29:メスガキは褒める
「らしくありませんな、トーカ殿。罠とわかっているのでしたら、その裏をかくのがトーカ殿でしょう」
「人の嫌がる事ヲするのが、トーカだもんなナ! 行儀いいのハ、トーカじゃないゾ!」
「アンタらアタシを何だと思ってんのよ」
『ここはオレに任せて先に行け!』的な空気を出す四男オジサンと斧戦士ちゃんに眉をひそめて言い放つアタシ。こんなに素直でかわいいアタシを人の裏をかくのが大好きな性悪みたいに言わないでほしいわ。
「常識破り……予想だにしない手法で目的を達するお方かと」
「エ? 違ったのカ?」
「自覚はあるのになんで墓穴を掘るんですか、トーカさん」
「たとえ事実でも認めちゃいけないことがあるのよ」
ノータイムで帰ってきた二人の答え……と聖女ちゃんのツッコミに、手を振ってこたえるアタシ。っていうか今はその問題はどうでもいいのよ。
あの二体を二人に任せて先に行く。
巨乳悪魔がアホ皇子に何かするのが目的なら、あの二体にかまけてる時間はない。っていうかタイミング的にあの二体も巨乳悪魔の足止めの可能性が高いのだ。確かにアタシは先に行った方がいい。
でも、それができない理由がある。
「駄目よ。あの二体も常識改変して戦えなくしてくるんだから。近づいたら絶食するかお星さま好き好きになるかよ」
悪魔がステータスを書き換える。そうなれば戦う事すらできないのだ。それは今日一日だけで何度も味わった。この二人もその感覚は理解しているはずだ。
「そこはトーカがどうにかするんだロ?」
「気楽に言ってくれるわね、この猪突猛進」
やってくれないのカ、って子首傾げそうな雰囲気で言う斧戦士ちゃん。大事なところを丸投げして自分は戦うだけ、ってどんだけバーサーカーなのよ。
でもそれしかないのは確かだ。アタシしかできないんだからアタシがやる。戦闘に適した人が戦闘をする。役割分担は基本よね。
純粋な素殴り能力では斧戦士ちゃんや四男オジサンの方がアタシより強い。アタシの強さは相手のデータを知った上での対策前提で、未知の相手とは相性が悪い……どころか戦いにすらならない。多分、木属性と土属性なんだろうけど外したら大ケガだ。
「無理よ。ここからだとアンカーどころか相手のステータスも確認できないっていうのに」
少し離れた場所にいる二体の魔物を見る。魔物のステータスを見ようとするけど、見ることができない。<フルムーンケイオス>で言えば、隣のフィールドにいる魔物を見ようとしている感じだ。ある程度近づかないと無理みたい。
ついでに言えば、二体の魔物は別々の場所で暴れている。これも<フルムーンケイオス>で言えば、それぞれ別フィールドにいる感じだ。どっちにしても一体ずつ相手していかないといけない。
「なるほど。そのような条件が」
「大体ステータス見れたとしてもすぐにアンカーが見れるわけじゃないし。そいつの性格とかが分かってようやく見えるから、結局時間かかるのよね」
変態司祭の言動と行動、そんでもってその変態性癖に付き合ってようやく見えるのだ。なんだかんだで鬱陶しいし手間だらけ。それが二体とか、正直滅入ってくる。ネットで検索とかして調べたい気分よ。
「ステータスもアンカーもわかってるのでしたら、それに干渉することは可能。そういう事でよろしいですか?」
四男オジサンは顎に手を当てながら、慎重にアタシに問いかけてくる。
「そうね。それを罵ってガッツンガッツンダメージを与えていく感じよ。そんでアンカーと繋がってる『契約』を削ぎ落す感じ?」
自分でも理屈はよくわかっていないけど、とにかくそんな感じだ。
「では逆はどうでしょうか?」
「逆?」
「吾輩のアンカーに干渉し、それを強める。そうすることで悪魔の『契約』の影響を受けなくするという事はできますか?」
胸に手を当てて、四男オジサンが問いかけた。え、ちょっと待って。
「そんなのやったことないからわかんないわよ。さっき出来たばかりの事なんだから試す時間もなかったし」
「では吾輩で試してください」
「…………は?」
四男オジサンの言葉に、アタシは二の句も告げなかった。
「上手くいけばあの魔物にとらわれることなく戦えます。失敗してもあの魔物の『教義』に囚われるだけで死にはしないでしょう。損はないかと」
「そういう事なラ、ダーもヤル!」
四男オジサンの言葉に手をあげて叫ぶ斧戦士ちゃん。
「空腹が偉いトカ、命を食うのが悪いトカ、納得できナイ! 自然を馬鹿にしてるやつ樹は、ダーが切り落とス!」
「なるほど。では私はデュポン司祭ですな。努力を否定されるようですし、その傲慢を投げて諫めましょう」
「待って待って待って!」
ずっと戦う気になってる投げ格闘家と両手斧使いを止めるアタシ。
「何やる気になってんのよ。アンカーの強化云々はオジサンの勝手な妄想だしうまくいく保障なんてないわ」
「ですな。しかし失敗してもトーカ殿には何の影響もありません。これまで同様、吾輩が無様に敵の術中にはまるだけです」
「あのバケモン絶食とか、差別とか、ろくでもないこと言ってるじゃないの。死なないかもっていうけど、死ぬかもしれないのよ」
「戦士が戦いで死ぬのは、当然ダ」
