり眉をひそめて問い返すアタシ。
「イエスイエス! 施設の連絡が町中に行くまでにこれ全部覚えて。アミーちゃんは天使の方に向かうからサポートできないぞ。覚えた覚えた!」
「無茶ぶりにもほどがあるわよ。普通に町中放送で罵ってアンカー攻撃したらいいじゃないの」
「のーのー! キミの姿を瞬間に耳塞いだり施設破壊されたらおしまいだよ。それを防ぐ為にも相手の予想外の事をしなくちゃ! 歌とダンスは全てを魅了する! 一瞬でも相手をほんろうさせれば後はキミのステージだ! やりやりぃ!」
確かに一理ある。っていうかアタシだって自分の心の隠したい部分を放送されたらそうする。相手だってそうするに違いない。不意打ちの為に、一瞬でも気を引くのは確かに大事だ。
「ってまともなこと言ってるつもりかもしれないけど、騙されないからね。本音は何?」
「たいしたことじゃないよ」
アイドルさんはいつもの重ね口調ではなく、素で答える。
「アイドルだからキラキラしてほしいのさ! キミがやるのは口汚い罵詈雑言じゃない。夢と希望を与えるアイドルだ! 誰かを罵るクソガキじゃなく、希望を与えるスターになって輝いてほしいのさ!
さあ、キミのステージだ! キミの役割だ! 精一杯輝いてきな!」
アイドル。キラキラ輝く希望の星。天使を罵る口の悪い子供ではなく、希望を与える歌い手としてアタシを押し上げるアイドルさん。
アタシは自分がどう思われようが気にはしない。人間なんて汚いものだし、心の裏でどれだけ罵ってるかなんてわかったものじゃない。だからとりつくっていい子になんかなるつもりはない。
だけど、そう思わない人もいる。
アタシの事を優しいと言ってくれる人がいる。助けられたと言ってくれた人がいる。師匠と呼ぶ人がいる。友人と呼ぶ人がいる。闇の同胞……はべつにどうでもいい。そして輝けと背中を押す人がいる。
馬鹿だ。アタシはそんないい人じゃない。人間なんて汚いし、アタシだって人間だ。善悪で言えば、多分悪い子だ。アンカーとか関係なく、あのチート野郎を全画面で罵ってやりたいのは事実だ。
「ふん。それって本来アンタがやるべき事じゃないの? 本業のアイドルが新人に舞台を譲るとか悔しくない?」
今だって、こうしてアイドルさんに嫌味を返す。アタシはそんな人間なのに。
「サービスサービス! どうやら覚悟は決まったみたいだね。やっぱりキミは適度にワガママでなくなくっちゃ! グッドグッド!」
アイドルさんは全てわかってるとばかりに親指を立てた。そのまま背中を向けて走り出す。天使と戦うために。……アタシがそういう人間なんだと勘違いして。
ほーんと、バカ。アタシは揺れる感情を誤魔化すように、頭を掻いた。バーカバカ! ホント、バカ!
