29.5:運命の星と節制の樹木(ゴルド&ニダウィside)

 ゴルド・ヘルトリングは宙に浮かぶ月を思わせる岩魔物の前に立つ。


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名前:世界新生に煌めく月光虹ニューワールド・ムーンボウ

種族:魔武器

Lv:2

HP:1271


解説:始まるを告げる光。星はいつでも希望となる。


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「理解できない悪魔のセンスと聞きましたが、確かになるほど」


 岩魔物――世界新生に煌めく月光虹ニューワールド・ムーンボウのステータスを見て、ゴルドは頷く。悪魔に常識を改変された状態ではステータスを見ようという気力すら起きなかった。能動的に行動できず、魔物に逆らえない状態だった。


「トーカ殿の喝が効いているようですな」


 自分のアンカーを刺激し、魔物に操作されないようにする。それがうまく作用しているようだ。周りにいる人達は魔物に伏し、しかしその目には希望が浮かんでいた。


「ああ、星に選ばれた子よ。世界を救いたまえ!」

「我らを救ってくれ! 希望を与えてくれ!」

「何もできない私たちの代わりに、世界を変える光となってくれ!」


 自らの弱さに絶望し、運命の子にすべてを託す。そこに浮かんだ表情は、どん底で見た希望の表情だ。英雄譚にある民の声。


「そうだ。すべては星の導きのままに。安堵せよ、皆の者。希望は存在する。今だ魔物が跋扈する時為れど、それを解決する運命の子は星の元に生まれるのだ」


 言って岩魔物は手にしたモーニングスターを掲げる。それが星の象徴なのか、常識を弄られた人たちは歓声を上げて祈りをささげた。救いはここにある。もう俺達は苦しまなくていい。何もしなくても運命の子が何とかしてくれる。


「いいえ。それは違います。希望は運命の子一人ではなく、ここにいるすべての人が希望になります」


 その流れの中、ゴルドは静かに言い放った。荒くはない声だけど、確かに響く声。


「奇跡を起こす人はいるでしょう。勇気を示す人はいるでしょう。

 しかし世界を作るのは一人一人の努力。世界を作っていくのは人の営み。変わらぬ日々の生活こそ、笑顔で過ごせる人々こそ、希望なのです」

「何故ひれ伏さぬ。何故崇めぬ。貴様、何者だ」

「ヘルトリング家の四男、ゴルド・ヘルトリング。オルスト皇国を守る騎士に連なる者です。

 デュポン司祭。貴方の暴走、止めさせてもらいます」


 言ってゴルドは武装し、拳を構える。重装備の鎧に投げに特化した格闘手甲。武器を持たない無手の騎士。戦う意思を見せるゴルドに、デュポン司祭は月にある表情を歪める。


「暴走? 私の考えは間違っていない。星重なるときに生まれる運命の子。それが神を宿して世界を救う。その教えを伝達するために活動しているのだ。

 聖女が掲げる神格者になるためのレベルなど、絶望でしかない。前人未到の領域など誰が目指せようか。信じるに値せぬ。天が定めた子に希望を託すほうがまだ信用できる」

「真偽を告げるのは私の役割ではありません。私の役目はこの町を守ること。

 人々から希望を奪うのなら、この町の貴族として止めるだけです」


 怪訝な声を出すデュポン司祭にゴルドはきっぱりと言い放つ。その教えは、人から希望を奪っていると。


「希望を奪う? 何を言っている。私は希望を与えているではないか。運命の子、星告げる神格者。その希望を」

「確かにそれは奇蹟的でしょう。運命、星、遠く届かぬ何かに定められた人間。しかしそれはただの偶然です。ただその日に生まれたというだけで、人の所業は変わりません。

 希望は、今生きている人間が行動して掴むのです」


 騎士の家系に生まれたのに、格闘家のジョブを得てしまったゴルド。彼は絶望し、それでも足搔き、そしてアサギリ・トーカに出会う。的確な教えで方向性をつかみ、その後は街を守りながら強くなった。


「思考を放棄してはいけません。努力を怠ってはいけません。日々の安寧をおろそかにしてはいけません。今日生きて笑っている。それこそが希望なのです」


 言って魔物に近づくゴルド。手を広げ、魔物をつかむように迫る。


「それができぬ弱き者もいる! 弱い者が他人に希望を抱くことを否定するのか!」

「その弱さを否定はしません。そう言った方々に希望を示すことは素晴らしい事です。ですが――万人が努力と思考を放棄していい理由であってはならない!」


 振るわれるモーニングスター。星光のように輝き、見た目以上の重量をもってゴルドに叩き付けられる。元々デュポン司祭も武闘派だったのだろうか。それを示すように流れるような武器の動き。


 ゴルドは感じていた。力の流れ。自らに迫る鉄塊の意志。無機物にある呼吸ともいえる何か。大地の呼吸。空気の呼吸。魔物の呼吸。武器の呼吸。世界全てが、生きているように呼吸を感じる。


