5:メスガキはアイドル戦線の事を調べる
『超アイドル戦線 ~心技体!』
<フルムーンケイオス>にもあったこの大会だけど、厳密には<フルムーンケイオス>のイベントではない。ゲーム内であった大会なんだけど、運営ではなくユーザーが取り仕切っている大会だ。その時の名前は『アイドル戦線』なんだけど。超とか心技体とか何それ?
<フルムーンケイオス>はアイテムの楽器などを駆使すれば、それなりの歌を奏でることができる。アイテム使用の音やアビリティの発生音やエフェクトなどをまぜこぜして、コンサートのようなことをするキャラはそれなりにいた。
で、そうい言ったキャラが集まってやった一大コンサートが『アイドル戦線』ね。最初はただの合奏会だったけど、いろいろな人が絡んで優勝者を決めるほどになった。優勝者にレアアイテムを渡すのもその一環だ。
運営も大会の事は知っていて、ゲームの活性化になるなら構わないというコメントを出していた。不正などあれば禁止しただろうけど、特にゲーム内の規定には反していないなら止める理由はない。そんなコメントだった。
「希望を他者に託す。それが人の心。自らが希望を見出す存在になるスターは稀。
しかしアサギリ・トーカ。貴殿なら可能であろう。魔王<ケイオス>を廃し、皇帝<フルムーン>に一矢報いたその勇気は天高く輝く星となるだろう」
どちらかというと景品の『ティンクルスター』に目が行っていたアタシに向けて、鬼ドクロがそう言い放つ。なんかあたしがアイドルになりたがってるような勘違いしてるわね。
「しかしその道は遠い。天高く浮かぶ星を掴める者は一握り。そのためには多くの困難を乗り越えなければならぬ。当人の才能と努力だけでは、届かぬからこそ星は輝かしいのだ。
具体的には優秀なP。その者を深く理解し、そして敏腕ともいえるサポート能力を持ち、アイドル系ゲームの様々なイベントを知る経験者が」
「ゲームかよ」
とりあえず突っ込んでおくアタシ。よくわからないけど、自分アピールしているのはわかる。
「ゲームを侮ることなかれ。敵を知り己を知れば百戦
どーせゲームの知識じゃんと言いかけて、今まで自分がゲーム知識でいろいろ乗り越えてきたことを思い出して言葉を飲み込んだ。やっべ、自己否定しかけたわ。
「貴様は知るまい。最愛のパートナーに出会うまで、様々な存在を贄にする覚悟を。食費を、生活費を、家賃を削る覚悟を。約束された勝利などない。しかしわずかな確率にかけて歩むその覚悟を」
……よくわからないけど、ガチャとかそういうの? 時々SNSでそういうのが流れてくるけど、アタシ子供だからわからなーい。
よくわからない熱意の鬼ドクロを無視して、アタシはポスターを再度読み直す。募集は大会直前まで受け付けており、参加資格はない。素人が参加してもいいけど選考試験があるみたい。
「ガチャとかはともかく、百戦ナントカカントカかは確かね。何をするにしても、どんだけの大会か調べてからよ」
<フルムーンケイオス>の時は参加者50人ぐらいで、ネット投票で優勝者を決めていた。それと同じとは思えないけど、傾向は似たようなものだろう。
「然り。我が真意を得るとは流石と褒めておこう。勝利には程遠いが、今はその動きを見守ろう。埋伏するも時には有用」
「……えーと、要するに?」
「何者にも囚われぬからこそ汝は輝く。傲慢という毒を飲みほせる我の価値を認めるまでは、死と共に汝に付き添おう」
「相変わらずよくわかないけど、ストーカーじゃなく堂々とついてくるってことね」
「くっくっく。死が傍にあることに気づき怖れるか。恐怖するならあえて身を隠そう。しかし叱らな逃れられぬことは常識。その事を忘れるな」
『イヤなら離れておくけど、ストーカーはする』ということ? もうどうでもいいわ。むしろ隠れて見られる方が怖いし。好きにして。
『超アイドル戦線 ~心技体!』の参加受付はムジーク音楽ギルドだった。三連続失敗を思い出して少し足が止まったけど、気にしたら負けとばかりにギルドの扉を開けた。何人かがアタシに注目したけど、すぐに視線を戻す。
ついさっきアタシに対応してくれた受付さんに話しかける。アタシの顔を覚えていたのか一瞬表情が驚きに変わるが、すぐにお仕事モードに戻る。
「ちょっとこの大会の事で聞きたいことがあるんだけど」
「はい。『超アイドル戦線 ~心技体!』ですね。なんでしょうか?」
「優勝賞品の『ティンクルスター』ってマジ? あれって『スパイラルラダー』に出るアルデバランから出るレアアイテムでしょ?」
スパイラルラダー。螺旋階段状の上に登っていくダンジョンよ。星座を模した敵が出てきて、アルデバランは牛系のボスモンスター。まあまあ強いわ。
「そうですね。間違いありません。魔王が倒れて平和になったという事で商品も奮発したようです。
もっとも、その後すぐに皇帝<フルムーン>が出てきて、大変になったんですが」
「全部アホ皇子が悪いわ。ところであたし、その魔王を倒した遊び人なんだけど」
「ああ、本当ですね! サインもらっていいですか!?」
ステータスの名前を見せると、喜ぶように手を叩く受付さん。あ、この流れはもしかしていけるかも?
