6:メスガキはアイドルと交渉する

「や・だ」


 アタシの言葉にアイドルさんは笑顔でそう言った。


「いーじゃん。か弱いアタシの為に『ティンクルスター』を譲ってくれてもさぁ。アタシとアンタの仲じゃないの」


 話の内容は『アイドル戦線の優勝賞品をアタシに譲って。レベルアップしたら何かお返しするから』というものだ。


 場所を音楽ギルドの個室に移して、アタシとアイドルさんは交渉していた。アタシとアイドルさんは4人用の小さなテーブルに向かい合わせに座って話し合っている。あとなぜか鬼ドクロが壁にもたれかかるように立っていた。座ればいいのに。


「なんなら期間決めてもいいから。一か月、一か月だけでいいから!」

「一か月だろうが一週間だろうが一日だろうが一秒だろうが。やだ」

「じゃあ一年」

「増えてるじゃん。だめだから」


 にべもなく断られる。いつものアイドル媚び媚び口調ではなく、素で断られている。


「なんでよー。ちょっとくらいいいでしょ。そりゃレベル高いとなかなかレベル上がらないから大変だろうけど。

 アタシが可哀そうとか思わないの」


 アイドルさんにはアタシの事情を話している。皇帝のレベルドレイン、アタシの今のレベル、そして手詰まりな状況を。なのにこの野郎……男として見てるつもりだけど、やっぱり女性に見えるアイドルさんは拒否するのだ。


「可哀そう可哀そう。同情はするし援助はしてあげたいと思うけど、優勝賞品は譲れないよ。無理無理」


 あ、口調が戻った。余裕を取り戻したのね。


「だってだって、優勝賞品はアイドル戦線を勝ち抜いた証だもん。争った皆の想いが詰まった品だから、誰かに渡すわけにはいかないの。その想いと共に戦うのが、アイドルだからね。そういうことそういうこと!」

「黙ってれば分からないわよ」

「ぷんぷん、そういう事じゃないんだよ。お子ちゃまには分からないかな。大きくなれ大きくなれー」


 頭に触れるか触れないかの場所でなでなでするように手を動かすアイドルさん。ムカッとするけど、一応お願いする立場だ。怒りをこらえて言葉を重ねる。


「あのアホ皇帝をどうにかしないといけないのよ。あんなのがいるとアンタだって誰かを笑顔にできないんでしょ。それを止めるためだと思って我慢しなさいよ」

「うんうん。アミーちゃんも皇帝<フルムーン>の話は聞いてるし、皆の顔が曇ってるのは知ってるよ。きっとキミならそれを止められるかもってことも。希望は大事大事!

 でもでも、それとこれとは話が別だよ。想いが詰まった賞品を軽々に渡すわけにはいかないの。人の想いを無下にしないのは、アイドルとして譲れない一線なんだよ。だよだよ!」


