30.5:星を掴む者と思考する戦士(ゴルド&ニダウィside)

 トーカとコトネが悪魔に足止めを食らっている頃――ゴルド・ヘルトリングは苦戦を強いられていた。


「ふははははは! 弱い弱い! 所詮は投げ格闘家。遠距離から攻めればいいだけの話よ! 空を飛べる私に負けはない! このままじわじわとなぶり殺してくれよう!」


 世界新生に煌めく月光虹ニューワールド・ムーンボウ――月に顔が生えた魔物は言って宙に浮かび、そこから魔法攻撃を繰り出す。降り注ぐ岩の雨がゴルドを襲う。衝撃が大事を揺らし、街を破壊していた。


「飛べぬ貴様は私に手が届かない! 地面に這いつくばる無様な人間! それが星に逆らおうなど傲慢傲慢傲慢ンンンンン! 届かぬ者に手を伸ばすなど無様ァァァァ! 知るがいい。それが運命! 運命に逆らうことなど、無意味なのだぁ!」


 相手を掴まないと投げることはできない。人間は空を飛べない。だから空を飛ぶ者を投げることはできない。


「ああ、その通りだ……。届かないモノに手を伸ばすなど、無意味なだけだ」

「勝てるはずがないんだ……。人間にできることには限界があるんだ……」

「運命に逆らう事なんて、できないんだ……」


 その事実はそれを見ている国民にも伝播していく。何もできないゴルドは自分達の象徴。空に浮かぶ魔物は星の象徴。その距離は遠く、それは人と星の差を示していた。ただの人間が、星にかなうはずがない。


「この距離から攻めている限り、貴様は私を掴むことすらできまい! 猛省せよ、愚かなる人間! 貴族とは言えど騎士とは言えど所詮は人の枠内! それが運命の星となった私に逆らおうなど、その考え自体が不遜と知れ!」

「――ぬぅ……!」


 魔法で生み出されたひときわ巨大な巨石がゴルドに叩き込まれる。鎧の防御力と持ち前の頑丈さでそれに耐えるが、それだけだ。魔物の言うとおり、反撃の手立てはない。


「貴様には何もできまい。人間には何もできまい! 勝てぬと定められたモノが何をしても無駄だ! そう、全ては決まっているのだ! 運命が、天が、星が定めた事には逆らえないのだ!」


 天に浮かび、吠える魔物。遠距離攻撃を持たないゴルドには手も足も出ない場所。そこから攻める限り、言葉通り手も足も出ない。


「確かにその距離を維持する限り、吾輩には何もできませぬ。見事見事。

 しかし――他の人が何もできないというのは否定させてもらいましょう」


 繰り返される打撃に疲弊しながら、ゴルドは毅然とした態度で言い放つ。


「吾輩は投げるだけの人間ですが、ここには弓矢を放てる人間もいる。魔法を放てる者もいる。多くの人間がいるのです。人間すべてが何もできないなどと、そう決めつけることこそ傲慢です」

「戯言を! 現に貴様以外の人間は運命の過酷さにひれ伏し、星に救いを求めている! 届かぬ星に手を伸ばすなど無意味と理解しているのだ!」

「確かに圧倒的に諦念し、首を垂れることもあるでしょう。手を伸ばすことに疲れ、地面を拳で叩くこともあるでしょう。絶望することなど、誰もが経験することです。

 それでも、人は立ち上がれます。なぜなら、人は一人ではないのだから!」


 魔物の攻撃に膝を折ることなく、手を空に掲げゴルドは叫ぶ。


「俯きつかれた時、横を向けば隣人がいる。地面を叩いて痛めた拳をそっと包み込む手がある。それだけで人はまた立ち上がれます。

 星よ、吾輩だけでは届かない星よ。人は弱い。運命の流れに翻弄されることもある。それを認めたうえで、立ち上がり前に進むのが人間なのです!」


 どうしようもない現実は存在する。運命は人類に優しい事ばかりじゃない。特別な才能を持つ人間は存在し、それによる格差はいつだって残酷で。


 だけど、それを覆すのは人だ。ジョブによる不遇を覆したアサギリ・トーカ。その叡智と行動力はゴルドの心の中で一つの指針となっている。絶望に屈することなど幾度もあった。どうしようもない壁に当たるころなど数えきれない。


 それでも、知恵を絞って打開策を考えた。人に頼り、意見を求めた。ブサイクで不格好でも、前に進もうと足搔いた。


「立て、国民! 戦えるものは戦えぬ者を守り、戦えぬ者は明日の復興のために体を休めよ! 今日生き抜くことが我らの戦い! 頼るべきは運命の救世主ではなく、皆がこれまで培った日々の技術!