 呼吸に合わせるように体を半身動かす。左手を添え、右手を武器の動きにあわせるように回転させる。柔よく剛を制す。そして剛よく柔を制す。時に硬く、時に柔らかく。大事なのは、呼吸に合わせること。


「なっ!? あの巨体を投げ飛ばした!」

「希望の星が、投げ飛ばされただと!?」

「聞いたことがある。この町の魔物の侵攻を食い止めた投げの騎士。虹を掴むと言われた騎士を! その名は――」


 巨体が投げ飛ばされ、地面に落ちる。重量ある音が響き渡り、そして人々の驚愕の声が響く。常識を改変されていても――否、星の導きこそ至上と告げられたからこそ、ゴルドの行動には驚きを隠せなかった。


「全ての人間はそこまで弱くありません。希望を示し、歩ませる。それこそが強き者の義務。停滞させるための強さなど、不要!

 吾輩の名はゴルド・ヘルトリング! オルスト皇国の民よ、奮起せよ! 一人一人の歩みこそが明日を作り、その積み重ねこそが魔を跳ねのける力となるのだ!」


 こぶしを突き上げ、叫ぶゴルド。巨大な月のような魔物を投げ飛ばし、威風堂々と立つ巨躯。


 伏している民はその姿に、確かに希望を見た。


「あり得ぬあり得ぬあり得ぬ! 運命は弱くない! 人は特別な存在に導かれるべきなのだ! 小さく弱い歩みなど、世界という巨大な力に飲み込まれる運命なのだ!」

「……成程、その辺りが司祭殿のアンカーなのでしょうな」


 運命。弱い者はそれに従うしかない。それにすがるしかない。その拘りにゴルドは頷いた。


「なんだと?」

「トーカ殿がここにいればお救い出来そうです。殺さずに押さえておくとしましょうか」

「救うのは私だ! 星に従い、民を救う救世主を見つける! 世界を救うために、私は戦うのだ!」


 運命を尊ぶ魔物と、人の歩みを尊ぶ人間。その戦いの火ぶたは切って落とされた――



―――――――――――――――――――――――――――――――



 ニダウィ・ミュマイは町中に生えた巨大な樹木を前に斧を構える。


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名前:暴食否定の世界樹アンチベルゼブブ・ユグドラシル

種族:魔武器

Lv:4

HP:1667


解説:汝、喰らいすぎることなかれ。


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「よく、わかラン」


 ニダウィは魔物を名前を見て首をかしげる。トーカは『ネーミングセンスとか気にしたら負けだから』とか言っていたので、ニダウィも気にしないことにする。どうあれ魔物だから倒せばいいのだ。


「ウン、戦えル!」


 斧を強く握り、ニダウィは高揚する自分を感じる。気が付くと血が冷えて足がすくんでいた故郷での戦い。目の前に敵がいて、その敵が仲間を倒そうと分かっているのに伏してみるのが当然だ。故郷の時、黒い手に怯えていた恐怖は今はない。


「やるぞ、トーカ!」


 トーカに投げかけられた言葉。それを脳内で反芻する。勝利を期待されているのだから、当然勝つ。そう思うだけで笑みが浮かぶ。自分の身の丈をはるかに超える樹木の魔物に怯えることなどない。


「お腹空いた……。でも我慢する。世界を救うために」

「この苦しみの果てに神が宿るなら、いくらでも……」

「神様、子供の為に我慢します。だから助けてください……」


 樹木に寄り添う人たちは飢餓に苦しみながら、神の降臨を待っていた。世界を救うため空腹に耐える。魔物が生やす細い木の葉を食らいながら、縋るように呟く。苦しみを押さえるための薬品が含まれているのではない。ただ、信仰のみで三大欲求を抑え込んでいた。


「命を食らうは罪なり。他人から奪うのは罪なり。天秤神は節制を訴えられた。

 ならばその先にあるのが奪わぬ生き方であることは道理。血肉を奪わず、植物を食らわず生きることができるようになる。舞い落ちる木の葉を食し、そして植物の如く天の光を力とする肉体。それこそが、神の求める体なのだ!」


 幹の部分に顔が生えた樹木――暴食否定の世界樹アンチベルゼブブ・ユグドラシルは口を開いて傅く人たちにそう叫ぶ。その手には、木製の杖。おそらくあれが悪魔の武器だ。


 天秤の神ギルガスは確かに節制を尊ぶ教えがある。罪を犯すことなかれ。奪うことなかれ。罪には罰を。慎ましい生活に祝福を。節度ある生き方をする者に幸あれ。


 しかしそれは絶食を強いるわけではない。過剰な食に戒めを出したという教えはあるが、その程度だ。空腹の末に神は宿らない。葉だけで生きる者に神は喜ばない。光合成ができる体を求めはしない。