「ふっざけんな!」
二人の言葉に――死んでもいいという言葉にアタシは思わず叫んでいた。
「命を懸けるとかそんなもんに酔ってんじゃない! しかもアタシの自分でもよくわかんない能力を信じるとか、無茶苦茶すぎるわよ!」
「死ぬつもりはありません。死の覚悟は背負いますが、生還するために戦います。
それにトーカ殿はよくわからない能力と言いますが、吾輩はその能力に2度も救われているのです。トーカ殿こそ自分の能力を過小評価しすぎです」
「使ったことないやり方だから不安だってことよ!」
「そんなの、いつものことじゃないカ。ダーの集落を救ってくれタ時、ずっと頭を使って作戦練ってタゾ。死ぬかもしれないのだッテ、トーカも同じじゃナイカ。
ダメだと思ったら別の策をすればイイ。引くときには引くのは当然ダ。だけど、やる前に否定するのはらしくないゾ」
「……っ!」
斧戦士ちゃんの言葉に、アタシは言葉が詰まった。確かに5流悪魔やアイツが引き連れた魔物との戦いはアタシのゲーム知識が通じない相手ばかりで、作戦もその場で考えて決めていた。オジサンの時だって、しょうもない横やりが入ってとんでもないことになった。
分からないことを試しながらやるのは、いつもことだ。だけど、それにこの二人の命を懸けるのは、怖い。アタシができなかったら、この二人がどうなるのかわからない。二人にはその覚悟があるのはわかってる。だけど、アタシは――
「トーカさん。大丈夫です」
震えるアタシの背中を押すように、聖女ちゃんが肩を叩いてくれた。触れた部分から伝わる温もりが、アタシの不安を溶かしていく。……バカ、何が大丈夫よ。アタシなんか信じたら、どうなるかわかんないんだから。
「……ふん、そうよ。失敗してもアタシは痛くも痒くもないんだから。そう思えば楽なもんよ! こんなところでモダモダしてるのはアタシの主義じゃないわ。むしろアタシのために犠牲になって、っていうのが効率的よね。
あんな魔物倒す必要もないし、そもそも巨乳悪魔が新しい魔王を作ったんなら、そいつを倒してレベル上げもできるから無視してもいいしね!」
冷静になったら、この変態魔物もアホ皇子魔王化も解決しないでどっか行ってもいいんだしね。それに付き合ってあげるんだから感謝しなさい。
「いえ、魔物は倒すべきですし悪魔の企みは止めませんと」
「おー。トーカが復活しタ。でもちょっと生意気すぎるゾ」
「時間が惜しいです。よろしくお願いします」
「分かってるわよ。……んっ」
咳払いして、四男オジサンと斧戦士ちゃんのアンカーを意識する。パーティ画面から二人のステータスを開き、そこ最下部にあるアンカーを見た。
逆ってことは、これを褒めて刺激するってことだから……褒める……褒める……えーと、褒めるってどうやるんだっけ?
あー、もう。当たって砕けろ! 女は度胸と行動力よ!
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アンカー
守護:オルスト皇国
主義:専守防衛
劣等:母
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「オジサン! この国守るために頑張んなさい! ここまで攻められたんだから全力で! 負けたらママに顔向けできないんだからね!」
「マ……母上の事はできれば……!」
おろおろするオジサン。だけどアタシの言葉と同時にオジサンのアンカー部分3つに盾のようなエフェクトがかかったように見えた。ゲーム脳のアタシにわかりやすくなってるだけで、何かしらの
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アンカー
矜持:ミュマイ族
守護:アウタナと大地
尊敬:アサギリ・トーカ
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「んでもってアンタは故郷と自然の為にあの木をぶった切ってきなさい! 家族に誇れる戦いをするのよ!」
「ウン、当然ダ!」
斧戦士ちゃんの『矜持:ミュマイ族』と『守護:アウタナと大地』に
「……あと、アンタを育てたアタシの恥になんないように勝ちなさい! アンタが強くて勝てるなんて当然だけど、信じてあげるんだから目指すは完全勝利よ!」
「当然ダ! トーカの為に勝ってくるゾ!」
勇気を出して言った言葉を、さっきと同じ言葉で返す斧戦士ちゃん。うわコイツ、本気で当然って思ってる! 信じるとか、いろいろ恥ずかしいこと言ったのにぃ! まっすぐに笑顔を向ける斧戦士ちゃんに耐えきれず、蹲って顔を押さえるアタシ。
「素直になるのはいいことだと思いますよ」
「リップサービス! 褒めないといけないんだから仕方ないの!」
しょうがないですね、と言いたげな聖女ちゃんの言葉に叫んで返すアタシ。いろいろ恥ずかしい……。やっぱりついていって相手を罵ってた方が楽だったかもしんない。
これで効果が無かったら、常識改変されたまま放置してやるんだから!
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