22:聖女は処女崇拝司祭に話を聞く

 あの後、金剛不壊の赫弥姫アダマンタイト・カグヤプリンセス……悪魔の武器に憑りつかれてケンタウロスなのかユニコーンなのかよくわからない魔物になったクノー司祭との戦いは、


「ぶひひん! この圧倒的な速度を見よ! 貴様らの攻撃など当たらぬ! 炎蹄で刻む華麗なるステップを見よ!」

「あ、回避特化なんだ。じゃあ【笑裏蔵刀】でクリティカル攻撃。クリティカルは絶対命中なんでめいちゅー」

「ぼひひいいいいいいん!」


 あっさりトーカさんが決めて終わりました。魔物は赤い杖を手放し、解けるように人間の姿に戻ります。そして、


「……わ、私は何ということをしてしまったんだ!」


 正気に戻ったのか、クノー司祭が頭を抱えています。トーカさんの話にもありましたが、魔物化していた時の記憶は残っているようです。


「清く正しくあれと言う教えを尊ぶという思いがこじれて、なんという事をしてしまったんだ! 世界の処女たちに顔向けができない!」


 …………反省は、しているようですね。その、いろいろ問題発言はあるようですが。そこに言及するのは怖いというかなんというか。


「クノー司祭。貴方は神の教えに忠実にあろうとしただけです。そこを悪魔に付け入られ、そして事件に至ったのです。

 トーカさんのおかげで早期に事件は収縮しました。被害はそれほど大きくありません。反省する心があるなら、罪を償うことはできるでしょう」


 落ち込んでいるクノー司祭に優しき声をかけます。動機はともかく、彼も悪魔に操られた人間。真に憎むべきは悪魔テンマの策略です。そこをはき違えてはいけません。悪魔の策略に踊らされた人を救わなくては。


「おお、なんと優しい言葉。私のようなものに手を差し伸べていただけるとは…… 貴方はョブだけの聖女ではなく心まで清く正しいお方なのですね。しかも処女! 

 このカミーユ・クノー、我が生をかけて罪を悔いていきます。そして天より降臨した清く正しく処女の聖女を奉り、聖母の教えと共に後世に伝えていくことを誓います……」


 私の言葉に首を垂れるクノー司祭。罪を認めて償うことを誓ってくれました。……いろいろやめてほしいと思う部分はありますが、水を差すのも、その、そう言う空気じゃない気もしますのでやめておきます。


 ――この時は知らなかったのですが、この光景を見ていたクノー司祭を筆頭にして構成されていた『処女性をもって神格化を為す』一派が私を『清らかなる乙女の聖女』『乙女同士の清らかなる世界』『百合ップル』などと傾倒するようになった瞬間でした。


「ナア、コイツ悪魔の武器の影響が残ってルんじゃないカ?」

「ないわよ。アタシが違和感感じないもん。……シュキョーカって怖いわー」

「こういったお方は極少数なのでしょうが……いろいろ申し訳ない」


 私の後ろでニダウィちゃんとトーカさんがそんなことを言って、ヘルトリングさんが申し訳なさそうに頭を下げていました。


「コトネ様、神格化のお話はいったん中断したほうがよさそうです」

「悪魔の事も伏せておいた方がいいでしょうな。まさか皇国内のしかも教会講堂に悪魔が出たなど」

「口止めはしますが、ある程度の混乱は生じるでしょう」


 この騒動により、予定していた神格化の講義はいったん中断となりました。神の敵である悪魔の陰謀が神を奉じる教会で渦巻いている。しかも利用されたのは司祭。この事実は神を信じる人からすれば、ショックが大きすぎます。混乱収束と情報規制を含め、一旦仕切り直したほうがよさそうです。


「逆に変な人が多いっていうのが分かってよかったんじゃない?」

「失礼なことを言わないでほしい。適度な食事と適度な運動。それにより生まれるバランスのいい身長と体重は至高にして至宝。それを悪し様に言わないでいただきたい」

「歴史を作るのはいつだって武器。そして聖なる武器はその極み。それが悪魔に劣るなどありはしないのだ。それは常識であって変な事ではない!」

「慈愛こそが人を救う心。そしておっぱいは慈愛の証。それは誰もが理解できる事実なのだ。その事実を疑う者など誰もいまい」

「……やっぱり変人ばっかりじゃない」


 トーカさんがビュットナー司祭、ブランザ司祭、ザンブロッタ司祭とそんな会話をしていました。ノーコメントを貫かせてもらいます。その、人間はいろいろな考えがあるんだなぁ、と。


