16:聖女は皇子と魔王の事を知る

「はあ。魔王<ケイオス>を倒した後に自分が魔王になって世界を支配したい、ですか?」


 どうでもいい、とばかりのリーンの返答。かつてクライン皇子が目指していた事。……いいえ、リーンのセリフを正確に読み取るなら。


「アサギリ・トーカへの復讐を優先して、今はその願いを後回しにしています。その結果、魔王<ケイオス>を先に討たれてしまったのですから情けない話ですよ。

 この世界全てを支配したい。魔物も人間も自分が支配したい。肥大した欲望ですが、そういう所は買っていたんですけどねぇ」


 今もなお、その目的は忘れていないようです。あくまでトーカさんの復讐を優先しているだけで、世界を支配するという目的は彼の心の中でくすぶっています。


「……そうですか」


 私は言うべき言葉を失い、適当に言葉を返します。良かったねとも残念でしたね、とも言えません。かつて自分を操っていた相手に対する嫌悪感と、操られていたからこそわかる皇子のおぞましい怨念を思い出してました。


 聖女。この世界で私が担う職業にして、役割。そう言うステータス。


 トーカさんが言うには晩期大成型のステータスで、相応の苦労を重ねた後に遅咲きする魔王や悪魔に対抗するための存在。対魔王戦において、必要不可欠とされたとか。


 ……まあ、トーカさんは『そんなのいなくてもアタシがいればよゆー。実際やっちゃったしね』とか言ってましたが。事実一人で魔王<ケイオス>を倒していますし。


 クライン皇子が聖女である私を逃さないようにしていたのは、魔王に対抗するための手札にするためだと思っていました。事実、そう言った対魔王に有用な英雄を手の内に押さえていたと聞きます。


 ですが魔王を倒すのではなく自分が魔王になるというのなら、それは逆転します。魔王になった自分を殺しかねない存在。それを逆らえないように、監視できるようにするのが目的だったのでしょう。


 魔王を倒すための戦力を集め、それを対魔王専用に育てるのではなく。


 魔王を倒すだけの戦力を集め、それを手の内に閉じ込める。そして最終的には命を奪う。


 トーカさんに助けてもらわなかったら、今どうなっていたか――想像するだけで寒気がします。事、聖女は魔王に対する切り札になるので徹底的に監禁されていたでしょう。……いいえ、されていたのです。


「確認ですが」


 動揺を悟られないように意識しながら、リーンに向かって口を開きます。不自然にならないように、興味なさげな風を装って。


「魔王<ケイオス>はトーカさんに討たれて倒れました。なくなったデータはもう使えないんですよね?」

「ええ、その通りです。魔王<ケイオス>だけではなく、他にも何体かやられましたけどね。ええ、ええ」


 リーンの返答は笑顔だけど声に怒りがこもってました。かなり恨まれています。悪いとは思いませんが。トーカさんなら今が好機とばかりに嫌味を重ねたでしょう。


「つまり、クライン皇子の『魔王になりたい』願いはなくなったわけですね。トーカさんの活躍で」

「7割8割は神格化した貴方がアンジェラさんと一緒に魔王を閉じ込めたのが敗因と思いますが……その通りです。おかげで皇子様のアサギリ・トーカ憎しはさらに増してしまいました。もっとも、皇子本人は軟禁状態で何もできませんが」


 軟禁状態。私が闘技場でいろいろ糾弾し、他の貴族が動いたおかげで皇子の権限はほぼ剥奪できたと聞いています。皇族を断罪できないという国家の仕様上、離宮に軟禁するしかないのは仕方ない事です。


 ともあれ、もう魔王になることはできないのは事実。それさえわかれば問題はありません。魔王、と言えば気になることがあったので尋ねてみましょう。


「そもそもあなたたち悪魔にとって魔王<ケイオス>はどういう立ち位置だったんですか?」

「おや、どういうことです?」

「貴方達の生みの親である<ケイオス>の名を冠するぐらいですから『強い統治者でモンスターを一括管理したかった』という理由だけじゃないのでは?」

「……妙なところで聡いですね。シュトレインの入れ知恵ですか?

