9:メスガキは審査を受ける
「あ、え、い、う、え、お、あ、お」
目を覚まして一日後から、アイドルさんとの訓練が始まった。町はずれの丘で発声練習して、その後は腹筋を鍛えるストレッチなどのトレーニング。
「いい感じいい感じ。旅してたんだから基礎体力は十分だね。魔王を倒したのは伊達じゃないよ。ぐっじょぶぐっじょぶ!」
「レベル1に戻ったけどね」
「ノーノ―! 舞台の上でステータスは関係ないない! 輝く力は数字のような理詰めじゃなくパッション! あふれる感情が星になるのさ。キラキラ!」
コーチ役のアイドルさんはほめて伸ばすタイプなのか、やたらアタシの長所を上げていく。まあ実際アタシは見た目かわいいから努力すれば光るのは間違いないし。努力する天才とか、無敵じゃない?
「うんうん。あとは笑顔がもう少し人懐っこい感じだと可愛い系アイドルになれたんだけど、そこは性格なんで諦めるか。尖ってる方が需要あるだろうしね。その方向で行こう。よしよし」
「アタシが可愛くなってどういう事よ」
「性格悪いって言ってるんだよ」
うわ、素で返された。
「アタシいい子だもん」
「どの口が言うかがきんちょ。『超アイドル戦線 ~心技体』まで時間がないんだから、付け焼刃でも形にしないとね。マイナスも個性! そう割り切っていくよ!」
言い返したいことはいくつかあったが、時間がないのは事実なので黙っておいた。申し込み締め切りは一週間後。それまでにどうにか形にしないといけないのだ。
とはいえアイドルさんがいうには、
「素材はそこそこ。魔王を倒した英雄のアイドル進出という事で話題性は十分。音楽センスは二年間分の修行成果あり。あとは体力調整。うん、見えてきた!」
とのことである。
そう。かみちゃまの何とか空間のおかげで、アタシの音感はかなり高くなっていた。最初試しに歌ってみたら、自分で自分のリズム感に驚いたぐらいだ。歌も踊りも、一日前の自分とは段違いなのが分かる。
「凄いですね。動きにキレがある、というのが分かります」
「男子、三日会わざれば
これはアタシの歌と踊りを見ていた聖女ちゃんと鬼ドクロの感想である。男子じゃないし。あとアンタと同行なんかしないし。
ともあれ、アイドルさんのお墨付きを受けてさらにその猛特訓も受けること5日ほど。朝は日が出ると同時に起こされ、ランニングとストレッチの後に発声練習。休憩後に歌とダンスの練習。声を出す用の呼吸法に客に魅せるための足運び。夜が更けて、就寝。そのルーチンを繰り返す。
「『超アイドル戦線 ~心技体』にエントリーするわ」
そして音楽ギルドに向かい、アタシは受付にそう言った。5日前の事を覚えていたのか、その受付さんは少し心配そうな顔をして、申し訳なさそうに口を開く。
「予選審査はまだ猶予期間内ですが……思い出でお受けするのはお勧めしませんよ。審査員は結構辛口評価ですので」
「大丈夫大丈夫。この子の方がよっぽど辛口だから。むしろ毒舌? 一緒一緒」
音楽ギルドに同行したアイドルさんが受付さんにそう言った。誰が毒舌よ。アタシは素直なだけだもん。
「アミーさんも止めましょうよ。ノエルさんにさんざん評価されて心折れた人は多いんですから。あの人絶対エスはいってますよ」
「エスとは何の略語ですか?」
「ひぃ!? の、ノエルさん! 何時からそこにいたんですか!?」
受付さんは、いつの間にか背後に立っていたメガネをかけた女性に驚いていた。多分この人が辛口審査員なんだろう。
「魔王を倒した子供がアイドル界に殴りこむと聞いてやってきたのよ。最初の音楽クエストを失敗する素人が来る場所じゃないのにね」
言ってメガネをくいっとあげる辛口さん。
「そんな昔の話は忘れたわね。そんな噂を理由にアタシのエントリーを拒否するのがアイドル界なのかしら?」
「昔って一週間も経ってないじゃん」
「うっさいわね」
ツッコんでくるアイドルさんに一言返しながら、辛口メガネを睨む。
「いいえ。恥をさらす前に帰った方がいいと忠告しに来たのよ。聞けば皇帝<フルムーン>から逃げかえり、レベルも1になったとか。ここで失敗したら過去の栄光というメッキも剝がれるわ」
アタシがレベル奪われたのはもう噂になっているのね。結構情報回るの早いなぁ。まあ、隠すつもりもないんだけど。
「そうね、恥をさらさないようにした方がいいわよ。期待の新星を曇ったメガネで見て拒否したとか、一生ものの恥だしね」
「いい度胸ね。そのセリフがただのハッタリじゃないことを期待しているわ。
言うまでもありませんが、審査は公平に行います。魔王を倒した功績も、今ここで行った口論も関係ありません。ただあなたのアイドルとしての素質だけを見るわ。来なさい」
言って踵を返すメガネさん。扉を開け、中に入るように促してくる。
「ふん。アタシの実力を知って驚くといいわ」
「侮るな、アサギリ・トーカ。彼女はこのムジーク音楽ギルド長。すなわち『
「でたわねストーカー」
胸を張るアタシに背後から語り掛けてくる鬼ドクロ。なんか気が付いたらギルドの壁に背を預けて立っていた。
「っていうかアンタが言うと、何でもかんでもウソっぽく聞こえるんだけど」
「でもでも、後方彼氏ツラくんの話は本当だよ。昔、131769体のエンジェルナイトが街に来て大合唱したんだって。その後でギルドを作ってアイドル戦線をはじめたとか。すごいすごい」
「冗談でもあれを彼氏とか言うのやめて。あと何なのよ、その中途半端な数は」
「やんやん。後方彼氏はファンの名称だから邪険にするのはやめた方がいいよ。その時の戦いが歌になって残ってて、そこに131769体ってのがあるの。聞く聞く?」
「聞かない」
アイドルさんの問いを手を振って断る。とりあえずあのメガネが元アイドルで今のギルド長で審査員なのは間違いないようだ。アタシは改めて扉を開けて待っているメガネさんの方を見る。
「衣装とかはまだできてないけど、このままでいいかしら?」
「ええ。むしろ見た目で誤魔化そうとする人は容赦なく失格させます」
「上等。そんじゃ、しっかり審査してもらいましょうか」
アタシは堂々と扉をくぐり、その先に待っている審査員たち目を向けた。
その中心にメガネさんが座る。それだけで空気がびりびりしてきた。アタシを見る目が見定める目に変わる。外のやり取りは聞こえていたのか、一挙手一投足を見逃すまいという鋭い目。
「では審査を開始します。先ずは自己紹介から」
さあ、訓練の成果を見せてやるわ。
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