 ちぃ、普通の説得じゃ無理ね。じゃあ奥の手を使うしかないわ。


「――ばらすから」

「は?」

「アイドル戦線最中に客席でアンタの本名大声で叫んでばらすから。男の娘アイドルアミーの本名、大声で叫んでやるから」

「待て待て待てぃ!」


 あ、また素に戻った。余裕を失ったみたいね。


 以前聞いたアイドルさんの本名。性別は公開してるのに本名バレは嫌だという。よくわからない理屈だけど、まあとにかく使えるものは何でも使う。これがアタシよ。


「それは反則だろ!? キミのこと信じて名乗ったのに!」

「別にアタシはどっちでもいいのよ。選ばせてあげるわ」

「ぐぬぬぬぬぅ……!」


 こぶしを握って葛藤するアイドルさん。そんなにヤなんだ。ちょっとした駆け引きに使えるかなっていう感じだったけど、ここまで急所だったとは。


「やっぱりダメ! アミーちゃんは皆の想いを裏切れない!」


 結構な時間葛藤して、大声で叫ぶアイドルさん。そのまま机に突っ伏した。


「……分ったわよ、バラすのは冗談。そこまで嫌だとは思わなかったわ」

「ホント!?」

「でもそれぐらい困ってるのは理解してちょうだい。正直、なりふり構ってる余裕はないのよ」


 あまりの態度に本名バレを引っ込めるアタシ。アタシにも良心はある――わけではない。キッツイ条件を出して引っ込め、妥協できそうな案を出す。そんな交渉術ね。基本基本。


 ――決してアイドルさんの本名思い出せないとか、そういうわけではなく。月……何とかあみさん? うん、覚えてる覚えてる。


「あのあの、レベルアップの手伝いぐらいならするけど。アミーちゃん回避高いよ。壁できるよ。どうよどうよ?」

「無理。レベル1だと横沸きされて魔法打たれたら即死亡よ。それで済むならそっちお願いしてるわ。最低でもスキルポイントを稼がないと」

「でもでも、それだと『ティンクルスター』手に入れても無意味じゃない? 経験点稼ぐためにモンスター倒せないんだし。じゃないじゃない?」

「そうなのよねー。……ああ、もう手づまり」


 今度はアタシがテーブルに突っ伏す番だった。経験点は稼げない。スキルポイントも稼げない。どうしようもないとはまさにこのことだ。


「でもレアアイテムは欲しいの」

「ふ、悲しきは強欲。力を求めるは人の業。その業ゆえに人は破滅するのだ。そう、ガチャとはまさに魔窟。確率に踊らされる愚者と知りながら、それでもそこに希望を見出してしまうのだ」


 アタシの心からの叫びに、鼻を鳴らすように答える鬼ドクロ。うっさい黙れ。お前のガチャ体験なんてどうでもいいの。


「ねえねえ、あの後方彼氏ツラしたドクロ、誰? 知り合い知り合い?」

「ストーカーよ」


 アイドルさんの問いかけに、アタシは机に突っ伏したまま気だるげに答える。


闇狩人ダークストーカートバリ……。我を呼ぶならそう呼ぶがいい。妖精に愛されし光の子よ。その光、我にはまぶしすぎる。孤独な闇は静かに黙するとしよう」

「ねえねえ、あの人何言ってるの? 日本語喋れないとか? とかとか?」

「人見知りの陰キャだからアンタの陽キャが耐えられないんで、あまり話振らないでねって言ってるのよ」


 鬼ドクロの事を指さし、再度問いかけてくるアイドルさん。あの意味不明な会話もなんとなく理解できるようになってきた。正直、どうでもいい。


「ええええ……。キミ、変態に好かれすぎない?」

「アタシが悪いわけじゃないもん」

「あー……。あー。あー……あのさあのさ。そんなに欲しいならアイドル戦線にでたらどう? キミ、素材はいいしいいところまで行けるんじゃない? 魔王倒して人気もあるし。どうどう?」


 鬼ドクロの事を追及するかどうか迷ったアイドルさんは、これ以上は無意味と悟ったのか話を変えてきた。アタシもこれ以上あのドクロの事聞かれてもまともに答えられそうにないので、正解。


「アタシがかわいくていい子なのは当然だけど、歌ったり踊ったりできないとダメなんでしょ? さっきシロウトはお断りって言われたし」

「そっかそっか。じゃあ訓練する? アミーちゃんがレッスンしてあげようか? 歌も踊りも教えるよ。するする?」


 …………む、それは。


 冷静に考えれば、歌とか踊りとか楽器の基礎が足りないからクエストでスキルポイントがもらえなかったのである。逆に言えば、基礎さえあればクエスト成功でスキルポイントはもらえるわけで。


 ついでにアイドルになってレアアイテムゲット。そして怒涛のレベルアップ。あ、これいけるんじゃね?


「悪くないわね。むしろ最適解かもしれないわ」

「おけおけ! 二年ぐらいレッスンすれば形になるから、そこから方向性を決める感じかな」

「二年てなによ、時間かかりすぎ。そのアイドル何とかに間に合わないじゃない。もう少しインスタントにできないの、その訓練」

「アイドル舐めんな、クソガキ」


 うわ、素で怒って返された。


「でも二年は時間かかりすぎよ。悠長にしていたらあのアホ皇帝が世界征服しかねないじゃない」

「常道で届かぬなら鬼道を用いるのみ。天高き神殿に住む神が作りし白き空間。精神や時を支配する部屋があれば、短き時間での鍛練も可能であろう」

「なによそれ? そんな都合のいい空間があるわけないじゃん。だいたい神とか――」


 鬼ドクロの戯言を吐き捨てるように手を振り……。


「いるじゃん。神様」


 アタシは聖女ちゃんに抱かれている赤ん坊のことを思い出した。

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