7:メスガキは神に頼み込む
「てなわけでそんな空間作って、かみちゃま」
これまでの経緯を説明した後、アタシはそう言ってかみちゃまにお願いした。
場所はアタシと聖女ちゃんが止まってる宿屋。なんとか寺院でヒーリング活動を行っていた聖女ちゃんがかみちゃまを抱いて帰ってくると、早速その話をしたのだ。
「それでお二人がここにいるんですね」
聖女ちゃんの視線は鬼ドクロとアイドルさんに向けられていた。帰ってきたらドクロヘルムな呪い装備戦士と、実は男の妖精ドレス着たアイドルがいるのだから、まあ驚くわよね。一応知り合いだけど。
「トーカさんがトラブルを起こすのは仕方ありませんが、せめて初日ぐらいは二人でゆっくりしたかったのに……。別に構いませんが、ええ、構わないんですけど」
「ごめんごめん。アミーちゃんも明日でいいって言ったんだけどね。ごめんごめん!」
「百合の間に挟まる男は死すべし。それは我も心得ている。我は壁、そして空気となって二輪の花を見守ろう」
何やら聖女ちゃんが『幸せな気持ちを砕かれた』的に頬を膨らませ、アイドルさんと鬼ドクロさんが申し訳なさそうに謝ってるんだけど、何のことよ? ま、いいや。今はかみちゃまへの問いかけだ。
「で、どうなのかみちゃま?」
「たちかに時間の流れが異なる空間を形成することは可能でち」
「おお、さすがかみちゃま。便利便利。持っててよかったわ」
「神をお便利アイテムあちゅかいなのはどうかと思うんでちが」
呆れるような半眼でアタシを見るかみちゃま。
「いーじゃないのよ。他人はうまく利用して……協力し合って生きていくものなんだから」
「さりげなく本音が聞こえまちたが」
「トーカさんがすみません。決して悪人ではないんです」
何故か謝る聖女ちゃん。でもアタシが悪人じゃないのは事実だし。
「ただあたちの神力が足りないので、大規模なデミナルト空間は作れまちぇん」
「前も聞いたことあるけど、でみなると? って何なの?」
「あたちたち6子がお母様が作った世界の隙間に形成できるスペースでち。
世界は様々な波長がありまちゅ。光、音、空気の流れといった物理的なものから、各星の位置、大規模魔術による魔力の流動、エレメントドラゴンからの自然影響と言った魔術的な波。ちょの様々な規則性のない波長同士の差異に力を注ぎ込んで――」
「ごめん、わかんない。とりあえずすごい空間なのはわかった」
興味本位で聞いてみたら、頭がパンクしそうになったので止めた。
「規則的な法則ではなく、乱数の間に作るのですか?」
「あい。規則性を持たせれば同じ力を持つ存在に看破されて突破されまちゅ。それを防ぐ目的もありまちゅね」
「なるほど。私達の世界で言うランダムパスワード生成の考え方ですね。関数や漸化式で定義できないからこその強固性があるわけですか」
「だからなんでアンタもそれで理解できるのよ」
かみちゃまを抱きながら問いかける聖女ちゃん。このままわけわかんない数学の話が始まりそうなので、ツッコんで止める。っていうか、何とか空間の理屈はどうでもいい。
「時間経過のずれを作るのに力を注いで、750分の1。魂をそこに転送し、その記録を戻ちまちゅ。
魂転送タイプなので肉体成長とかは無理でちが、プライミングの習得は理論上可能でちゅ。転送時に時空認知障害を起こさないようにちまちゅが、覚醒に半日は――」
「ごめん、解説お願い」
専門用語が多いので、聖女ちゃんに丸投げするアタシ。
「こちらの時間で1日経っている間に、デミナルト空間内で750日……約2年経過していることになります。夢を見るような感じなので、体を鍛えたりはできません。睡眠学習のようなもので、寝ている間に条件反射などの無自覚行動を覚えることができます。
魂を転送……というのは肉体は仮死状態になるかんじですね。肉体の無事は保証できるのでしょうか? ともあれ夢を見るような感覚だと思います。
あとはその空間に戻るときに時差ぼけのような気怠さがあると思うので、半日は休む必要がある……でいいですよね?」
「あい。そんな感じでち。肉体の無事は保証ちまちゅ。
今のあたちだとそれが限界でち」
聖女ちゃんの説明にうなずくかみちゃま。何度も思うけど、よくわかるわよね、この子。
「って、アタシが魔王と戦った時は肉体ダメージあったじゃない。あれも何とか空間なんでしょ?」
「時間と力を籠めればそういう空間も作れるんでち。あれは時間間隔はそのままで、世界との隔離に力を注いだ形でちゅね。アンジェラの創造力は優れてまちゅから」
