31:メスガキは考える

 ジプシーさんに憑依できなくなったチート野郎は、アイテムを奪ってエンジェルナイトに憑依。自分が召喚したから自分と同じアンカーを持ち、この空間の中なら憑りつく力は強い。


 問題なのは『召喚したエンジェルナイト』っていうのに合体したってこと。町にいるエンジェルナイト全員がチート野郎の分身。10万近くいるから、どれかがバグ技が使える場所にいれば全員がバグ技使用可能。


 司祭アビリティも使用できるからエンジェルナイト召喚も可能。無限MPなんで天使召喚は止まらない。1体だけだろうけど、憑りついた本体のステータスもチート。そいつだけはアンカーを攻撃する以外は倒せそうにない。


「ホント、詰みよね。どうしようもないじゃない」


 かみちゃまと聖女ちゃんの言った内容を脳内で整理して、匙を投げるアタシ。どこから手をつければいいのかわかったもんじゃない。


「そうですか……。でもこのままだと」

「そうね。ムジークは滅茶苦茶になるし、アタシも恨まれてるから何されるかわかんないわ。チート野郎のアンカーだけを直接攻めればどうにかなるけど、あっちも当然警戒するだろうし」

「このデミナルト空間を世界中に広げられれば人類もモンスターもおちまいでち」


 今はムジークの街中だけで済んでいるけど、何とか空間が広がれば被害はその比じゃない。


「問題は三つね。

『エンジェルナイトの数が増え続ける事』『アンカーを攻撃しても威力を分散して耐えられる事』『チート野郎がどの場所でバグ技使っているのかわからない事』」


 まとめればたった三つなんだけど、どれも手も足も出ないわ。


『エンジェルナイトの数が増え続ける事』……要はレベル80のモンスターへの対抗手段だ。チート野郎が憑いていないエンジェルナイト自体のステータスは変わってないので、アイドルさんや鬼ドクロでも対抗できる。


 だけど逆に言えばこのレベルだと複数のエンジェルナイトを相手しても勝てるというだけで、アタシや聖女ちゃんには手も足も出ない。多分この町で一対一でエンジェルナイトに勝てる人は片手の指ぐらいしかいないと思うわ。


『アンカーを攻撃しても耐えられる事』……アンカーにダメージを与えることはできるけど、決定打にはならない。あのチート天使曰く『10万体でダメージを拡散すれば耐えられる』だとか。


 何よそれ。要するに同じ傷を慰め合ってるってこと? 要するに全部のエンジェルナイトのアンカーに一斉に攻撃をしないと無理っぽい。


『チート野郎がどの場所でバグ技使っているのかわからない事』……町中にいるエンジェルナイトのどれかに憑りついているチート野郎。そいつを止めないと天使召喚は止まらないのだ。


 何が厄介かって、そいつを倒したとしてもまた同じ方法で別のエンジェルナイトに憑りつけるという事だ。また聖歌を合唱し、例のバグ技の場所を見つけて同じことの繰り返し。しかも憑りついているエンジェルナイトは超チートステータス。アンカーを攻めて憑依を解くしか手はない。……しかも分散されないように。


 これを止めるには――


「この町全部のエンジェルナイトを全滅できるだけの戦力を集めて、同時にアタシが全部のエンジェルナイトのアンカーを同時にぶっ叩いて、チート野郎の憑依を解除するしかないわ」


 全部のエンジェルナイトのアンカーを同時に攻撃して威力拡散を防ぎ、同時にエンジェルナイトの数を減らして憑りつく先を無くす。


「できるんですか?」

「それができないから無理って言ってるのよ。ああ、もう何このクソゲー!」


 聖女ちゃんの問いに頭を抱えるアタシ。チートとかバグ技とかマジサイテー!


「あのさあのさ。要はキミの言葉をこの町中にいるあの天使に届かせればいいんだよね? だったらできるよ。簡単簡単」

「は?」

「なんとなんと! 今は超アイドル戦線真っ最中! 音楽ギルドの力を借りればこの町何処でも映像と音楽を映し出せるよ! この町にいるならどこでも見て聞こえるからね! やりぃやりぃ!」