 確かにモンスター管理として魔王を生み出しました。そこに<ケイオス>の名前を入れたのは……感傷みたいなものですね。それも貴方達のおかげで無に帰しましたが」


 言ってため息をつくリーン。何かしらのこだわりはあったみたいですが、それを語るつもりはないようです。


「ともあれ、クライン皇子との関係でもう少し貴方達とお付き合いすることになりそうです。お仕事ついでに顔を出した次第ですよ」

「クライン皇子や貴方達にトーカさんがどうにかできるなんて思いません。諦めたほうがいいですよ、と忠告させていただきます」


 トーカさんは私が守りますから。その意思を込めてリーンと、そして今ここにいないクライン皇子に向けて言い放ちます。ええ、これだけは譲れませんとも。


「人間如きが生意気に……と言いたいですが、現状は連敗中ですからね。お手厳しい言葉と受け取らせてもらいますよ。

 事実、割に合いませんからね。貴方達との戦いは。仕事じゃなければスルーしたいぐらいです」


 予想に反して、リーンは私の言葉を素直に受け止めてくれました。


「割に合わない? それはトーカさんがステータスの影響を受けないからですか?」

「はい。お得意のやり方が通用しないうえに、操っても儲けが少ないからです。地位や名誉に興味があるわけでもない。物欲も大してない。あの方は欲がないにもほどがあります。

 そういえば成長が遅いのを多少は気にしているようですけど、些末事ですね」


 ――多少どころかかなり気にしているトーカさんのコンプレックス。そこを精神的に責めれたらそれなりに効果があるんじゃないかと思いますが、黙っておきます。


「さらに言えば社会的地位も高くないので、うまく操ってもできることは多くありません。費用対効果が悪いんです。魔王を倒した名声を利用して注目を受けるかと思いましたがそうでもありませんし」

「社交的とは言えない性格ですからね。自分が楽しければいいという感じです」

「その『私が彼女のことを一番理解しているんですよ』的な顔は隙ありそうなんですけど……貴方、アサギリ・トーカのことを『好き』『だから』『支配したい』とか思いません?」

「トーカさんは自由気ままだからいいんです」

「……隙ありませんねぇ」


 何かをあきらめたようにため息をつくリーン。……今、何かしようとしたのでしょうか? 皆目見当もつきませんけど。


「まあいいです。今日は顔見せですから。これで失礼しますね」

「再確認になりますが、この神格化騒動に関して貴方は関与してないんですね?」

「はい。関与してません。我が母にかけて、真実です」


 この時、この言葉をもう少し疑っていれば……あるいはアウタナの集落の騒動を知っていれば『悪魔は関与してないんですね?』と問い返せたでしょう。そうすれば、何か情報を得られたかもしれません。


 リーンは嘘を言っていない。だけど、真実を全部告げていない。この時それに気付けていれば――


「それでは。人間同士、醜く相争って疲弊してください」


 めまいに似た感覚にふらっとしたかと思うと、リーンは目の前から消えていました。初めから、そこに誰もいなかったかのように。私は付き添ってくれる三人の司祭に尋ねます。


「どうされました、コトネ様?」

「今、ギルガス神の修道女がいませんでしたか?」

「はて? そのようなものは見てませんが」

「そもそもここは司祭が使う部屋。司祭に選別された者以外が立ち入ることはありません」


 三人の司祭達はリーンがさっきまでここにいたことに気づいていませんでした。悪魔の力によるものでしょう。ステータスを操作する技法。それを利用すれば誰にも怪しまれずに接触ができる。


 恐ろしいですが、悪魔は人間に直接危害を加えられない。いきなり暗殺されるという事はないのが救いでしょう。逆に言えば、制限なしで悪魔が暴れれば為すすべはないことの証左でもあります。


「……トーカさんに報告したほうがよさそうですね」


 私はリーンとの会話を頭の中でまとめ上げて、アウタナに向かったトーカさんに連絡して――そこでトーカさんの戦いを知るのでした。

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