 現実は辛く過酷でも、己にできることを一つずつこなすのだ! パンを焼き、物を運び、ゴミを拾い、そうしてこの国で生きていくのだ!」

「……そんな。そんな当たり前の事でいいのですか?」

「『当たり前のこと』ほど尊いものはない! 運命に定められた勇者も素晴らしいが、一人一人に人間がそれに劣ることなどない!

 同じ人間の、同じ人生なのだから!」


 運命に定められた勇者に価値はある。神を宿す聖職者にも価値はある。


 だけど他の人間に価値がないなど誰が決めたのか?


 クズ職と罵られた遊び人は魔王を倒し、あそこまで元気に輝いているというのに――!


「戯言を! どうあがいても今の貴様には何もできないことには変わりあるまい! 届かぬ距離に悲観しながら無力に絶望して地に伏せ!」

「繰り返そう、デュポン司祭。確かにそこは吾輩には届かぬ距離。だが――この国には多くの者がいるのです!」

「おおおおおおおおお!」


 ゴルドの叫び声に呼応するように、伏していた人たちが立ちあがる。立てぬまでも、叫び声をあげる人もいる。


「避難開始だ! 2ブロック先の公園に運べ!」

「今日は閉店だ! 明日は無料の炊き出しサービスしなくちゃな!」

「運べるものは運べ! 明日から忙しくなるぞ!」

「怪我が治ったら、俺も頑張るぞー!」


 動き出す民。運命の星に絶望せず、皆が今できることを一つずつこなしていく。運命に届かぬと知りながら、それでも歩くことを止めはしない。


 それがこの世界で生きていくことなのだ。過酷でも残酷でも、それが生きるということなのだ。


「弓兵、配置につきました!」

「魔法部隊、展開! 治癒チームは怪我人優先で動け!」

「重力魔法を使える者を呼べ! あの星を地面に堕とす!」

「ヘルトリング卿の援護に回れ!」


 そしてゴルドの戦いに参戦するオルスト皇国兵士達。民の誘導と並行して、遠距離攻撃できるものは空飛ぶ魔物に攻撃を仕掛けていく。恐怖はある。星には届かないという常識はある。ステータスに刻まれた圧倒的な上位の存在。それに逆らう絶望感もある。


 それでも、絶望に足を止めることはあっても――人の歩みは止まらないのだと星に示すように!


「馬鹿な……! 運命に逆らおうというのか! 特別ではない者が足搔いたところで何もできないというのに!」

「何もできない。そうだとしても足搔くのが人間なのです」


 繰り返される弓と魔法の攻撃。そして重力魔法による加重。それにより、月の魔物は少しずつ地面に近づいていく。飛行の魔力がそがれていく。


「人の努力とはすばらしいモノです。遠く届かぬ星にも、いつかは手が届くでしょう。

 デュポン司祭。貴方もまた、特別でもないただの人間。どこにでもいる、かけがえのない人間なのです」


 地面を走り、建物を駆け上がり、屋上から跳躍するゴルド。その手が世界新生に煌めく月光虹ニューワールド・ムーンボウを――掴んだ。


 手が届けば、そこからは重心を崩してその流れをコントロールするだけ。


 跳ねた魚が水面に落ちるが如く、自然に。


 運命を尊ぶ星は、多くの人の歩みにより地に堕ちた――



―――――――――――――――――――――――――――――――



 ニダウィ・ミュマイと暴食否定の世界樹アンチベルゼブブ・ユグドラシルの戦いは、ニダウィが常に押していた。


「当たれ、当たれ、当たれぇぇ!」


 繰り出す葉の刃。地面に落ちた果実魔物。木の根の触手。それらをニダウィは斧を振りはらいながら突破し、木の幹に打撃を加えていく。


 樹木の魔物の攻撃は一向に当たらず、異国の斧戦士の振るう斧は次々と命中していく。一打ごとの打撃は低いが、攻撃速度が速い。それを見ている者はその動きを追うだけで必死だった。


「何だ、あの動き……!」

「次の動きが読めない!」

「あの大きな魔物相手に一歩も引いていない……!」


 ニダウィの動きを見ている者は驚愕し、拳を握る。魔物の力により樹木の魔物が正しいと分かっていても、それに挑むニダウィの動きを貶すことはできない。正しいことを告げる世界樹を斬り倒そうとする異国の者なのに。


