27.5:皇国の裏で悪魔が躍る(リーンside)

「アサギリ・トーカが魔王<ケイオス>を倒しただと?」


 オルスト皇国第一皇子クライン=ベルギーナ=オルスト――現在は皇国郊外に軟禁されているクライン皇子はメイドからの報告に苛立ちを感じていた。


「はい。何ならどのように倒したかを詳細に語りましょうか?」


 一礼するメイド。軟禁されている皇子に外部の情報を与える際、その内容は吟味される。伝える者も相応の身分を持つ者であるはずだ。なのにこのメイドにはその風格は見られない。だが、誰もがそれを疑問に思わない。そもそも皇子以外の誰もがこのメイドを認識できない。


「要らん。失敗したという事実だけで十分だ。悪魔も役立たずという事実も含めてな」


 唾棄するように告げるクライン皇子。そのメイドの正体を人類を作った神の敵対者である『悪魔』であることを理解していた。


「返す言葉もございません」


 そのメイド――リーンは皇子の言葉に深々と頭を下げた。皇子が求めているのは自分を蹴ったアサギリ・トーカの身柄。生きたまま連れてきて、自分の手で破滅させたいという願望。


(『矜持:皇族の血』『欲望:支配』『目的:オルスト皇国の繁栄』……典型的な王様気質。下手に出るほうが扱いやすいですからね)


 首を垂れながら、リーンはクラインを見定めていた。皇族として生まれ、国を統治する目的を持った支配者。そして人を支配することを極上の喜びとする人間。王として生まれ、王の才能を持ち、王として育てられた典型的な王様。


 前王が病に伏したと同時にその頭角を示し、多くの王位継承者を排除してきた。勢力を削いで脱落させ、時には王権を使って命を奪い。皇族に伝わる『英雄召喚の儀』を独占し、英雄を召喚して管理し――


「貴方の願いをかなえましょう」


 そこに悪魔が現われた。神の敵対者。人類を滅ぼそうとする魔王<ケイオス>を駒にする存在。クライン皇子はその時初めて神と悪魔の関係を知る。悪魔が人間を滅ぼそうとすることも。


「わざわざ滅ぼされると知って、協力する者がいると思うか?」

「貴方が生きている間は滅ぼしませんよ。今のペースですと500年ぐらいですかね。そんな未来の事よりも、現在を愉しむことを選びません?」

「皇国が滅びるなど許せるものか」

「栄枯盛衰は世の定め。長い歴史を見ればどんな国も消える者です。国は姿を変えて形を変えて、歴史の中で語り継がれていくのですよ。

 それに抜け道はありますよ。人間は滅ぼしますが、魔物になったのなら滅ぼしません。或いは魔王の眷属としてなら人間が生きていける未来があるかもしれません」


 言葉巧みにリーンはクラインの心に滑り込む。不信は魔物側の情報を知るための情報源になり、一時的な協力者になり、そして――


「嗚呼、オルスト皇国に貿易で圧力をかけるガルラ国! かの国はカイザーオクトパスの襲撃を受けて滅んでしまいました!

 不幸に見舞われる国に英雄を送って魔物を打ち払えば、皇国は民衆に感謝されるでしょう。どうされますか?」

「言われるまでもない。魔物を倒すのが英雄の役目だからな」


 他国を魔物に襲わせ、そこに召喚した英雄を送り込む。そんなマッチポンプを行うようになった。多くの英雄を有するオルスト皇国。活性化する魔物を打ち倒す皇国。だれもが安全を求めてそこに寄る辺を求めた。


「どうでしょうか? 新たな魔王としてこの世界を長く支配しては」

「悪くない。人も魔も、全て支配してやる」


 クラインの支配欲を満たして信頼を得たのを見計らい、リーンはその話を持ち掛ける。クラインはそれが当然の流れとばかりにうなずいた。自分を止める者は誰もいない。重要な英雄は手元に押さえて管理してある。魔王になったとしても、殺されることはない。


 ――そのはずだった。


「やだー。もしかして皇子様って兵士に守られないと何もできないの? さっきまで偉そうにしておいて、情けなーい」

「黙れ! わたしに手を出してみろ。国家反逆罪で死刑だ!」

「それってこの国のヒトがトーカを捕まえれたら、の話よね? こんなよわよわおにーさんがトーカを捕まえる事、出来ると思ってるの? もしかして頭弱いの?」


 あの日、メスガキに追い込まれてなじられるまでは。


 皇族親衛隊という守りも、皇国の法律も、権威も、何もかもが通じない。自分の姿を見てもひれ伏さず、馬鹿にしたような目で見下す。挙句の果てには足蹴にされたのだ。クズ職と見下した遊び人の、しかも女の子供メスガキに。