「ふ、闇の刃は音もなく歩むのみよ」
そしていつの間にか後ろに立っていた鬼ドクロがそんなことを言う。いや、音もなくとか言って普通に喋ってるじゃない。音出してるじゃない。
「……あー。アンタもアタシが歌ったほうがいいとか言うクチ?」
「闇は多くを語らぬ。しかし人の期待に応えるのがアイドル。希望となり、そして星になる。貴様は空を見上げるか、或いは空で輝くか?」
「相変わらずわけわかんないけど、好きに選べってことはわかったわ」
しかもどっちかっていうと歌ってほしい、っていう感情も理解できた。こいつの闇系厨二会話が分かってくるとかヤダなぁ……。
「世界は選択の連続だ。後悔先に立たずとはよく言ったものよ。後で悔いる前に選ばなければならぬ。大事なのは自分の意思で選ぶこと。結果はその後でついてくる。
ワシも若いころにもっと勉強してればなぁ……」
「思いっきり後悔してるじゃない」
我慢しようと思ったけど、遠慮する理由もないのできっぱり言い切る。繰り返すけど、アタシはそういう人間だ。そのまま何かを後悔したまま下がっていく鬼ドクロ。
……あいつもバカね。でも、おかげで落ち着いたわ。
「ま、いいわ。せっかくドレスも買ったんだし、やってやろうじゃないの。天使は任せたわ」
可愛いアタシが可愛くアイドルするんだから、効かないわけないもんね。
『あーゆーれでぃ?』
舌足らずのわざとらしい問いかけ。それがこの作戦の合図。アタシの姿と映像、そしてこの言葉と共にみんなが動き出すわ。
『生まれて歩む人生ロード。だけど生まれ平等じゃないわ。
親ガチャ外せば夢も見れない。周りが悪けりゃ恋もできない。
世界のみんなはバカばっか。自分以外は無能でカス! 意味も価値もないないない!』
黒いドレス『黒蝶セレナーデ』で歌うアタシ。アタシを照らすスポットライト以外は舞台は暗く、他には何も見えない。
『意味ない人生、価値ない世界。そんな場所で生きてても無駄!
自分を認めない世界にサヨナラバイバイ! 自分認める世界にレッツゴー!
全部世界が悪いから。全部周りが悪いから。正しい自分が認められる。それが正しい世界だもん!
自分の才能超サイコー! 自分のアイデア奇想天外! 努力なんてノーサンキュ! 今の自分が最高最強! みんなが褒めて、神になる!』
白いドレス『白蝶オーバード』に【早着替え】するアタシ。不思議なことに歌ってる間は不安も何もかもなくなってる。エンジェルナイトをどうにかしないといけないとか、他の人達が上手く戦えているかとか。その辺りはすっぱり消えていた。
『そんなわけないでしょ! バーカ!』
シャウトと同時に舞台が爆発する。正確には爆発音とスモーク、そして激しいライトの瞬きで爆発したように見せる。
『人生不平等なんて当たり前! 運が悪くて諦めるとかクソザコ精神!
認められないとか当然当然! 認められたきゃ力技! コツコツコツコツ繰り返せ! 失敗重ねて積み上げろ!
世界が悪い。他人が悪い。だから何? 他人を下に見て満足しても、自分は上にはなんないわ。動かないバカは置いてかれるだけ!
そんな才能超サイテー! そんなアイデア駄作でダサダサ! 努力しない人ノーサンキュー! 当然結果は最低底辺! うじうじ悩め、ただの人!』
パートごとに白ドレスと黒ドレスを入れ替えながら叫ぶように歌うアタシ。画面の向こうの天使。それに憑りついたチート野郎のアンカー『嗜好:他人を罵る』『矜持:天に選ばれし者』『劣等:自分』を意識しながら、思いっきり叫んだ。
『偉人も天才もただの人! 違いがあるなら悩んだ数と失敗した数!
他人を罵り満足するより、自分を磨いて満足した人!
インフルエンサー、ただの偶然? 見えない努力が産んだ必然!
ズルして過ごそうお気楽人生。バレたら大変転落人生!
成功しなくちゃ価値がない? 勝てばよかろう結果が価値?
そんなアンタは世界の奴隷! 勝ちの首輪に縛られた哀れなワンコ!』
ステージ中央に立って、カメラに向かって指さして叫ぶ。
『人生の底。そこがスタート! まだまだ下がるよ上げ底人生!
落ちたくなければ這い上がれ! 誰もアンタを助けない! だから自分で這い上がれ!
背後に迫る死の刃。時間は有限、後悔無限!
今日は半歩、明日も半歩。それでもいいから動けや歩け!
誰もそれを見てなくても、進んだアンタは知っている!
成功失敗なんて結果論! 悩んで苦しみ歩いた価値は、アンタが一番知っているでしょ!
未来の自分に夢乗せて、今しっかりと走り出せ!』
何よこの出来の悪いラップ! そんなことを思いながら、アタシは歌う。
なんだかんだで、楽しみながら――
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