 ともあれ、事の究明が大事という事でクノー司祭にお話を伺います。司祭たちの手配で会議室のような部屋を借ります。クノー司祭は反省していることもあり、大人しく喋ってくれました。


「……私は聖女コトネ様の意見に納得ができませんでした」


 私の意見、というのは神格化の話です。シュトレイン様から直に聞いた『レベル96以上でないと神格化ができない』という話です。


「慈愛深きシュトレイン様はたとえ弱くとも受け入れてくれる。清く正しい処女ならば大丈夫なのだと。『汝、清らかであれ』……その教えを信じて、他の意見を受け居られない状態でした」

「それとトラウマが生じて性癖こじらせたのね。或いは性癖こじらせて教えを曲解かな?」

「トーカさん、しっ」


 トーカさんを窘めた後にクノー司祭に話を促します。


「シュトレイン様と融合したコトネ様の影響は大きく、信者たちは大きく動揺しました。間接的ではありますが、シュトレイン様直々の言葉です。その時の私は神の裏切りに思えたのでしょう。神が処女性を尊ばないと勘違いし、酷く怒りを覚えました。

 その時、声が聞こえてきたのです。『その思想は正しい。この杖をつかみ、汝の思うままに進むがいい』……と。そして目の前に赤い杖が現われたのです。そして『清らかな乙女を守る力が欲しいか?』という声に導かれ……気が付けば魔物となって暴れていたのです」


 おそらくその言葉が『契約』の言葉だったのでしょう。それにうなずいたクノー司祭はテンマと『契約』したことになり、魔物となった。


「ま、アタシのおかげで元に戻ったんだから感謝しなさいよ。悪魔と契約した人間は基本元に戻んないらしいし。アタシがアンカー? それにつながる契約内容にダメージを与えて消したから元に戻れたんだからね」

「そうなのですか? 申し訳ない!」


 悪魔と契約して魔物化した人間は五体満足で戻ることは難しい。私もシュトレイン様と融合時にその話を聞きました。リーンのように再利用すること前提ならともかく、神格化なども含めて基本的には解除は考慮しないようです。


「まさか私の想いを悪魔に利用されるなんて……そのせいで皆様に多大なる迷惑をお掛けしました。

 特に聖女様を始めとした方々には私の欲望を押し付ける形に! 望まぬ行為を強要させてしまい、申し訳ありません!」


 土下座とばかりに頭を下げるクノー司祭。


 望まぬ行為。そう言われて少し前の痴態を思い出します。トーカさんに抱き着いてほおずりして足を絡めて……心臓が早鐘のようになり、密着したトーカさんの心臓の鼓動も感じ取れて、その温もりも華奢な体も抱きしめてそのまま心の思うままにトーカさんを求めて――


「……それは、その」

「悪魔に操られていたから仕方ないというか」


 その件に関しては深く追求しないでください、とばかりに顔を逸らして言葉を濁すトーカさんと私。仕方なかったんです。気が付いたらそうするのが当然だと思ってしまったんです。あれは悪魔の仕業。ステータス操作によりそういう『役』を着せられた結果。決して私の中にトーカさんとそんなことをしたいという願望があるわけじゃなく……でも……全く願望がないかというと……その……。


「ダーはトーカに感謝の言葉を言えテ、満足だったゾ。だから気にスルナ!」


 ニコニコしながら頷くニダウィちゃん。そのまぶしさが今は目に痛いです。


「と、とにかく。アンタは聖女ちゃんの話を聞いて色々動転して、気が付いたら目の前にこの赤い杖があって、それを手にしたら『そうするのが当然』とばかりに動いたのね」

「はい。今となっては何でそう思ったのか、まったくわかりません」


 話を逸らすようにトーカさんがクノー司祭に問いかけます。頷くクノー司祭。……違います。もともと悪魔の話なんです。主題は悪魔の武器の話。あの行為は、その被害。気持ちを切り替える意味も含めて、頬を叩きます。


「その声は男性の声でしたか? 女性のように高い声ではなく」

「はい。男性でした」

「……なんでそんなこと聞くの?」

「リーンとアンジェラが絡んでいないかの確認です。武器の名前からアンジェラの関係性もありますし、リーンは先ほど私と接触してきました。別方面の悪魔の接触の可能性じゃないという確認です」


 この動きはテンマの動き。それが確認できれば、


「現状で分かっていることが4つほどあります」

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