3:メスガキは音の都に来た

 船を降りたアタシ達を迎えたのは、白を基調とした建物と音楽だった。


 音楽の街ムジーク。古いけど清潔感ある建物、楽器を奏でる像があったり、芝生に音符などがあったりと音楽の街をこれでもかと表現している。楽器を奏でる人や歌う人もたくさんだ。


「予想はしていましたけど、海沿いにある以外はウィーンに似ていますね。ゴシックな建物がきれいです。シュトレイン様の神殿はシュテファン寺院に似ています」


 というのは聖女ちゃんだ。行ったことはないけどアタシ達の世界のウィーンに似ているという。何でも知ってるわよね、この子。


 アタシもウィーンの名前ぐらいは知っている。オーストリア? オーストラリア? とにかくその首都だ。


「そんじゃ宿を取って一休みしたら行動開始ね」


 ムジークで何をするかは、船旅の間で決めてある。お互い初期状態同士なので、街から出るのは無理だ。なので観光がてらにスキルポイント貯めよ。


「はい。私はシュトレイン様の神殿近くで治癒活動ですね」


 聖女ちゃんはかみちゃまを抱きながら頷いた。


 癒した人数により得られる『優しき者』『天使の癒し』『レディバード』のトロフィー。それによりスキルポイントをゲットするのがこの子の目標だ。寺院や街中を歩いてとにかく【ヒーリング】。いわゆる辻ヒールで人を癒し、その数でもらえるトロフィーを得てスキルポイントをゲットするのだ。


 聖女はソロでレベルアップするのは難しい。なのでトロフィーを使って一気に【聖魔法】もしくは【聖歌】のスキルレベルを上げ、アンデッドを【ヒーリング】で倒して一気にレベルアップが最短だ。幸いムジークから遠くない場所に幽霊屋敷なモンスタースポットもある。


「どう云う構成にするかは任せるけど、お勧めは【聖魔法】【聖言】の二極あげね。回復と攻撃と付与のスペシャリストよ」

「【聖歌】と【聖武器】はトーカさんとしては勧めないんですか?」

「そもそも聖女タンクなんてのがおかしいの。肉体派聖女とか頭おかしいんだから」


 なんかかなり多くの聖女キャラを敵に回した気がするけど、少なくとも<フルムーンケイオス>では聖女と言えば【聖魔法】【聖言】の二極が鉄板ね。


 二つに絞るのはスキルポイント不足もあるけど、アンデッドや悪魔といった特定種族にめっぽう強く、無双できて効率よく経験点も稼げるからだ。【聖魔法】6レベルで覚えられる【神の鉄槌】があれば、この辺のアンデッドをハメ殺せるわ。そこから怒涛のレベルアップね。


「アタシも音楽系クエストをいくつかこなして、スキルポイントゲットするわ。アビリティさえ覚えてしまえばあとはとんとん拍子よ」


 アタシも先ずは【笑う】と【着る】の二極あげで行く予定だ。確定クリティカルの【笑裏蔵刀】と強いドレスが着れる【ドレス装備】があればとりあえずは形になるし、そのままスキル2つを10レベルまで上げてもいい。


「しばらくは地道に活動ですね。シュトレイン様の力を溜めながら、スキルポイント? それを得る方向で」

「一か月ぐらいかけてのんびりやりましょ。それだけのお金は借りたしね」


 そういうわけで聖女ちゃんは何とか寺院に似た神殿に向かい、アタシは街の入り口近くにある音楽ギルドに行く。ギルド自体は各町にあるんだけど、ここはその大元。建物も大きく、中に入るとそれっぽい人がたむろしている。


「音楽ギルドにようこそ。初めての方ですか。でしたら説明を――」

「あ、いいわ。大体わかるし」


 チュートリアル的な説明をしようとする受付の言葉をさえぎって、アタシは近くにある年季の入った木製ボードを指さす。ステータス表記みたいなデジタルっぽいのを誰もが使える世界観なのに、こういうのが残っているのはノスタルジーっていうんだっけ?


