28:聖女は悪魔の企みを看破する
オルストシュタイン内に突如現れた二体のモンスター。巨大な木と、宙に浮かぶ月に似た巨岩。
モンスターが動くたびに、遠目でもわかる破壊の光景が広がっています。破壊音が離れた場所まで聞こえてきました。かなりの強さを有しているのは、これまでの魔武器の強さからわかります。
「おそらく。リーンの目的は――クライン皇子の魔王化です」
モンスターの元に移動しながら私はトーカさんに説明を続けます。
「クライン皇子はトーカさんに恨みを持ち、悪魔にトーカさんを捕らえるように話を持ち掛けました。ですがその前は魔王を討ち取り、自分が世界を支配したいと思っていたようです」
「っ……よくある、バカ権力者、ね。身の程を、知れっての……!」
走りながら応じるトーカさん。息が絶え絶えなのは、運動不足からでしょうか? 不規則な生活をしているから……いえ、今はそれを責めている状況ではありません。
「でも、魔王よりも、アタシへの復讐を、望んでるなら、魔王化は、おかしくない? アタシ、生きてるけど」
「それはクライン皇子の目的です。リーン自身は望んでいません。トーカさんと戦うのは割が悪いとまで言っていました」
クライン皇子の目的はあくまでクライン皇子の目的です。気にすべきは、リーンの動きでした。どうして二人を同じ目的を持つ同士なのだと思っていたのでしょうか? 少し迂闊だったかもしれません。
「リーンは狡猾な悪魔です。人の心に付け入り、自分の目的を果たす悪魔。クライン皇子を利用して自分の目的を果たそうとしているんです」
「巨乳に、騙される男とか、ダサダサ……! でも、なんであの巨乳の目的が魔王化ってわかんのよ……それもアホ皇子の願望なんでしょ……!」
「悪魔……少なくともリーンは魔王に感傷があります。その理由まではわかりませんが、自分を生んだ<フルムーンケイオス>の名前の一部を入れるぐらいに意味があります」
私が魔王<ケイオス>の事を尋ねた時のリーンの表情は、印象に残っている。それまでぺらぺら情報をしゃべっていたのにその事を聞くと言い淀み、そして憂いを含んだ顔をした。
それ以外の情報はしゃべってもいいけど、それだけは喋れない。それだけは触れられたくない。敗北さえも受け入れて笑うリーンが、それだけは言及されたくないとばかりに。
「そこまで拘りがある『魔王になりたい』という目的を持つクライン皇子を受け入れたのは、リーン自身に好都合だったのでしょう。詳細まではわかりませんが、例えば『アンカー』が悪魔の目的に適していたとか」
「確かに……魔王<ケイオス>は、まおーまおーな性格じゃ、なかったもんね……!」
まおーまおーな性格、というのはよくわかりませんが魔王<ケイオス>が積極的に人を滅ぼそうとする性格ではなかったのは事実です。忠実なる悪魔の手下。人間に戦争を仕掛けるのではなく魔物を統治する王。それが私の印象です。
「あくまで推測ですけど、リーンがあそこまでクライン皇子に付き添ったのは、そういう理由じゃないでしょうか」
「このドタバタに乗じて……あのアホ皇子を、魔王化、しようとしてる、って?」
「あくまで可能性です。証拠も何もありません。むしろ外れてほしいです。ですけど――」
言葉にするまではあてずっぽう程度だった可能性は、言葉にすればそうとしか思えない気がしてきます。パズルのピーズがハマる感覚、というのはこういうのを言うのでしょうか?