「ダーはそんなものを求めていなイ。ダーの家族もトーカもコトネもダ」


 斧を構えて戦闘の準備をするニダウィ。意志は強く、戦意は鋭く。目の前の魔物を斬ることのみに意識を集中していく。


「野蛮だな。理解できぬのなら痛みをもって伝えるのみ。その罰は私が引き受けよう。その果てに理想郷があるのなら、この身は天に届かずとも構わない」

「野蛮? 生きることハ、戦いダ。自然にある物を奪い、感謝して食べル。それが悪いなんテ言わせなイ!」


 言うと同時にニダウィは地を蹴る。自らに軽戦士の付与を重ね、一気に距離を詰めていく。右手の斧と左手の斧。故郷で作られ、手になじむ片手斧。振るわれる連撃が樹木に叩き付けられる。


「早い……ならば手数で」


 樹木の魔物は複数の葉を伸ばして、ニダウィを刻もうとする。一枚一枚が人一人など容易く切り刻める鋭さと硬さを持ち、風に舞うようにひらひらと舞う。広範囲の斬撃の領域。規則性を読む暇などない密度の斬撃。


「見えル」


 だけどニダウィは木の葉舞う中を意に介することなく動く。見るのは刹那。聞くのも刹那。すべてが分かっているかのように戦士は斬撃の中で踊り、お返しとばかりに斧を振るう。風を捕らえることはできない。それを示すように。


「何だと……!? 何故避けられる! 正しい事をしている私に逆らうなど許されない! 罪のない私が、蛮族に傷つけられるなどあってはならない!」

「決まっていル。避けられるのハ、ダーが沢山戦ったからダ。戦っテ、強くなったから避けられル。強いかラ、オマエに傷をつけられル」

「ふ、ふざけるなぁ! 正義は勝つ! 正しい私が勝つ! それが天秤神の教えだ! 強いから勝つとか、弱いから傷つけられるとか、許されるものか!」


 ニダウィの言葉に激怒する魔物。力があるから勝てる。強いから傷つけることができる。ある意味一方的な言葉に耐えきれないと叫ぶ魔物。この場にアサギリ・トーカがいれば『どっちがセイギノミカタなのか、わかったもんじゃないわね』と笑っていただろう。


「そうダ。弱けれバ、何も守れナイ。弱けれバ、泣くしかナイ」


 ――かつて、軽戦士という事で集落の中で弱者として泣くしかなかった少女は静かに告げる。弱いという事。その辛さを、悲しみを。その傷は、一生消えることはないけど。


「デモ、強いから正しいんじゃナイ」


 強くても、他人を虐げるしかない者もいる。そんなヤツに見下されることなど日常茶飯事だった。


「強さと正しさは別ダ。強くても間違っていることはアル。その間違いを正すためニ、力が必要なんダ。暴れるケモノを止めるためニ、荒れ狂う北風に耐えるためニ」


 力が無ければ、理不尽に振り回されるしかない。強くなければ、歯を食いしばって耐えるしかない。俯かないためにも、家族を守るためにも、強くなければならない。


「黙れ蛮族! 私は正しい! 誰からも奪わないことが間違っているはずがないんだ! 狩りをしなければ食えないなど、汚らわしい!」

「生きることハ、食う事ダ。食うことハ、狩りをすることダ。ダーを含めた世界ハ、そうやって回ってイル。いろんなモノが、いろんな形で回してイル。

 ダーはそれが正しいと思うから戦ウ。間違ったら謝ルけど、間違ってないと思うから戦ウ。お前もそうなんだロ?」


 すべての生き物は目指すべき方向が違う。食性だけをみれば草食動物は草木を食らい、肉食動物はその草食動物を食らう。食われる側は理不尽だから必死に逃げる。一部の動植物は毒を示して身を守る。それを、悪というものはおそらくいない。


 否、それを悪と言ってもいいのだ。ただ、その主張を通すには力がいる。それは暴力であるときもあるし、人を納得させる交渉力かもしれない。悪魔のように人の常識を操る力かもしれない。


「間違いなどない! 私は正しいから、勝たねばならないんだ! 世界を救うために神を降臨させなければならないんだ! あの聖女ではなく、私が! 私が、正しい私が、世界を救うのだ!」

「ならダーに勝たないといけないナ。悪いケド、コトネを侮辱するなら許さナイ。空腹を強要するのに加えテ、ダーが怒る理由が一つ増えタゾ」

「そうだ……私を侮辱するな! 私は正しいんだ! 私に歯向かうな! その心を完全に折って、私に謝罪させてやる! 罪には罰を。そうだ。これは罰だ。罰だから、痛い目を見せてもいいんだ!

 私だって、そうされた。親に歯向かった罰で、倉庫に閉じ込められて空腹で死にそうになって、だから真っ直ぐになれた! 正しいんだ!」


 最後の方は支離滅裂になりながら樹木の魔物は雄たけびを上げる。無数の葉が舞い、地面から羽根が触手のように生える。生み出された果実は地面に落ちると命が宿ったかのように跳ね回る。


「トーカがいれば殺さずに済むシ、その辺りは任せル」


 面倒なことは丸投げ、とばかりに言い放ってニダウィは迫る魔物に向きなおる。


 節制を尊ぶ魔物と、自然のまま生きる少女の戦いは始まったばかりだ――

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