「おのれ、アサギリ・トーカ……!」


 その日から、クライン皇子の執着は王になることではなく遊び人に対する復讐に変わった。悪魔にその身柄を拘束するように命ずる。リーンは一個人に向けるには過剰ともいえる魔物を仕向け――その全てが返り討ちにあった。


「ふざけるな! 遊び人如き……あんな子供如きを捕まえることができないだと!? それでも貴様はこの世界を作ったモノの子供だというのか!」


 悪魔は人間に直接手出しできない。魔物も普通の人間なら一捻りできる存在。それはクラインも理解していた。だが、それをもってしてもアサギリ・トーカは捕まえられない。そして、魔王さえも退けたのだ。


「クズ職の子供の分際で、魔王を倒した……ふざけるな!」

「事実です。魔王<ケイオス>を盤石としたアンジェラさえも、あのような方法は予想外だと嘆いていました」

「つまり、悪魔はクズ職最低ジョブの遊び人以下という事か」

「……結果的には」

「この役立たずが!」 


 感情を押し殺したリーンの言葉に、遠慮なく言葉を放つクライン。近くにあったカップをリーンに投げつけた。カップはリーンの頭に命中して砕ける。悪魔は微動だにせずそれを受け、指を鳴らして砕けたコップを再生して机の上に戻した。


「所詮、私以外は無能という事か」


 怒りの果てに、クラインは一つの結論に達する。結果を出せない無能たち。悪魔に頼ってもダメなら、自ら動くしかない。


「私自らが動く」

「不可能です。皇子は軟禁されています。物理的にここから出すことは可能ですが、権力はありませんので以前のようにふるまうことはできません」

「そうだな。だがそれは人の身分であるならだ」


 冷静に、だけど欲望の炎を燃やした皇子はそう告げる。


「人を統べ、魔を統べ、全てを支配する。それが可能となるなら、人の身分など不要だ。

 新たなる皇――真なる王――真帝としてこの世界を納めてやる」

「では、人を辞めますか?」

「辞めるのではない。超えるのだ」


 そしてクラインは――悪魔と『契約』する。


「『矜持:皇族の血』 『だから』『血による支配』を」

「当然だ」

「『欲望:支配』 『を満たすため』『支配者の力』を」

「当然だ」

「『目的:オルスト皇国の繁栄』 『の為に』『栄える力を』を」

「当然だ」


 クライン皇子が持つ三つのアンカー。クラインの根底にある心の部分。


 リーンはそこに魔物を植え付ける。アンカーの強さに応じた真なる皇帝にふさわしい魔物を。そして、


「ふう、とりあえず統治者不在の問題はこれで解決しそうですね。アンジェラさんは混乱上等な事を言っていましたが、野放図にするのも問題なんですよね」 


 さっきまでの恭しい態度をメイド服と共に捨てて、悪魔は本来の姿に戻る。途中色々寄り道したが、クライン皇子を無事次代の魔物支配者にできた。だがこれで終わりではない。


「さてさて、今アサギリさんに邪魔されると面倒なんですよね。ベースがクラインですから、あの子を見ると血走って殴りかかりかねません。支配する以外の感情が混じると、不完全な支配者になりそうです。

 まあ気づかれないし、出会っても負けないだろう……と油断できないのがあの人の怖いところですからねぇ。いろいろ目をそらして時間を稼がないと」


 なぜかオルスト皇国にいるアサギリ・トーカ。それに意識を向けるリーン。感づかれはしないだろうけど、嗅ぎつけられてのこのこやってきたら支配者として不完全なまま覚醒しそうだ。侮って痛い目にあった経験を思い出し、念には念を入れる。


「あ、テンマさんがいい感じで暴れてるじゃないですか。利用させてもらいましょう。力を分割化して武器に宿らせてるようですけど……お母様に罰を食らって力が弱まってるのにさらに力を分けてどうするんですかね?

 ついでに皇族を持ち上げようとしている宗教家関係も利用しますか。少し煽ればいい感じで襲ってくれるでしょう。十名ぐらいいれば十分ですね。治療と尋問とかで半日ぐらい足止めしてもらいますか」


 そしてリーンは跋扈する。テンマの動きを注視しながら、ラバール司祭をはじめとした『高貴な血を尊び、神とする』派閥にアサギリ・トーカを襲うように煽っていく。もとよりトーカには恨みが溜まっていたので、扇動は容易だった。


「仕込みはこんなところでしょうか。あとはテンマさんがいい感じで暴れてくれると幸いです。雑ですけど、パワーと行動力はありますからねぇ。でも力を分割して逐次導入とか愚策にもほどがあります。

 とはいえ、曲がり無しにもテンマさん本人の力がこもった『契約』には違いないです。成立すればそれでおしまい。人間に『契約』が解除されるはずもありませんから大丈夫でしょう」


 ――侮るつもりはないが、悪魔にも予想できないことはあるのであった。

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