「サインあげてもいいけど、アタシも欲しいものあるの。『ティンクルスター』っていうんだけど」
「そうですか。大会頑張ってくださいね」
アタシの要求を笑顔で返す。なかなかやるわね、この子。
「さっき言ってたでしょ。皇帝<フルムーン>が出て大変になったって。それ倒してあげるから『ティンクルスター』ちょうだい。
魔王倒したアタシなんだから、信用はあるでしょ?」
「アサギリさんの活躍は信用していますけど、それはそれです。大会の方針をたがえるわけにはいきません」
鉄壁の笑顔。かけらも譲る気はないらしい。クレーム慣れしてるわねぇ。せめて動揺して大会の長を呼ぶとかしてくれれば、そこからアタシの怒涛の交渉術でアレコレしてどうにかできたのに。
「ちぇー。じゃあ大会だけど具体的にはどんな事するの?」
アタシは気持ちを切り替えて、本題に入る。<フルムーンケイオス>だと、全員で歌を歌って、複数の動画サイトで流してコメントでウェブ投票だった。だけどこの世界でそれをするのは無理だろう。
「アイドルに求められる心技体を計ります」
「……なんか、急に武術大会っぽくなってない? って言うかアイドルに心技体とかいるの?」
「え? 戦えないアイドルに希望を託す頃はできませんよ」
「アイドルって歌って踊ってチヤホヤされればいいんじゃないの?」
アタシの中のアイドル像を否定される。いや待って、アイドルって戦わないといけないの?
「くっくっく。世の道理を知らぬ子供よ。乙女の可憐さの中に光り輝く強さに惹かれる。か細く、しかし鋭い日本刀のような美と強さ。それこそがアイドルよ」
「はい。魔物あふれるご時世ですので、皆様を安心させるために戦うこともアイドルの資格となります」
「ファンタジー世界のアイドルって大変なのね……」
ドルオタ鬼ドクロのたわごとはともかく、大会受付の言葉はある程度納得がいった。平和な時のアイドルはあまり役に立たないという事ね。
「具体的には、パフォーマンス部分とトーナメント戦になります。パフォーマンス部門では持ち歌とパフォーマンスを競い合います。その審査を突破した32グループがトーナメント形式で戦ってもらい、優勝者を決めます」
思ってたよりもハードすぎない? まだウェブ投票の方が勝ち目あったかも知れないんだけど。かなり薄い確率だけど、ズルすればワンチャン。
「……その、先ほどのクエストの結果を鑑みると、アサギリさんでは選考試験突破も難しいと思います。選考試験は歌唱力などのアイドルとしての自己アピールです。ある程度の実力を持つ人でないと大会参加もできません」
「そーね。ちょっと考えさせてもらうわ」
しかし『ティンクルスター』をあきらめるのは悩ましい。優勝者と交渉して譲ってもらうのが現実的ね。お金とかないから、信頼の空手形って勝ちになるだろうけど。とりあえず優勝しそうな
「はろはろー! 久しぶりのムジーク音楽ギルドだね! 皆のアイドルアミーちゃんの登場だよ! みんな元気元気?」
そんなことを考えていたアタシの耳に、テンション高めな声が聞こえてきた。四元素の火属性を盛り込んだヒラヒラドレスを着たアイドルっぽい声が。
「何という光……! 闇を極めた我であっても惹かれるほど。あれが妖精に愛されしアイドル、アミーか」
「あらあら? 珍しい人はっけーん! 何してるの何してるの?」
アイドルさん――『妖精衣』というレアジョブ持ちの男の娘アイドル『アミー』はアタシを発見したのか、底抜けの明るい笑顔で近づいてきた。
「カモ、みーつけた」
アタシは自分でもわかるぐらいに邪悪な笑顔を浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます