35:メスガキは復興する街を見る

 激動の夜が明けて、ムジークの街は復興ムードになった。


 エンジェルナイトに斬られて動かなくなった人たちは、いつの間にか動けるようになってたわ。


『HP枯渇時の時間凍結はあのデミナルト空間の設定じゃろうな。となるとあのクソ野郎が退去して空間解除された瞬間に戻ったとみるのが妥当じゃろう』


 とは厨二悪魔の言葉。そんなもんなのね、と聞き流すアタシ。どうあれ人的な被害は皆無。強いて言えば動けなくなっていた人たちが『そんな戦いがあったなんて!?』『俺も見たかった!』的に残念がってたぐらいだ。


 なお厨二悪魔はというと、


「お、お前たちに手を貸すのはこれで最後じゃからな! 次会った時は覚えておけ!」


 とまあ見事な捨てセリフと共に去っていった。もしかしてフラグ? それはやだなぁ。あいつ味方になるメリットって少なそうだし。絶対しょうもない失敗して足引っ張りそうだし。


 ともあれエンジェルナイトが暴れて破壊された建物やら木々やらを撤去。そこを修繕するために町中総出で動いていた。はー、大変ねー。


 そういうわけなので。


「『超アイドル戦線 ~心技体』は途中ですが休止。音楽ギルドもムジーク復興に手を貸します」


 とメガネ女が宣言し、アイドル戦線はお流れとなった。不満の声はあったが反論もなく、音楽ギルド所属アイドル全部がそのスキルやアビリティを駆使して復興に力を貸す。


「分身! 人手ならいくらでも増やせます!」

「アイヤー! 蹴って細かくするの得意アル!」

「我がゴーレムに不可能はない! 重い物などいくらでも運んでやろう! そして疲れたのなら飴をくれてやる!」

「言の葉が貴方達に力を与えます。貴方達の一手一歩は歴史に残る技巧となるのです」


 もうレベル99の力はないけれど、それでもアイドル達は笑顔を絶やさない。今ある力の限り、誰かのために輝き続けてるわ。


「アタシには無理ね。汗臭く労働するのはやーなのよ」


 手をひらひら振りながらジュースを飲む。宿屋の窓から復興する街を見て、脱力していた。


「ここのところ走り回ってましたからね。たまにはゆっくりするのもいいでしょう」


 言ってカップに口をつける聖女ちゃん。アタシの隣に座って、復興する街を一緒に見ていた。


「珍しいわね。アンタの性格からしたら率先して復興の手助けしそうなのに」

「素人が行っても邪魔にしかなりませんからね。ギルドという結束の中にそうじゃない人が混じっても輪を乱すだけです」

「ふーん。ま、いいけど……」


 とりとめのない会話。実際、どうでもよかったので会話はここで途絶える。別にこの子に復興に行ってほしいわけでもない。


「確かにここの所バタバタしたもんね。ちょっとゆっくりするのも悪くないわ」

「そうですね。いきなりアイドルになるとか言い出して。その後はレベルアップに勤しんで天使との戦いですから」

「ホント、わけわかんないわよね。最後はアイドル総出で天使軍団と大決戦。B級映画でもないわよ、こんな展開」

「でもよかったじゃないですか。最後は平和に終わって」


 終わり良ければ全て良し。……なんて言って奇麗に終われるはずがないわよ。


「平和じゃないわよ。結局『ティンクルスター』は保留になったんだから」


 アイドル戦線が休止になったという事は、当然優勝もその優勝賞品もなしということである。ここまでやってこのオチはないんじゃない?


