4:メスガキは途方に暮れる

「んー。いい天気」


 アタシは公園のベンチで口の中でもらった飴を転がしながら、ムジークの空を見ていた。抜けるような青空は心を穏やかにする。


 音楽ギルドで三連続失敗判定を食らい、アタシはどうしようか考えていた。予定では三つのクエストで得たスキルポイントを使って一気にジョブレベルアップ。【ドレス装備】をゲットして闇系ゴシックドレスの『黒蝶セレナーデ』を購入し、アンデッド系魔物からノーダメージになって罵って遊ぶ……レベルアップするはずだった。


「どうしよう? 他にスキルポイントを得られる方法ってあったっけ?」


<フルムーンケイオス>においてスキルポイントを得る方法は、2つ。レベルを上げるかトロフィーを得るかだ。そのうちレベルアップは現状絶望的。なのでクエストをこなせばもらえるトロフィーゲットの作戦だったのだが、見事の失敗。


 他にもクエストはある。どこかのロリショタな危ないおねーさんはテーラーなクエストを何度もこなしてジョブとレベルを上げていた。だけど、


「この流れだと、生産系クエストも似たような感じになるでしょうね」


 歌が素人だから失敗したのだ。生産系も同じように品質を問われるだろう。少なくとも針とか触ったことのないアタシがどうにかできるとは思えない。


 戦闘系クエストは言うまでもなくアウト。それができるぐらいなら、こんなことにはなっていないのだ。山賊みたいに【微笑み返し】等でハメ殺せる相手がいるなら街でボーっとしていないし。


 つまり、手詰まり。ざんねん! アタシのぼうけんはこれでおわってしまった!


「初期レベルの救済法がないとかクソゲーじゃん。全部あの皇帝と巨乳悪魔が悪い!」


 脳内でアホ皇子と巨乳悪魔を踏んで気を晴らし、とりあえずどうしようかを考える。どうするもこうするも、アタシ一人じゃ何もできないことは証明されたのだから聖女ちゃんの元に戻るしかないんだけど。


「あれだけ言って『失敗しちゃった。てへぺろ』っていうのもしゃくなのよね」


 そんなこと言ったら聖女ちゃんに『これだからトーカさんは』ってこんこん説教されるか、『仕方ないですねぇ。そういう事もありますよ』って言って慰めてくれるか。どっちもヤダ。


 とはいえ、策がないのは事実である。いろいろ諦めて宿に向かおうかと立ち上がると、目の前に壁があった。


「ふ、アサギリ・トーカ。一部始終を見させてもらったぞ」


 上から声がした。よくよく見たら壁と思ってたのは人の体で、上を見上げるとドクロのフルフェイスマスクがあった。


 鬼ドクロ。


 全身ドクロっぽい呪いの装備を身に着け、呪われた日本刀を使って戦う『夜使い』と呼ばれる戦士。呪いの数だけ強くなる特殊なアビリティを有し、相手を即死させることに特化した死神キャラ。あるいは闇系痛いキャラ。


「つまらぬ石に躓き、途方に暮れるか。しかし失敗も経験。その苦みこそが人を成長させる起爆となるのだ。まだ幼き汝には苦すぎたか?」


 何が痛いかって、なんか含蓄あるようなことを言ってるように見えるけど適当にそれっぽいことをしゃべってるに過ぎないのだ。このセリフも『(訳:失敗してたところ見たよ。辛くなかった?)』という感じなのだ。


 ……と考えると、さっきの一部始終を見ていた云々も『(訳:こっそり影から見てました』という意味である。もしかして、ストーカー? アタシはこっそり距離を取った。


「死を恐れ、距離を置くのは正しき反応。その慎重こそが汝の最大の武器。

 故に疑問よ。皇帝に挑んだのは汝らしからぬ行動だった。慢心したか、小娘」


 これも多分『(訳:あ、近づきすぎた? ごめんなさい。あと、皇帝に挑むとか無茶しすぎ。何かあったの?)』ぐらいである。決して悪人ではないんだけど、めんどくさいし気持ち悪い。普通に喋れ。


「うるさいわね。あの時はいろいろあったのよ。っていうかなんでアンタがここにいるのよ。音楽とか街中とか陰キャには辛くないの?」

「光ある所の闇あり。光がいかに輝こうとも、闇を消すことは叶わない。強き心が我を奮い立たせたのだ」


 ……多分、陰キャでボッチだけど我慢してるんだよ、って言いたいの?