 ムジークの町中にある魔法チックなモニターやスピーカー。それを使えばアタシの姿と声は届く。音楽ギルドの許可は必要だけど、あのメガネ女なら柔軟に対応してくれそうだ。


「それでアンカーを攻撃できるとして、エンジェルナイトの召喚を止めれないと意味ないじゃないの。アンタら二人だけで増え続ける相手を全部倒して回るの?」

「当然当然! やれと言われればアミーちゃんはやるよ! アイドルは弱音を吐かないのさ! むしろここがアミーちゃんのセンターだ! いぇいいぇい!」

「ワシはただ運命に従い死を運ぶのみ。天使が死する運命なら、それを告げる刃となるのみよ。だが、妙案あるならそれを聞こう。死神が表に立つのは不本意なり」


 10万以上いるエンジェルナイトに対し、アイドルさんは笑顔で出来ると答えた。たとえ無理でも微笑むのがアイドルというものなんだろう。鬼ドクロもそれっぽいことは言うけど、ちょっと弱気が出てる。素直でよろしい。


「現実的じゃないわ。アンタらがチマチマ倒している間、アタシずっと喋りっぱなしじゃない。もっとずばーっと倒さないと」

「現状を打破できるだけの戦力がないのが最大の問題ですね」


 最大の問題は数。エンジェルナイトに対抗できるだけの戦力だ。よーしこうなったら奥の手よ。


「困った時のかみちゃまだより! どうにかなんないの? 神パワーで天使を全部倒すとか。すごい援軍を呼ぶとか」

「できたらとっくにやってるでち。あたちにはエナジーがありまちぇんし、ちょもちょもあたちはモンスターに干渉できまちぇん。人類にしか加護を与えられないんでち」

「役に立たないわねぇ。……エナジーと言えば」


 アタシは言って承認欲求オバケの病みカワ悪魔に目を向けた。……こっそり逃げ出そうとしてたので、えいやっと首根っこつかんで止める。


「にょわぁ!? 首が閉まりかけたぞ! 乱暴に引っ張るでない!」

「うっさいわね。って言うかさりげなく逃げようとしてんじゃないわよ」

「わ。妾は関係ない! 人間がお母様の力を得て暴走しとるだけで、これは人間が止めることじゃろうが!」

「一理あるわね。なんで人間で決着つけるからアンタが稼いだパッションエナジーとやらをよこしなさい」


 この厨二悪魔はアイドル戦線に出ていいねされてパワーを得ている。そいつをかみちゃまが使えばいいんじゃないの。そう思ってお願いするアタシ。お願いに見えないとか言う意見は聞かないわ。聞こえなーい。


「はああああぁ!? なんで妾が稼いだ力をやらないといかんのじゃ!?」

 

 アタシのお願いを拒否する厨二悪魔。そういう態度をとるならアタシにも考えがあるわ。……あまりやりたくないけど。


「『』」


 アタシは厨二悪魔の声マネをして、甘ったるくそう言った。


「あッ……!? が……ぁッ!」

「『お兄ちゃんカッコいい! お兄ちゃんクール! お兄ちゃん……えーと、なんかすごい!』」

「やめろぉぉぉぉぉぉ! あれは洗脳されて……みぎゃあああああああ!」


 操られていた時の記憶はあるのか、アタシの声マネに悶える厨二悪魔。うん、アタシだって逆の立場ならこうなる。あんなキモ野郎をお兄ちゃんと呼んで慕うとか、自殺したくなるわ。


「乙女の情けよ。エナジーをよこすならこの件は二度と追及しないで上げるわ」

「それ脅迫じゃろうが!?」

「『お兄ちゃんにさわるなー!』」

「ぎゃああああああああああ!? もうやめてくれ! 何でも言うこと聞くから―!」


 アタシの説得にうなずく厨二悪魔。


 ちなみに本当にこの話を追及する気はないわ。アタシだって『お兄ちゃん』とか言うと虫唾が走るもん。寒気してきたわ。


「アンジェラ……今は敵対ちてまちゅけど、さすがに同情するでち。操られて脅迫ちゃれて……」

「おおおお、シュトレイン。人間怖いのじゃ!」

「それはそれとちて、エナジーの融通お願いちゅるでち。緊急事態なので急いでほしいでち」

「わああああん! 妾やっぱり引きこもる―!」


 哀れ。赤ちゃんに泣かされる幼女悪魔。


「……神と悪魔が協力して事態を解決するという、涙ぐましい展開なはずですが……」


 ジプシーさんが呆れたような声で言う。人類の存亡をかけて互いに反目しあっていた者同士が手を結び、世界の危機を解決する。どこかの少年漫画でありそうな展開だ。この世界の人間からすれば、大きな歩み寄りなのだろう。


「現実なんてこんなもんよ」


 肩をすくめていうアタシ。美談も伝承も、本来はこんなもんだったのかもね。

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