27.5:脇役は語る権利などなく(side:アム)

「アイドルを諦めます」


 アム=ナディムはこれまでの活動に終止符を打つように、そう言った。


 アイドル。この世界においてのアイドルは歌やダンスだけではない。魔物との戦いも含まれる。弱き人達への希望。安心を与える星。そう言った平和の偶像アイドル


 自分にはそれが無理だと確信したのはいつからか。それでも希望はあると歩み続け、それでも届かないと理解された。後からギルドに入ってきた人間に追い抜かれ、その輝きを見て諦めがつく。


 シェヘラザード。言葉で他人を支援するジョブ。物語を力に変えるアビリティ。


 それは単体では輝けなかった。物語に依存したアビリティ。自分以外を支えることで本領を発揮するジョブ。誰かと共にいなければ何もできない自分。何もできない自分。それは努力では覆らない壁。


 後悔はない。むしろすっきりした。この壁を乗り越える努力をするなら、多くの人達を支えたい。むしろそれが自分の立ち位置なのだと理解していた。夢を諦める悲しさがないわけではないが、それは時と共に薄れていく。


 多くのアイドル達を支えた。多くの人達に物語を語った。自分は主役ではないけれど、それが自分の役割なのだという感触はあった。支援すること。語ること。その喜びは夢を諦めた悲しみを確かに埋めていた。


 多くの伝承。多くの伝説。それらを知り、そして今展開されている物語を知る。その中には、魔王を単独で倒したアサギリ・トーカがあった。その足跡を追い、そして歓喜する。その英雄がアイドルを目指すという事を聞き、急ぎ接触した。


『魔王を倒した遊び人が、アイドル界に殴り込みですか』


 挑発気味に話しながら、トーカの人物を計るアム。魔王に挑む気質。パートナーとの二人旅。そして何よりも、遊び人と言う誰もが軽視するジョブなのに偉業を成し遂げたその精神!


『人が人を救う物語。圧倒的な怪物に挑む英雄の話! 努力し、人が救われる話に感動しない人はいません』


 そうだ。トーカは成し遂げた。誰もが蔑視する立場なのに、偉業を成し遂げた。その物語に感動しない人はいない。私も、そうだ。生きた伝説。それを前に喜びを感じていた。彼女なら、いずれ皇帝さえも打破するだろう。それを語りたい――


『うそ……。神話の6子が、こんなところに……』


 だけど、それはすぐに恐怖に染まった。世界ができた時に生まれた6の存在。今は天と間に別れて争う神と悪魔。その片割れが今ここにいるのだ。しかもそれはトーカでさえ手が出せないという。


「ほっといていいわよ。どーせ何もできないんだし」


 トーカはそう言って肩をすくめるけど、アムは気が気ではなかった。多くの伝承を知るからこそ、悪魔が起した災害も多く知っていた。その一つ一つが多くの死を引き起こし、一歩間違えれば人類の歴史は破滅したかもしれない事を。


 伝承は誇張かも知れない。だけど、無視できるものでもない。破壊の爪痕は確実に存在している。それがすぐ近くにあるのに何もせずに暮らすことはできなかった。


 憔悴するアムはムジークの伝承を思い出す。10万を超えるエンジェルナイトの大合唱。アイドル戦線の興りともいえる事件。それだけの天使がいるのなら、悪魔が起こす事件をどうにかできるのではないか?


『私は』


 私は言葉を語るしかできない存在だ。


『未来の英雄を』


 トーカはすごい。魔王を倒し、皇帝をも倒すだろう英雄だ。


『守りたい』


 それを支えたい。それを守りたい。トーカだけじゃない。この町に住む人達全て。それを支え、未来につなぎたい。そのために生きていくと決めたのだから。


 当時の状況、それを調べ、そしてそれを再現するために動いた。ネズミの尻尾を集め、MPを回復するポーションを手にして、そしてその司祭が奇跡を起こした場所に向かう。今は使われていないギルドの一室。そこに立ち……そして声を聴いた。


<お前が持つアビリティ……【英雄の詩】を使え……>


 短くかすれかけているけど、確かに聞こえた声。声の主を探すけど該当する人物はいない。怪しみながらも、アビリティを使用するアム。近しい英雄を呼び出すアビリティ。攻撃する相手なんていないけど――


(あ……)


 アビリティを使った瞬間、アムは何者かに抑え込まれたような感覚に襲われた。抵抗など許さない圧倒的な暴力。四肢に力を込めても動かない。そもそも何に抑え込まれているのかさえ理解できない。ただ動けず、そしてじわじわと何かが体中を這っているのだけはわかる。


「この俺をBANするなんて、許されると思うな!」


 口から発した言葉は、自分の声ではなかった。男のような声。だけどその感覚さえも薄らいでいく。夢に落ちるなんて生易しい物ではない。沼に沈むようにドロドロした何かが身も心も取り込んでいく。食われるように自分が奪われていく。


(ああ……)

 

 自分が何かに憑りつかれ、体を奪われた。それが理解できたのはそういう物語を知っていたから。理解できない何かに全てを奪われ、後悔しながら埋もれていく。その現実を理解し、絶望するアム。


 力を求めた者は、その力により破滅する。よくある物語じゃないか。そう思った瞬間に抵抗は消える。愚か者の末路。力ない脇役の結末。それが自分のおしまい。締めの言葉は何になるんだろうか? そんなどうでもいい事を考えて、


「そうだ。お前の人生など他人から見たらどうでもいい。脇役、端役、ちょい役、オマケ、モブ、取るに足らない人間。

 この世にいてもいなくてもいいんだから、誰かの役に立てるのなら本望だろうが」


 憑りついたモノの声に同意しながらアムは意識を手放した。


 

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