「我がここにいる理由。それを語るには時が早い。しかしすぐに知ることになるだろう。しばし後に音の街で起きる光の祭典に」

「……えーと? ごめん、わかんない」

「一に拘るな。全を見よ。多角的に周囲を見渡すことにより、新たな形を得ることができるだろう。訪れる戦線の始まりをその目で捉えるのだ」

「だから全然わかんないってーの!」


 叫んで鬼ドクロの会話を打ち切り、宿に帰ろうとする。その目端に鮮やかな看板が目に移った。この町に入って何度も見ているヤツだ。いつもはスルーするところだけど、そこに『戦線』という文字を見て足を止めた。


『超アイドル戦線 ~心技体!


 音楽の街ムジークで行われる最強アイドルを決める熱い戦い!

 歌に踊りにバトルにパフォーマンス! 全てを魅了する最強のアイドルは誰だ!』


 だいたいこんなフレーズの大会だ。アイドルって戦うんだ、へー。初見はそんなどうでもいい感想だった。今もそんなに変わらない。鬼ドクロが変な事を言わなかったら今もスルーしてたわ。


「要するに、アンタこれを見に来たの? もしかしてドルオタ?」


 首だけ鬼ドクロに向けて、ポスターを指さして言うアタシ。鬼ドクロの表情は仮面に隠れてわからないけど、鬼骨マスクが縦に動いたんで肯定したことは分かった。


「闇深き存在が光の巫女を注視するのは至極当然。人に希望を与える偶像。その行く末を見守るのが夜統べる刃よ」


 あ、ドルオタを否定しなかった。要するに陰キャだから陽キャに憧れるってことね。見守る、とか言ってたから手を出したりしないクチ? うわマジでストーカーだわ。


 時が早い、とか言ってたのもこのフェス? 戦線? その開始は数日後なのだ。音の街で始まる光の祭典。確かに間違ってないけど分かるかこんなの。


「ドルオタなんで大会を見にムジークに来て、音楽ギルドでアタシを見つけてストーカーしてたってわけ?」

「幼いながらも魔王を廃し、皇帝と切り結んだ稀代の英雄アサギリ・トーカ。その事実を知れば追うのは至極当然。汝はそれ以外も多くの事件を解決している。

 もしやこの町を乱すやも。そう判断するのは早計でもあるまいて」


 いろいろ難しいこと言ってるけど、アタシを見て追ってきたことは変わらない。アタシがこの町を乱すかもとか、そんなわけないじゃない。アタシは可愛い普通の女の子なんだから。トラブルだってあっちから首突っ込んでくるんだし。


 ホントだからね、アタシから騒動を起こしたことはないんだからね!


「はいはい、とりあえずアタシがクエスト三連続失敗して何もしない無害でかわいい女の子ってことが分かったでしょ。勝手にドルオタ活動でも何でもしてちょうだい」


 これ以上めんどくさいのと話したくない、とばかりに手を振って首を戻す。視線は何となく件の『超アイドル戦線 ~心技体!』のポスターを通り抜け――そこに書かれてあった文字を見るためにポスターを再度見た。


「アイドルの頂上に立ったものに授けられるティンクルスター! 星を掴むのはだれか! 『ティンクルスター』……!?」


 経験点習得量が2倍になる激レアアイテム! これがあればレベルアップ速度も2倍になるわ。レベルアップ効率厨垂涎アイテムじゃないの。ちょ、マジなの、これ欲しい!


「やはり汝もそこを目指すか。然り。才ある物が星を掴もうとするのは明白。しかしその道は容易ではない。望んでも届かぬからこそ、星は強く尊く輝くのだ」


 鬼ドクロがなんか適当なこと言ってるけど、気にしたら負け。今後のレベルアップを考えたら、ここでこれを手に入れない選択はないわ。


 アタシはスキルポイントの事はいったん棚上げし、新たな目標に目を輝かせた。


 ……現実逃避とか言うなし。

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