24.5:アンジェラ、暗躍?(side:アンジェラ)

「なるほど、そういう事か」


 トーカにバグ技の説明を聞いたアンジェラは、人間同士で話し合っている間に移動を開始する。認識阻害を自らに敷き、集まっている人間に気取られることなく動き出した。


「詳細は不明じゃが、あのクソガキの言葉を解釈するに、この世界おかあさまの不具合のようじゃな」


 アサギリ・トーカはこの世界を自分の世界のゲームのようだと言った。だからこそその仕様を用いて一気に強くなれた。遊び人の分際でここまで強くなるとはと侮りはしたが、調査をすれば確かに納得いく動きだった。


 真偽はともかく、アサギリ・トーカはこの世界をゲームだと認識している。その不具合に似ているという事は、自分達からすれば世界の不具合。そして世界はアンジェラたち6子からすれば母そのもの。


「してみると、このデミナルト空間は昔にお母様が形成したという事じゃな。規模や精度、そして強度を考えればそれも納得じゃ。なにしろ妾もシュトレインもその発生を感知できなかったんじゃからな」


 気づいてしまえば簡単な話だ。自分達よりも上手にデミナルト空間を形成できる存在など一つしかない。世界そのものである<満たされし混沌フルムーンケイオス>。それ以外にあり得ないのだ。


「原因はわからぬが事象が発生した空間を抑えれば終わりじゃな。妾の慧眼をもってすればその程度造作もあるまい。

 いや、リーズハルグの眷属を得られるならむしろ僥倖よ。何ならこのまま人間どもを襲わせて、その後に操作権をいただけばよい。これだけの眷属を得られれば、できる事も増えようぞ」


 無数のエンジェルナイトを召喚する。そのエネルギーを利用できるなら、他の魔物もこの地に召喚できるだろう。<満たされし混沌フルムーンケイオス>は地域によって生息できるモンスターとそのレベルを制限しているが、どうやらその制限もないらしい。


「純粋な戦力としての眷属。それを生み出すエネルギー。その機関を転用すれば他の魔物も自在に呼び出せる! リーンのように個人を魔物と化すよりも効率よく行けるぞ!

 妾が人類を滅ぼし、裏切った3子には思いっきり頭を下げてもらうとするか。まあ妾は寛大じゃからな。3000年ほど下働きすれば許してやろう。ほっほっほ」


 笑いながら避難所であるステージの外に出るアンジェラ。エンジェルナイトたちがアンジェラを見て権を構えるが、アンジェラは手をかざすだけでその動きを止める。デミナルト空間を重ねかけし、周囲の時間を止めたのだ。


 悪魔はモンスターに斬られてもダメージを受けることはない。ゴーストミュージアム入り口でただやられていただけなのは集めたエナジーを使うのがもったいなかっただけだが、今はそうも言ってられない。


「ふん。無限のエナジーが手に入る以上、この町で得たパッションエナジーなど些事よ。空間内の時流を止め、最速で全てをもらうのみぞ」


 リーズハルグに仕える天使兵とはいえ、大元は母が作った存在だ。無下に扱うわけにもいかない。それにうまく行けば自分の手駒になるのだ。そう思えば傷つけずに止めておくのは最良の手だ。


「ふっふっふ。さんざんコケ降ろしてくれたな。妾のことを子供子供と何度も何度も! しかもこの病みカワファッションを愚弄しおってからに!」


 ……まあ、それはそれとして言われたことの恨みは晴らすのであった。動けないエンジェルナイトに何度も殴りかかり、飛び蹴りを放つ。時間が止まっているのでダメージを与えることができないが。


「そもそも世界を作ったお母さまの子である妾にそんな口を聞こうなど、それ自体がおこがましいんじゃ! コントロールを完全に奪ったら妾を褒めたたえさせてやる! コンサートしてその度に拍手喝采雨あられじゃ! そしてアンジェラちゃん可愛いと褒め続けさせてやる!」


 言いながらげしげしと足蹴にするアンジェラ。命令させて褒めさせてもパッションエナジーはたまらない。むしろ命令してコントロールしている分、消耗している。だがそんなことはお構いなしだ。


「今日の所はこれぐらいにしてやるわ、ばーかばーか! 妾の寛大な慈悲に感謝するんじゃな!」


 気が済むまで蹴った後で、アンジェラは歩き出す。少し目を凝らせば見える力の流れ。エンジェルナイトが召喚される力のその大元に向かって進みだす。


(このデミナルト空間はこの街を包むように形成されておる。召喚もその空間内ならどこでもできるという事じゃな。よくできておる……と言うよりは召喚以外の効果はおざなりにして召喚特化している感じか)


 移動しながらデミナルト空間の詳細を計るアンジェラ。ムジークの街中何処にでも、しかも無数と言ってもいい数で召喚されるエンジェルナイト。しかし、それ以外の特異性は皆無だ。


(時間操作も強固性もない。テンマでももう少しうまく空間を形成するぞ。……そう言えば、あ奴はいま何しとるんじゃ? 妾の武器を奪ってそれを使って何かし取るみたいじゃが……リーンもなぜか弱体化しとるし)


 オルストシュタインでのことはまるで知らないアンジェラ。世界で彼女だけが皇帝<フルムーン>の事を知らない。テンマもリーンもそれどころではないという事もあるが、アンジェラ自身が引きこもってその辺りに興味を持たないこともある。


「まあよいわ。あの眷属どもを手に入れたら一度戻って問い詰めてやる。何ならエナジーを分け与えても良いしな。テンマも頭を下げるなら武器を勝手に持って行った事を許してやってもよかろう。うむ、妾は寛大じゃのぅ」