「ああ、もう。経験点二倍が……」

「よくわからないんですけど、そういうのはトーカさんが言うチート? 狡い行為じゃないんですか?」

「ルールに則ったぶっ壊れアイテムなんだからチートじゃないの」


 実際<フルムーンケイオス>でも物議を醸しだしたアイテムだけど、公式がOKを出したんだからセーフ。実際、レベル95以降のレベルアップが鬼キビシイからその救済処置みたいなもんだし。


「それでどうするんです? 次回のアイドル戦線まで待ちます?」

「そこまで暇じゃないわよ。大体アイドルなんてもうこりごり。引退して楽して一気にレベルアップするわ」


 手を振って聖女ちゃんに応えるアタシ。レベルアップのプランは考えてある。その前に金策かな? 四男オジサンに借りたお金を返さないと。となるとゴールデンライノを倒しに行くのがいいわね。


「はい。頑張りましょう。出発までに挨拶を済ませないといけませんね。アミーさんとトバリさん。音楽ギルドの人達にも」


 ニコニコしながら頷く聖女ちゃん。


 アイドルさんは音楽ギルド関係者ということで復興の手伝いをしているわ。男なんだからこういう時は力仕事でもしてろってーの。


 鬼ドクロは陰キャだからどこかに隠れてるんでしょうね。みんなで協力して、とか苦手そうだし。


 かみちゃまは『力を使いすぎまちた。もうすこしだけ頼みまちゅ』とか言ってまだ赤ん坊モードで寝てるわ。しばらくは抱いて冒険が続きそうだ。


 まあその辺は割とどうでもいい。アタシはニコニコする聖女ちゃんに気になってることを聞いてみた。


「なんでそんなに嬉しそうなのよ、アンタ。

 どっちかっていうと最近表情曇ってたけど、それが解決したの?」


 アタシの指摘に驚いたような表情を浮かべる聖女ちゃん。この町に来て、ちょっと寂しそうな表情をしていたので気になったのだ。バタバタして聞く余裕もなかったけど。


「まあその。恥ずかしい話なんですが」


 この子にしては珍しく、歯切れ悪く区切った。その後で、


「トーカさんがアイドルをして遠くに行って、他の人にチヤホヤされるのがモヤモヤしてただけです。

 トーカさんが褒められてうれしいんですけど、そういう目で見られるのはイヤだなって言うかそういう感じで」


 ……………………ばっ。


「バッカじゃない! アタシが可愛くてチヤホヤされるのはトーゼンなの! そんなの気にしてもどーしようもないんだから!」


 照れるように困った笑顔を浮かべた聖女ちゃんのセリフに、自分でもよく分からない感情がかき混ぜられて、思わず叫んでた。嬉しいとか可愛いとか悪いことしたなとか抱きしめたいとか……あふれそうになる感情を強引に押し込んだ。ついでにフタしてぐるぐる巻きにして封印! 


 うん。とーぜんなんだから。アタシがアイドルしたらそういう目で見られるのは自明の理なの。それを見てモヤモヤしたとかそういう対象で見られるのがイヤとか、そんなこと言われても別にどうとも思わないんだから!


「はい。トーカさんは可愛いですから」

「……っ! そ、そーよ! アタシはカワイイの! でもアイドルはもうおしまい! そういう目で見られることはないんだから! これでいい!?」

「はい。ありがとうございます」


 ……やっばぁ……。アタシが可愛いのは真理だけど、この子に笑顔でそれ言われるといろいろヤッバい。何がどうヤバいとか言葉にしたら負けな気がするんで言わないけど、とにかくヤバイ。いろいろダメになる。


 ジュースを飲んで少し火照った顔を冷やす。なんで顔が熱いのかわからない……わからないわからないわからなーい! アタシがこの子をどう思ってるかなんて、わからなーい! はい、この話おしまい!


「これからも一緒に頑張りましょうね、トーカさん」


 ……そんなアタシのモヤモヤを知ってか知らずか、曇りない笑顔で言ってくる聖女ちゃん。


「そーね。よろしく」


 街に目を向けて冷たくそっけなく返すアタシ。……決して今この子を顔を見たらまた顔が熱くなるとか、心が変な所に落ちそうとか、そんな危険予知をしたわけじゃない。いろいろ手遅れだとかそんなこともない。ないったらない。


 復興する音楽の街。今は途絶えているけど、すぐにまた街には音が奏でられるだろう。


 アイドルという、輝く星がいる限り――

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