14:聖女は悪魔の問いに答える
「こんな人達のために傷つく必要が、貴方にはあるんですか?」
悪魔であるリーンの問いかけに、私は明確な答えを持ちませんでした。
「傷つこうとする人たちを救うのは、人として当然です」
――これは理由の一つです。ですが、リーンの質問の答えにはなっていません。
「それにしても限度があるでしょう。自分の仲間や知り合いがそうなろうとしているときに行動するのは理解できます。
私もテンマさんやアンジェラさんの事は時々鬱陶しくも思いますが、何かあれば協力します。ですが、貴方が救おうとするのはそれよりも他人。何の関係もない異邦の存在。自分と違った価値観を持ち、貴方を罵って傷つけようとさえする人です」
リーンが聞きたいのは、自分を否定する人まで救おうとする理由です。
先のロレンソ司祭との口論を思い出す。教義に忠実であった彼ですが、私を糾弾する際には間違いなく私を下に見ていました。肉体的に非力な私。まだ幼い私。言動の端々と態度から、それが見て取れます。
ロレンソ司祭は私を説き伏せるのではなく、威圧することで意見を下げさせようとしていました。怖かった、と言えば怖かったのでしょう。ですがそれでも真っ直ぐに返すことができたのは、トーカさんへの信頼です。任された以上、臆するつもりはありません。
ああいった人たちに責められることは、覚悟しています。それを受けてなお、正しい道を主張しなければ神格化を求める暴走は止まらないのでしょう。これからも傷つけられる可能性はあるのです。お前は間違っていると責められる可能性はあるのです。
「同じお母さまから生まれたものでさえ、道を分かれて相争います。思想の違い、大事な物の違い、価値観の違い。
きっと元のさやに戻ることはないでしょう」
リーンが語るのは<
「貴方がさっき説き伏せた司祭も、また貴方を説き伏せようとしています。己の正しさを示すために貴方を間違っていると責めるでしょう。貴方の正しさが証明されても、持論を曲げることなく」
悲しいですけど、リーンの言っていることは正しいです。人は自分が信じた正義を信じます。科学的正しさや道徳的正しさを無視するほどに、自分の正義を信じる人もいます。それが人間なのです。
「人間は愚かです。守る価値なんてありません。お母さまからの許可があれば、すぐに滅ぼしたいぐらいです」
それがリーンの人類に対する感想なのでしょう。愚かなる人間。その愚かな部分に魔物を仕込む悪魔。人の愚かさを知っているがゆえに、人類を無価値と断ずる悪魔。
「こんな人達のために傷つく必要が、貴方にはあるんですか?」
そして再度質問が繰り返されました。
「……あるのだと、信じたいです」
答えになっていない答え。
「リーン、貴方の言う通りです。ロレンソ司祭はまた私を糾弾するでしょう。今度は真正面からの説得ではないかもしれません。からめ手や、卑劣な手段を使うかもしれません。
今講堂にきていない聖職者もいるでしょう。そう言った人たちは、論法以外の方法で自分の正しさを証明するかもしれません。暴力で、策略で、決して誇れない方法を取るかもしれません」
それは予想していることだ。トーカさんも口には出していないけど、その可能性があることを悟っているはずです。皆が聖人君子ばかりなら、そもそもこんな争いは起きないのです。
「それでも、人には未来があります。今は難しくとも、時間をかければ解決する可能性があります。
その可能性を閉じるわけにはいかないんです」
「貴方達の世界がどうかはわかりませんが、こちらの世界では1000年経っても人類の本質は変わりませんでしたよ。魔に怯え、助かるために他人を犠牲にして、そして魔王<ケイオス>が討たれたら我こそが神になると大騒動。それでも未来があると?」
「はい。未来は、今生きている人が繋いでいくものです。今できる最大限の事をすれば未来は良くなるのだと信じるしかないんです。今生きている人が未来をあきらめれば、そこで終わってしまうんです」