「ふーん。あの厨二悪魔、そういうのはすごいんだ」
とりあえず作った神とか悪魔が色々決めれる空間なんだ、っていう認識でいいみたい。
「む、じゃあ腹筋とかは鍛えられないのか。動作を覚えさせたりするのに専念したほうがいいかな? 発声練習みたいな『声の出し方』はいけそうなの?」
「動作を体に染み込ませることは問題ないでち。非陳述記憶は残りまちゅが、陳述記憶は残りまちぇん」
「空間内での訓練は体に染みつきますが、そこで見たり聞いたりした記憶は残らないという事です。気が付いたら二年間の経験だけが体に残っているということですね」
「あい。今のあたちでは陳述記憶まで残すだけの空間を作るのは無理でち」
「という事はとにかく反復経験させて、戻ってきてから腹筋と発声練習だね」
何とか空間の説明を受けて、アイドルさんはかみちゃまと相談する。聖女ちゃんの解説を挟み、具体的なスケジュールを決めていく。うぇ、腹筋鍛えさせられるのはやだなぁ。
「ま、体に動作を染み込ませればどうにかなるか。
よしよし、アミーちゃんの超訓練、いっちゃうぞー。ハードハード!」
頭の中でやる事を決めたのか、アイドルモードになるアイドルさん。
「では我は新人アイドルをサポートするプロデューサーとなろう」
「……よくわからないけど、プロデュースっていろんな人に交渉したりすると思うけど、アンタその格好でするの? って言うか人と話できるの?」
「ふ、闇に生きる者は光に関るなという事か。影として幼き光を見守ろう」
鬼ドクロが何かたわけた事……こいつはたわけたことしか言わないんだけど……とにかく戯言を言ったのでツッコんだら、素直に引っ込んだ。多分格好よりも交渉部分で諦めた。陰キャだし。
「デミナルト空間の存在すら知らないのに、神と悪魔が時間と空間に干渉できることを知っていたのは驚きでちゅね。ちかも時間の差異を訓練に利用ちゅるとはものちゅごい発想でち。
そしてかみちゃまはそんな鬼ドクロを少し警戒するような視線を向けていた。最後の評価以外、いろいろ勘違いしている。他の神も含めて。
「この世の理は不動にして不変。されど人の歩みはいずれ重力の枷を超えて
虚ろなる瞳で見ればわかることもある。もっとも、理解されぬ法則は素直に受け入れられぬが世の常。喧伝はせぬ」
かみちゃまの言葉に、また適当な事を言って返す鬼ドクロ。含蓄あるようなこと言っている風に見えるけど、たぶん何処かのラノベとかから拾ってきたセリフだ。このドクロは技術者っぽいわけでもないし。
「で、結局アタシはどうしたらいいの?」
「ベッドに寝てくれたら、処置は全部あたちがやりまちゅ。転送対象はそこのお二人でよろちいでちか?」
「ういうい。そんじゃ。みっちり二年間基礎を叩き込んでくるから。よろしよろし?」
「現実世界だと一日でちゅけどね。しかも体感的には一瞬になりまちゅ。二年間の体験は認識できない部分にちか残りまちぇん」
かみちゃまの導きのままに、アタシとアイドルさんはそれぞれ別のベッドに横になる。かみちゃまの何とか空間の影響なのか、すぐに睡魔が襲ってくる。
「……ん」
聖女ちゃんの声が聞こえる。首だけ横を向けると、聖女ちゃんがベッドにもぐりこんできた。狭いベッドなので、自然と寄り添うような形になる。すぐ横にいるのか、吐息さえも耳に届く体制だ。
「何してるのよ、アンタ」
「アミーさんにベッド使われたんですから、私はここで寝るしかないんですよ」
そう言えば、二人部屋だった。アイドルさんがベット使ってるんだから、確かにベットは他にはない。床かソファーで寝るぐらいだ。
「二年間。ええ、記憶に残らないけど二年間アミーさんと一緒とか。別に気にしてはいませんけど」
「何怒ってるのよ?」
「怒ってません。ちょっとモヤモヤするだけです。
勝手に決めたんですから、これぐらいは許してもらいます」
言いながらアタシの服をぎゅっと握る聖女ちゃん。まどろんで脳みそがよく回ってないけど、なんとなく手を動かして聖女ちゃんの手を握った。ちょっと温かい手がさらに睡魔を加速する。
「……ずるいです。そんなことされたらもう何も言えないじゃないですか」
「そうよ、アタシはズルくて勝手なの。そんじゃ、また明日ね」
拗ねるような聖女ちゃんの言葉に、そう返すのが限界だった。回転するようにまどろみの沼に落ちていく。
「はい。おやすみなさい」
そんな聖女ちゃんの声を聴きながら、アタシは眠るように意識を手放した。
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