少なくとも、今リーンを止めないととんでもないことになる。その不安だけは確かにあります。
「ですがその前に、あの魔物をどうにかしないといけないんですが……」
町で暴れている魔物。その現場に近づくにつれて魔物の大きさと被害を強く視認できます。破壊音と悲鳴が、聴覚から伝わってきます。
「見た目は……『トレント』と『ムーンフェイス』……ね。あの5流悪魔の武器持ってる、ってことはその亜種なんだろうけど。大きさも色も、別モンだし」
暴れるモンスターを見ながら息絶え絶えに……限界が来たのか壁に手をついて答えます。詳細は不明ですが、ゲームに出てくるモンスターに似ているようです。ただこれまでの経験から察するに――
「そうですね。近づけばステータスを弄られてまともに戦えそうにありません。すでに被害も出ているようです」
「避難を行っている衛兵達から情報が回ってきました」
街を守る立場のヘルトリングさんが現場の衛兵達からの情報を教えてくれます。チャット機能はこういう時に便利です。
「仮称『トレント』側は強烈な飢餓に苦しみ、それでも食事をとることができないようです。
そして仮称『ムーンフェイス』側は魔物が持つモーニングスターにひれ伏している……そのような感じです」
「分かんないわよ。ログ寄越せ。コピペして渡して」
「コピペ……? 音声記録ならこちらに」
簡単な説明の後に、ヘルトリングさんは記録した現場の音声情報を教えてくれます。
「我が名はアルヴィ・シーカヴィルタ! 空腹の果てに神の道は見えるのだ! さあ、食を絶ち体内を正常に保つのだ! 命を食らうなど神への反逆! 植物の茎のみで生きるのだ。
いや、極めればそれすら不要! 植物の如く、人は神の威光のみで生きることができる!」
「おお、絶食素晴らしき! 食費ゼロで生きていける神の世界!」
「空気の中にある力を食らい、神の光を受けて栄養に変えよう!」
「おお、神の世界が見える……!」
「ひれ伏せ愚民ども。神に導く星の子であるフィルマン・デュポンの言葉なるぞ。星の導きにより汝らを神の世界に導こう。
すべては運命。全ては定められた事。天が作りし伝説に従い神の子を導こう。そしてすべての人類は伝説に導かれ、救われるのだ!」
「ああ、これが伝説の子。生まれた時に決まる運命!」
「努力では覆らない世界に決められた運命! それに従うことが世界の摂理!」
「星よ、私達を導いてください! 星! 星! ホシィィィィ!」
これが魔物のいる場所の音声です。共に『ステータス』を弄られ、常識を改変されているのが分かります。
「シーカヴィルタ司祭は『空腹の末に神に至る』事を信じるお方で、デュポン司祭は『星が重なる日に生まれた子がいずれ神になる』事を信じる司祭です。これまでと同じように、テンマにその『アンカー』を利用されたのでしょう。
近づけばその教えが正しいと思ってしまうのでしょうね」
常識を改変される。悪魔が持つその能力。『契約』した魔物の想いに人間は逆らえない。その例外が、トーカさんです。
「ウザいわねぇ。お菓子食べれないとか、生まれた日で運命が決まるとか、どっか他の所でやってほしいわよ」
「抵抗する人がいなくなって破壊は収まっていますが、放置していい状況ではありません」
「あー、もう。なんでシューキョーって我が強い人が多いのよ! 変態ばっかりだったりワガママだったり!」
「悪いのはそれを利用するテンマですよ」
「……アンタ、悪魔に操られてない司祭とかと会話して何とも思わなかったの? 処女厨司祭とか童貞崇拝司祭とか変態三司祭とか」
トーカさんの問いかけに、そっと目をそらします。まあその、世の中いろいろな人はいますよね?
「まあいいわ。とにかくこいつらをどうにかして、その後に巨乳悪魔どうにかしましょう。正直どうでもいいしアンタの妄想交じりなんだけど、あのアホ皇子が新魔王になるとかどう考えてもまともなことにならなそうだし」
頭を掻いて考えを切り替えるトーカさん。私の推測……妄想と言われても仕方のない考えですが、事実なら面倒なことになります。早く行動するに越したことはないでしょう。
「あの巨乳がそんなこと考えてるのが事実っていうなら、これはあからさまな時間稼ぎなんだけどね」
トーカさんの襲撃と同時に展開されたテンマの魔武器。これまで場当たり的に出没した流れからすれば、ありえないほど的確に連動しています。リーンが関わっているのなら、やはり何かあると見えるべきでしょう。
「らしくありませんな、トーカ殿。罠とわかっているのでしたら、その裏をかくのがトーカ殿でしょう」
「人の嫌がる事ヲするのが、トーカだもんなナ! 行儀いいのハ、トーカじゃないゾ!」
そんなトーカさんに待ったをかけるヘルトリングさんとニダウィちゃん。共に武器鎧を身にまとい、戦う準備は万端という出で立ちです。その視線は、二体の魔物に向けれられています。
あれは自分が倒す。だから先に行け。その意思を込めて――
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