「クエスト『初めての歌唱』『初めての楽器演奏』『初めてのダンス』をやるわ」


 音楽系クエスト三点セット。これでそれぞれスキルポイントが10もらえるのだから、楽な話ね。<フルムーンケイオス>だと音楽に合わせてボタンを押す音ゲー的な感じで、しかも判定も結構ガバガバだった。


 シンガーやダンサーの音楽系ジョブだとこの後才能を見込まれていろいろクエストが増えるんだけど、そこまでは要らない。とりあえず30ポイントあれば『初めてのお友達』『大切な友達』あたりも含めてスキル1つを6レベルまでもっていける。


「音楽経験はありますか? 初めてでしたら説明をしますけど」

「いらないいらない」


 チュートリアルを重ねる受付に手を横に振るアタシ。


「ではあちらでお願いします」


 受付が案内するのは、ギルド内にある舞台。ちょっと目立つ場所にある。そう言えばそんな場所でやるんだっけ。アタシは返事一つしてその台に立つ。


 ちらちらと注目されてるわね。ま、どうでもいいわ。アタシは流れてくる音楽に合わせて歌う。ら、ら、ららーって感じで。


 フレーズが終わり、沈黙が落ちる。これでクエストは終わり――


「声が小さいよなぁ。張りがない」


 なんか聞いてる人から残念な顔をされて、そんなことを言われた。


「リズムも微妙にずれてるし」

「基礎が全然なってないわな。まあ子供のお遊戯と思えば」

「飴食うか? 喉荒れてるぞ」


 うるさいわね。歌とかあんまり歌わないんだからしょうがないでしょ。とにかくうたったんだからクエスト終了よ。すぐにファンファーレが流れてスキルポイントがもらえるわ。


<クエスト『初めての歌唱』に失敗しました>


 …………は? 失敗?


「え、どういうこと!? 歌ったらそれでいいんじゃないの?」

「流石に今のを合格にするのは無理です。音楽ギルドの威信にも関わりますし」


 詰め寄るアタシに、申し訳なさそうな顔で応える受付さん。


「素人の枠を出ていないというのがこちらの評価です。音痴というわけでもありませんし、もう少し基礎を鍛え直してください。再挑戦はいつでもお受けします」

「え、マジで!? お手軽スキルポイントクエストじゃないの、これ!?」

「誰がそんなこと言ったんですか?」


 寝耳に水、という顔で受付が答える。少なくともこの人からすれば『音楽クエストは適当に歌っていれば合格』というのはあり得ないという感じだ。


「もしかして誰かに嘘を吹き込まれてやってきたとかでしょうか?

 少なくとも音楽ギルドとしては、奏者の品質向上と保護のために軽々に合格判定を出せないのが実情です。技術も実力もない人が音楽家を名乗り悪事を働かれれば、多くの音楽を愛する人に迷惑が掛かりますので」


 あくまで優しく丁寧に説明してくれる受付さん。周りにいる人も『まあ仕方ないよな』的な顔をしている。どこかのラノベにあるような『非常識なギルド規則で主人公イジメしてる』わけではないのはアタシにもわかる。


「え? じゃあシンガーのアビリティ覚えてから来いってこと?」

「街中での攻撃系アビリティは基本厳禁です。そうではなく、貴方の普通の歌唱力が求められます」

「まあ、こんなところで【ラウドボイス】されてもうるさいだけだけど」


 つまり、ある程度は音楽技術がないとクエスト完了とならないのである。しかもそれはスキルやアビリティとかそういうのではなく、素の歌唱力。この世界のアビリティはバステ与えたりだから、当然と言えば当然だけど。


『音楽の都と名前がついている場所で、素人の歌や演奏が受け入れられるとは思いませんけど』


 ムジーク出発前に聖女ちゃんが言ったことを思い出す。フラグ立てられてたぁ!


「他のクエストはどうなさいます? 今ならキャンセルもできますが」

「……ダメ元でやってやるわ。女は度胸!」


 あくまで事務的だけど同情の意図を含んだ受付さんの言葉に、アタシは自棄になって応える。


<クエスト『初めての楽器演奏』に失敗しました>


<クエスト『初めてのダンス』に失敗しました>


 結果は言うまでもなく、クエスト失敗。優しく同情されて、ギルドを出ることになったわ。


「…………あー。どうしよう」


 アタシのレベルアップ計画は、初手で頓挫したのであった。



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