 言いながら進むアンジェラ。時間を止めての移動のため、通常の時間の流れを持つ者からすれば、瞬間移動しているのに等しい。力の流れを追いかけ、音楽ギルドまでたどり着く。その扉を開けてさらに進めば、


「ここが発生源か。なんともまあ」


 たどり着いたアンジェラが見たのは、踊り子風の格好をした女性の人間だ。アム=ナディム。アンジェラはその名前を知っている。アサギリ・トーカと共にいた人間だ。


 彼女に天使を召喚できる素養スキルなど何一つない。だがその背後には薄い人型の何かがいた。


「ふん。過去の残渣か」


 幽霊。人間ならそう称されるだろうそれを、アンジェラはそう言い放った。


「過去の現象が歪んだ形で伝承され、閉じ込められたことで色濃くなったようじゃな。それをこの女が掘り起こし、再現したという所か。語り部の才能ジョブと過去の現象との相性が良かったというところかのぅ」


 過去の事例。その影響。それもデミナルト空間を形成する一因だ。事件を起点としてそれが生み出す波。影響、伝聞、そして結果。それらはそこまで大きな要因にはならない。


 だが、記録が何も残っていないということが自由な発想を生み出した。どんな人物なのか。何が目的なのか。そもそも実在したのか。資料が少ない英雄がどのようなものだったのかを想像し、それを元に語る。自由すぎる動きは想像以上の波形を生み出す。知らぬからこそ、素晴らしい相手なのだと夢想する。


 音楽ギルドやアイドル戦線の興りと言ってもいい出来事。天使というミスティックな存在。規格外ともいえる天使の大合唱。


 それが正しく伝えらればこんな形にはならなかったのかもしれない。世界に忌むべき存在として唾棄され、悪人として形が決まっていただろう。或いはうその物語として定着すれば、物語の英雄として形作られたかもしれない。


 秘匿し、封じ込める。形がないからこそ、無限の形を得る。無限の膨らみを持つ。無限のパターンを作り出す。それがそのままデミナルト空間の波形となった。


「その残滓がエネルギーの核みたいじゃな。それを顕現しておるのがこの語り部の術。ならばこやつのアンカーを使って契約すればそれで終わりじゃ。甘露甘露。

『目的:物語を紡ぐ』『主義:平和』『劣等:自分』……ふん、自分に自信が持てない惰弱ものか。戦いを嫌い、物語を紡ぐしか能のないとはのぅ。そこを攻めれば一瞬で陥落するわ」


 ふふん、とほほ笑んでアンジェラは時間停止を解除する。急に目の前に悪魔が顕れたのに女性に反応はない。


「そこの女。自分に自信が持てぬから物語に逃げるのであろう。戦いをの染まぬ臆病な平和主義が。そんな弱い貴様に妾が力をくれてやろう。我が手を取り、契約を為すのじゃ!」


 ――ここにいたのがリーンなら、アムがなぜここにいるかを怪しんだだろう。そしてその人格を見直し、相手の弱さではなく目的を強調して契約しただろう。


「はい。私は弱いです。物を語るしかできない臆病者です」


 ――ここにいたならテンマなら、手下の魔物に殴らせて弱らせただろう。そして生命の危機に陥らせ、命と引き換えに契約させただろう。


「それでもこの世界を守りたいのです。素晴らしい物語があふれるこの世界を。誰もが笑顔で過ごせるように、護りたいのです」


 そのどちらかであれば、事態はここで終わっていた。悪魔側の戦力は増すが、少なくともムジークにいるエンジェルナイトはアムと共に消え去っていただろう。


「だから、縋りました。弱いから伝説に縋りました。かつて大天使を呼び出し歌を奏でた大英雄に――」

『オレは弱くない! 臆病でもない! 本気を出していないだけだ! 本気さえ出せば、オレはこの世界ぐらい簡単に支配できるんだ!』


 アンジェラの言葉に帰ってきたのはそんな言葉。女の言葉と、女ではない言葉。弱い語り部と、彼女のそばにある過去の残滓。それが叫んでいた。すでに世界に消されたはずの、過去の遺物が。


「は? 形なき過去の意思が生きておるじゃと!? この女が過去の残渣を利用しているのではなく、この過去自体がこの女を利用して顕現したのか――わぶぅ!?」

『せっかくゲーム世界に転生したんだから、チート使って楽して生きようとして何が悪い! チートは異世界転生の特権だろうが!

 オレは消えんぞ! 異世界でチートして俺TUEEEしてハーレム作ってやる! 先ずはこの女! そして幼女! イヌミミ奴隷とかもだ! わははははは!』


 読みが外れたアンジェラの足元に触手が生える。それは一瞬でアンジェラの身体に絡みつき、その動きを封じた。時間を止めても止まった時間では拘束を外せない。そもそも悪魔を拘束できるほどの力など普通はあり得ない。


 可能性は一つ。世界そのものが、悪魔に干渉しているのだ。


(これは……この世界おかあさまの力!? あの遊び人がバグ技とか言う奴か……! マズマズマズイ! 妾とてお母様の力で拘束されたら手も足も出んぞ!

 というか……なんかこやつに従わんといけない気が……ハーレム……幼女はチョロイン……お兄ちゃんと呼べ……わけわからん単語が流れ込んでくるんじゃが!?)


 絡んだ触手を通してアンジェラに流れ込んでくるのは、過去の残渣からの意思。世界そのものを書き換えるようにアンジェラというキャラクターを作り替えていく。この世界で生まれた存在は、世界そのものの干渉に抗う術はない。


 それはチート。外部べつせかいから介入するズル行為。


「俺は消えないぞ……! このチートを使って、世界中の女をハーレム傘下にしてやる!」


 アム=ナディムを操る何かはそんなわけのわからないことを言いながら、悪魔であるアンジェラを自らの支配下に置くのであった。

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