トーカさんなら『知らないわよそんなの。アタシはアタシがやりたいことやるの。未来は未来のアタシが頑張るわ』とか言いかねません。それはそれで一つの答えなのでしょう。
「曖昧ですね。そんな不確かな希望で傷ついていくんですか、貴方は?」
「……正直、不安はあります」
未来なんてわかりません。明日いきなり死んでしまうかもしれませんし、なぜかロレンソ司祭が涙を浮かべて考えを改めたと首を垂れるかもしれません。トーカさんが品性方向で礼儀正しい淑女に……はならないでしょうけど。
「それでも今日を生きたから明日があるんです。明日を良くしようと、それぞれの役割を果たして生きていくんです。不確かで、曖昧で、そんな未来なのかもしれませんけど。それでもヒトは頑張るんです。
それが生きていくという事なんです」
未来が常に希望に満ちているなんて思えなくても。未来が今日よりよくあるなんてわからなくても。それでも生きていくしかないのでしょう。報酬もなく、ただがむしゃらに。
「――理解できませんね。100年程度で消えるつまらない命が、未来を紡ぐために生きる? 消えてなくなればすべて終わるのに」
永遠ともいえる寿命を持つ悪魔からすれば、到底理解できない事でしょう。次世代を産み、それを託す。次世代の為に世界をよくあろうとする。その価値観は消えゆく命だからこその発想なのですから。
「お答えにならなくて申し訳ありません。不勉強を恥じるばかりです」
「そうですね。ですが他の方々と違う答えで面白くはありました。多くの方々は我が子に残すモノとして金や地位と言ったモノでしたからね。もっと欲深い方は不老不死を求めましたし」
「……それは」
財や地位を求めた人間の行き着く先は、永遠の若さと命。ありきたりな物語なのでしょうが、死が終わりである以上は誰もが求めるものなのでしょう。
「クライン皇子もその一人でしたよ」
クライン皇子。その名前を聞いて、私は唇をぎゅっと紡ぎます。彼にされたことを思い出し、何かを叫ぼうとする衝動を抑え込むようにこぶしを握り締めました。
「そう、ですか」
「警戒しなくてもいいですよ。彼はもうあなたに興味はありません。恥をかかされたアサギリ・トーカに向いています。いろいろ恨みが溜まっているようで、今日も八つ当たりされましたよ。
『遊び人如きクズジョブを捕まえられないなどありえない』『小娘一人をなぶれない無能共』『生意気なガキを早くつれてこい。私が身の程をわからせてやる』……まったく、そこまで言うなら自分でやってくださいって感じです」
大仰に肩をすくめるリーン。ですが悲壮さは伝わってきません。ワガママを言う子供に迷惑している、程度の感覚なのでしょうか?
「……国のトップが悪魔と繋がっているというのは、人間からすれば大問題とおもうのですけど」
「よくあることですよ。もっとも、国のトップは精神的にも社会的にもガードが堅いのでなかなか隙は見せてくれませんが。ですがクライン皇子は野心的でしたからあっさりつけ入れました。
政治から離されてしまって、その願いが次代の魔王から自分を蹴落としたアサギリ・トーカへの復讐に傾倒したのが残念ですが――」
「ま、待ってください。今、なんて言いました?」
リーンの言葉にストップをかけます。
「願いの割合がアサギリ・トーカさんへの復讐に偏ったことですか? 生きたまま捕らえてぐちゃぐちゃに泣くまで拷問にかけて心身ともに彼女を屈服させたいそうで。復讐欲と支配欲が強くて――」
「それはそれで聞き捨てなりませんけど、その前です。復讐の前の願いです」
トーカさんに手を出そうとかさすがに許せませんけど、今はそこじゃありません。その前。クライン皇子がトーカさんに蹴られる前に何を目指していたか、です。
「はあ。魔王<ケイオス>を倒した後に自分が魔王になって世界を支配したい、ですか?」
今更どうでもいい、とばかりにリーンはつまらなそうに私の質問に答えました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます