33:メスガキは大事なモノを奪われる
「皇帝に逆らう愚かさを貴様に刻んでくれる。アサギリ・トーカァァァァ!」
叫ぶアホ皇子こと皇帝<フルムーン>。だけどおあいにく様、アタシはまともに戦う気はないのよ。情報得るだけ得て『旅の追憶』で逃げさせてもらうわ。
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名前:皇帝<フルムーン>
種族:皇帝
Lv:1
HP:1
解説:世界を統べる皇帝。血の聖杯ですべてを満たす存在。
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なんと言うか、ある意味すっきりしたステータス。レベルもHPも1というダメージさえ与えれば倒せる相手。こういうのは他のステータスが高くてダメージ通らないとかそんな感じね。
「やーん、HP1とかよわよわー。石ぶつけられたら死んじゃうんじゃない? 貧弱すぎて同情するわ。それでトーカをどうやって愚かさを刻んでくれるの?」
煽りながら、心中では冷静にパターンを推測してみる。
1。さっきも言った防御ステータスが思いっきり高いパターン。防御力とか、回避率とか、その辺りがカンストしてる。この場合、その原因を探ってそれを無効化しないといけない。
2。仲間を呼んで盾にするパターン。皇帝とか言ってたから部下が出てきて庇ってくれるとかそんなの。この場合は出てきた部下の強さで戦略が変わる。どっちにしても本人はよわよわ確定ね。
3。超攻撃特化。やられる前にやるパターン。攻撃力とかが高くてどんな相手でも一撃必殺。或いは高確率の即死攻撃。皇帝だからギロチンとかそういうのを持ってくるのかな? あれ、皇帝ってギロチンされる立場だっけ?
4。その他。例えばその辺の一般人みたいにあたり判定がない場合。悪魔的な何かによって、イベントキャラ化してるから攻撃できないとかそういうの。何それずっこい。アタシに寄越せ。
……とりあえず4はないと思う。あの陰険巨乳悪魔がわざわざ『警告』して帰ってほしいようなことを言っていた以上、アタシがここに来ることは望ましくない感じだ。ステータス攻撃が効かないアタシがやられることは、悪魔にとって利益しかないはずだし。
んでもって、さっき思いっきり蹴っ飛ばしてもダメージが入らないことを考えると1かなぁ? って推測。まあ遊び人の非アビリティ全力キックとか、あんまり当てになんないけど。HPフル状態だと辰砂の攻撃増加もたいしたことないし。
「あ、もしかして自分じゃどうにかできないから誰かにお願いするの? 『わーん、だれかぼくをたすけてー』って。もしかしてあの巨乳に泣きつく?
あはぁ。皇帝とか世界を支配するとか言ってるくせに、女の子一人どうにもできないんだ。すごーい。そんな弱さなのに世界を支配するとか言えてすごーい。面の皮だけは皇帝級ね」
2の可能性もあるので言葉で誘導してみる。あくまで挑発的な煽りであって、アタシの性格が悪いわけじゃない。ないんだったらない。アタシは戦術的に相手の動きを誘ってるだけだもん。愉しいけど。すごく愉しいけど。
「ざっこざこ。レベルもHPも1のよわよわ皇帝。遊び人の初期ステータスでも倒されちゃうぞ★」
殴りにいかないのは罠を警戒しているのと相手のスペックが不明瞭なだけであって、決して愉しんでるんじゃないからね。顔がにやけてなんかないからね。煽るたびに背筋がぞくぞくしてるとかそんなことないからね。
「言いたいことはそれだけか。遊び人」
アタシの煽りに、むしろ冷静な顔をするアホ皇子。金色の杯を掲げ、アタシの方に向けた。
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。何もできないクズ職。その弱さに絶望し、皇帝の前にひれ伏すがいい」
何かを仕掛けてくる。その気配を察して構えるアタシ。<収容魔法>内の『旅の追憶』の場所を確認し、いつでも発動できるようにしておく。相手の挙動から目を離さないようにする。遊び人はHPも低いし防御力もないけど、仮にもアタシは89レベルだ。一発ぐらいはどんな攻撃が来ても耐えられる。
「愚民よ、皇帝に血肉を貢げ。聖杯の糧となり、我が皇領の礎となれ。――『
とぷん。アホ皇子の手にしている盃から赤い水がこぼれる。
どくん。それと同時に、アタシの心臓が少し大きく跳ねた。
「何が愚民よ。アンタに愚かとか言われる筋合いはないんですけど」
何かされた。それはわかる。
でも痛くもかゆくもない。HPダメージを食らったわけでもバッドステータスを食らったわけでもな――
<条件を満たしていないので、『辰砂』は装備できません>
<条件を満たしていないので、『シノビスーツ』は装備できません>
脳内に響くメッセージ。そして手にしていた辰砂と着ていたシノビスーツが消えた。
アタシはなにも着ていないデフォルトの格好になっていた。一応言うけど、裸じゃないからね!
「ど、どういうこと!?」
見ると聖女ちゃんも聖杭シュペインと聖衣ローラを解除されている。何が起きたかよくわかっていない顔でこちらを見ている。とりあえず【早着替え】で別の服を――
「あ、れ?」
使えない。
いつもは意識するだけで使えるアビリティが使えない。そもそもどうやって使ってたんだろう、ってぐらいにすっぽり感覚が抜けている。知識として頭の中にあるのに、使うことができない。
「――どういう」
ことかを確認するためにステータスウィンドウを開いて、愕然とした。
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★アサギリ・トーカ
ジョブ:遊び人
Lv:1
HP:5/5
MP:4/4
筋力:2
耐久:1
魔力:2
抵抗:1
敏捷:2
幸運:12
★装備
なし
★ジョブスキル(スキルポイント:50)
なし
★アビリティ
なし
★トロフィー
なし
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……レベルが、1になってる。
経験点も、スキルも、アビリティも、トロフィーも、全部初期状態になっている。<収容魔法>内のアイテムも全部なくなっている!?
「どうした? ようやく格の違いに気づいたか?」
愉悦の笑みを浮かべるアホ皇子。罠に嵌めた人間が浮かべる表情だ。どう足搔いても勝てない相手を見下す目。そのステータスを見てみると、
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名前:皇帝<フルムーン>
種族:皇帝
Lv:86
HP:889
解説:世界を統べる皇帝。血の聖杯ですべてを満たす存在。
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レベルアップしてるっ!? ああああ、コイツ……!
「アタシ達の経験点パクったわね! パクリ野郎が格の違いとか言うな!」
「民が皇帝に税を納めるのは当然の事だ。命があるだけありがたいと思え」
レベルドレイン。経験値ドレイン。要するにこいつは他人が稼いだ経験点を自分の者にできるのだ。アタシがここまでやってきた苦労を盗まれたぁ!
様子見失敗だったってこと? でも不意打ちキックでもダメージ与えられなかったから様子見するしかなかったわけで、倒すには特殊な条件が――今はそれを考えてる余裕もないわ。
「逃げるわよ!」
やばいやばいやばい。何がやばいって、『旅の追憶』もなくなってる! 帰還アイテムとかその辺もないから、走って逃げるしかない。アタシの言葉に聖女ちゃんは頷――く時間さえなかった。
「きゃあ!?」
「亡命することは許さない。国外への移動は相応の税を納めてもらう。
もっとも、お前たちは支払うべき『血税』を持たぬがな」
「よーじょへのしょくしゅぷれい、はんたい!」
足元の液体が絡みつき、アタシと聖女ちゃんを拘束する。手足に赤いドロドロしたモノが絡みついて、アタシ達の動きを止めた。ぶよぶよしてぬめぬめしてやーらしいんだけど、これ!
「勝手に奪っておいてさらに支払えとか、暴君ね。クーデターされても知らないわよ」
「民にはその力はない。十分に搾り取るからな」
レベルを吸われたアタシにはその意味が理解できる。町中の人間から経験点を奪うつもりなのだ。おそらく、聖杯から流れる液体に触れている人全部から。
答えは3だったってことね。様子見なんかしないで、いきなりやっとけばよかった!
「その前に復讐の時だ、アサギリ・トーカ。貴様に受けた屈辱を返させてもらおう。この時をどれだけ待ち望んだか! 役立たずの悪魔の報告を聞くたびにどれだけ怒りを募らせたか! あの時の痛みと雪辱でどれだけ苦しんだか! その全てを、返してやる!
簡単に死ねると思うなよ! ボロボロに泣いて謝って余に屈服させた後、死ぬまで日の当たらぬ場所で惨めな生を送らせてやる! クズ職のガキが皇帝である余に逆らったらどうなるか、存分にわからせてやる!」
動けないアタシに、アホ皇子が迫る。
逃げる術は、ない――
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