「ふざけるなぁ! 何故当たらない! 何故避けられる!? 私は正しい! 正しい私は勝つべきなのだ! こんな理想も何もない暴れるだけの子供なのに! 何故だぁぁぁぁ!」


 繰り返される攻撃に焦りの声をあげる樹木の魔物。神を降臨させるために絶食させ、節制ある天秤神を呼ぶ。それが人を導き、世界を平和にする。それが間違っているはずがない。なのに、それを否定するように斧は幾度も振り下ろされる。


「避けるなぁ! 暴れるだけの子供が! 正しい私に逆らうなぁ! 知識のない貴様は大人である私の言うことを聞けばいい!

 未開の地に住む野蛮人の軽率な考えが、私のような人間の理想を阻むなどあってはならないのだ!」


 ニダウィは子供だ。文明が発達していないアウタナの出身で、言っていることも世界を救うのではなく『勝てば正しい』という蛮族じみた理屈。そんなことに納得などできるはずがない。


「正しい私が勝たなければ、世界は力で支配する暴力に満ちてしまう! 正しい法律、節度ある生活! それこそが世界を正しくするのだ!

 そのために、欲の少ない人間が神を降臨させる必要がある! その邪魔をするのなら、貴様は世界の敵だぁ!」


 繰り返される樹木の攻撃。それを避けながら斧を繰り出すニダウィ。一歩踏み出す時には五歩先の展開を七つ思考し、相手の動きと周囲の状況を把握して最適解を導き出す。その答えが出た時にはまた新たな展開が脳裏に浮かんでいる。


 速度。それは純粋な動きだけではない。そもそも物理的な動きで言えば、ニダウィも魔物と大きく変わらない。仮に両者が100m走をすることができたとしても、1秒以上差が生まれるわけではない。


 ニダウィを『速い』と言わしめるのはその判断力。


 戦闘は刹那の選択の繰り返し。相手の構えから動きを予測し、その予測に見合った動きをする。スペックで押して勝てるのは、その差が圧倒的な場合のみ。


 ニダウィは迷わない。数多ある選択肢において、最適解を選ぶことに躊躇しない。その選択が誤りだとしても後悔することなく、すぐに思考を切り替える。迷わず、足を止めず、走り続ける。


「ダーが世界の敵でも、構わナイ」


 迫る木の根を回転して回避し、左手の斧を宙に放って開いた手でポーションを口にする。斧をキャッチして背骨を軸に回転し、背後から迫る果実に斧を叩き込んだ。その動きが止まるのを目で追いながら、足は円を描くように動いてその場から離脱する。


 止まらない。その足も、その手も、その思考も。流れるように展開される軽戦士の技巧。アサギリ・トーカなら『【ジャグリング】で武器入れ替えてポーション回復。【分身ステップ】【疾風怒濤】【スパイラスブレイク】【二天一流】のバフ切らさずに攻撃。パッシブの【一閃】と【風に舞う羽】が地味に効いてるわ』などとゲーム知識で評しただろう。


「ダーが守るのハ、家族と集落」


 だが、それは技巧面。そして肉体面。これまで培った戦いから得た経験値。ステータスにより得たスキルとアビリティ。それが下地にあるのは間違いない。


 ニダウィ・ミュマイの真価はそこではない。


「――そして、ダーと共に戦った仲間ダ!」


 家族、そして仲間。それを守ると決めた意志。決して揺れることのない心の芯。たとえ世界に忌み嫌われようとも、家族と仲間を守るために戦うという強い心。それが迷いを振り切り、判断を速めていた。


「その家族や仲間も世界の一部なのだぞ!」

「空腹して苦しまセルのが、正しいモノカ! 悪魔の武器を持っている時点デ、トーカとコトネの敵ダ!」

「この武器は神の武器だ! それを悪魔のモノなどと侮辱するとは、許すまじ!」


 世界樹の攻撃は止まらない。だが、そのどれもがニダウィを傷つけることができない。先読みしたつもりで放った攻撃さえ避けられる。フェイントも通じない。戦いの経験値が大違いだ。


 一方的に見える戦いだが、ニダウィはけして楽観してなどいなかった。


(足を止めレバ、その瞬間に囲まれて終ワル……!)


 魔物の展開するモノの数が多い。範囲攻撃を持たず、回避力のみが防御手段の軽戦士からすれば、多くの魔物に囲まれて攻撃されることは致命的だった。そうならないために位置取りしながら攻撃しているが、それもいつまで続くか。


 相手の体力も決して少なくない。軽戦士の攻撃は一撃が軽い。木の幹をあとどれだけ攻撃すればいいのか。それを考えている余裕もない。攻撃を食らわないようにしながら、隙を見て攻撃する。その事に神経を集中させていた。


「く、なら先ずは視界を奪って!」

(今のはちょっと危なかっタ……! でも、いけル!)


 目の数ミリ先を葉の刃が通り抜ける。一瞬視界が遮られたが、ニダウィを止めるには至らない。


「果実で道を阻んで!」

(……っ! 右が開いてル……けど、そっちは罠! 左が正解!)


 目の前に落ちてくる3体の果実魔物。目の前の魔物を注視しながらニダウィは魔物の視線や周りの状況から次の攻撃を予測する。自分ならこうする。あの魔物ならこうする。思考の読みあい。


「何故そっちに行く……!? 間に合うか……!」

(足元から木の根。だけど、届かなイ! 一気に幹を攻めル!)


 魔物が設置していた木の根。それとは逆の方向から攻めるニダウィ。慌てて攻撃を仕掛け直す魔物だが、遅い。ニダウィの斧が木の幹を何度も穿つ。


「ぎぃやああああああああ!?

 何故だ! 何故私の思い通りに動かない! 危険だと思わなかったのか!? 安全な方になぜ逃げない!」

「そっちに罠があるのはお見通しダ。

 イヤらしい考えなら、トーカの方が一段も二段も三段も上ダ」


 思考を止めるな。相手の裏を突け。考えることを放棄するな。計算を怠るな。


 それはアサギリ・トーカの教え。猪突猛進でも構わない。それでも考え続けろ。頭を使うのが苦手なニダウィだけど、それでも歩くことを止めなかった。それが軽戦士の道を教えてくれたトーカの根幹。


「本当に空腹の末に神様が降りてくると思うのカ?」

「当然だ! 聖女コトネの言うことなど間違っている! 天秤神の教えに、節度あれとあるのだから!」

「何故疑わなイ? 何故考えなイ? 何故それだけが正しいと思いこム?」

「何故、だと……!? 正しいことを疑うなど――」

「ダーは色々間違えタ。何も知らず、がむしゃらになってタ」


 アサギリ・トーカに出会った頃、ニダウィはただ走っていた。どうやったら強くなるかわからず、誰の言葉も聞かずに暴れるようにしていた。誤解からトーカを攻撃し、迷惑すらかけた。


「それでモ、過ちを指摘してくれる人がいタ。正しいやり方を教えてくれる人がいタ。その教えに従ッテ、強くナッタ。

 考えろ。計算しろ。その人はデタラメでいい加減でズボラに見えるケド、深い知識と計算と思考する人ダ。失敗することもあるけド、決して考えを止めない人ダ」


 あの川で出会って、教えてもらって強くなって、悪魔の襲撃で首が飛ばされても諦めず、無敵ともいえる死神悪魔の隙を思考の末に導きだして。


「お前にもいたんだロ? 教えてくれる人ガ。意見の違う人。教えた人。教えられた人。その人はその考えになんて言ったンダ?」

「――それは――」

 

 世界樹――シーカヴィルタ司祭はその言葉に答えられない。賛同する意見もあった。だけど反対する意見もあった。その反対意見に耐えきれず苦しんでいるときに、この武器を取ったのだ。そして反対する者は意見を翻した。だけど、それは――


(反対する者を正しいと納得させたのではない……! ただ、従わせただけ……!)

「その武器を手放したら、頭を冷やして考えるンダナ。トーカがいれば元に戻れるだろうシ」


 ――ニダウィの戦いは、始終圧倒的だった。その速度に魔物は追いつけず、二本の斧はその幹を切り刻む。


 しかし戦いを知る人が見れば気付くだろう。それは果てしない思考のせめぎ合い。複数の駒を持つ魔物に、ただ一人で挑む戦士の思考が常に一手先を行ったに過ぎないことを。一手選び損ねればそこから崩れていく綱渡りの勝負だったという事を。


 その思考の果て、繰り返される詰将棋の果てに勝利を得たのは――


「ダーの、勝ち!」


 二本の斧を天に掲げる異国の戦士。その足元には、切り落とされた絶食を求める世界樹があった。


 食を絶つことで神を呼び込もうとした世界樹は、正しき教えを得た戦士により潰える――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る