13:メスガキはメイスおててと戦う
<フルムーンケイオス>にはハンド系のモンスターというのがいる。通称は『おてて』。その名の通り、地面から腕が生えたようなヤツね。マッドハンド、シャドウハンド、ブラッドハンドときて最上級が魔人の手って感じ。
「おおおおおおおおお!」
特徴としては殴ってくるのと掴んで麻痺させる。そんでもんで手招きして仲間を呼ぶと言った感じ。範囲攻撃さえできれば退治は余裕だし、カウンター系キャラが50匹のおててを一気に退治する動画とかは結構バエる感じだった。
「この力、このパワー、この筋肉! 我が肉体は極限に至った! さあ、我がパワーにひれ伏すがいい! この筋肉の美しさに畏怖するがいい! 神は我が腕に降臨せりぃぃぃぃぃぃ!」
要するに、きちんと対策すればそんなに強くない系の魔物よ。そう、このよくわかんない奴も――
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名前:
種族:魔武器
Lv:1
HP:589
解説:蛮勇なる破壊をもたらす黒き槌。黒き信仰を受けて神の光は反転する。
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「う、っわ……」
そう思っていた時期がアタシにもありました。なんなのよ、これ。
先ず種族がわけわかんない。魔武器って何よ? 武器って装備品じゃないの? それが種族って何なのよ? レベルも1のくせにHP3桁。見た感じは固くなさそうだけど、アタシの身長を超えるぐらいのメイスは当たると痛そう。
そして何よりも――
「この夜中のノリで考えたネーミングセンス……アンジェラとか言う厨二悪魔の仕業?」
「そこは俺も不満だが仕方ない」
アタシの呟きに、ため息をつきそうな感じで男悪魔の声が返ってきた。……えーと、テンマだっけ?
「ネーミングセンスはともかく、アンジェラの物作り技術は一品だ。それに加えて俺の天才的な改造技術。素体も人間にしては強い精神力と動機を持っている。それがリーズハルグに身を捧げたいというのは些か不満だが……まあいい。
このフィアレス……魔物を簡単に倒せると思うなよ」
途中で名前を言い淀んだのは覚えられないのか言うのが恥ずかしかったのか。どっちにせよアタシもこんな長ったらしい名前を覚える気はないわ。メイスおててで十分よ。
「見るからに物理攻撃っぽいから、オジサン盾役お願いね。アンタの速度メインで攻めていくから気合い入れなさいよ」
「こ、れは……!」
「ダーは、怖く、ナンカ……」
指示するアタシの声に帰ってきたのは怯えの声。さっきまで一緒に戦っていた四男オジサンや斧戦士ちゃんまでが震えていた。膝をつかないだけましだけど、明らかに腰が引いている。そう言うバステ……を受けたようには見えない。
「な、なんだあの魔物は……!」
「ロレンソ騎士団長が魔物に変化した!? どういう事なんだ……」
「あああああ、もうおしまいだぁ……!」
見れば四男オジサンが投げ飛ばした聖騎士達もそんな声をあげている。あれがメイス騎士だっていうのは声で分かるけど、あれがああなって恐怖で混乱してる。パニックを起こしてるのに、逃げる気配もない。
「やはり貴様には効かないか、アサギリ・トーカ。厄介だな」
聞こえてくるのは未だに姿を見せない男悪魔の声。
アタシに効かない。悪魔が悔しがるその言葉。それはつまり――
「ステータスに干渉したってこと?」
この世界の人間ならだれもが持っている『ステータス』。神や悪魔はそれに干渉できる。それを使って、この状況を作ったのだ。確かにアタシにそれは効かないけど、
「だが貴様だけならこの一体だけで一捻りできそうだな」
悪魔の声に煽られるようにアタシに迫るメイスおてて。ステータス干渉はバステとは違う。精神系バステを消す【パリピ!】を使ってもオジサンや斧戦士ちゃんが立ち直る様子はないわ。
「魔王を倒した英雄を倒し、我が筋肉の正しさを示すのだ! すべては筋肉で解決できる!」
「こっちくんなこっちくんなー!」
アタシは【早着替え】でシノビスーツに着替えた後に、【カワイイは正義!】を使って回避力をあげる。純粋物理で殴ってくるやつとか、やってらんないのよ。
「無様だな、人間。無様に逃げ回り、そして潰されろ。悪魔に勝てないと命乞いするなら、命だけは助けてやってもいいぞ。命だけはな」
「そしたら変な魔物とぐちょぐちょに融合させられるんでしょ。そんな薄い本案件はまっぴらごめんよ!」
逃げるアタシの耳に聞こえる5流悪魔の声。こいつの性格がいやらしいことなんて知ってるんだから。そんなのやーよ。
「薄い本はよくわからんが、自分の未来は理解できているようだな。ここで死ぬか、或いは俺の為に素材になるかだ」
言いたい放題言ってくれる5流悪魔。ムカつくけどこのままだと本当にそうなりかねない。
メイスおててにアタシができることは、ない。攻撃は思いっきり殴ってくるだけなんだけど、遊び人のスペック的にそれが一番どうしようもない。
属性攻撃なら服の属性防御で無効化できる。HPが減れば減るほど増加する辰砂を用いての攻撃もHPをうまく調整できないならギャンブルだ。魔王を倒した<死毒>も元が聖騎士なら癒す術ぐらいは使ってくるだろう。
「逃げるしか能がないか、遊び人!
然り然り、圧倒的なパワーを前にできることはただそれだけだ! 逃げ惑え! 無能を示せ! そして力に屈するのだ! 神を宿した神格者こそが、真に世界を導く存在と知れ!」
メイスを振るいながら、メイスおてての声が響く。だからどこから声出してるのよ、こいつは。
「あー、もう。神がどうとか言ってるけど、アンタが振るってんの悪魔の力じゃないの」
「戯言を。この力は人知を超えしモノ。それが神以外の何だというのだ。つまらぬ嫉妬で嘘を重ねるなど、その罪は重いぞ!」
「聞く耳持たないわね。これだからシューキョーカ――は、ぐっ!」
攻撃をよけ損ね、メイスに払われるように吹き飛ばされる。頭が真っ白になり、気が付くと地面に転がってた。レベルアップしてHPが上がったから立てるけど、もう一撃食らうとヤバイ。回復のためにお菓子を食べようとして、目の前にメイスおててが迫ってることに気づく。
「軽いな、英雄。卑劣な手段で魔王を倒したというのは事実のようだ。貧弱貧弱貧弱ぅ!」
「誰の胸が貧しいって!?」
「胸筋を鍛えよ。腕立て伏せと重量挙げ。日々の鍛錬が明日を創るのだ!」
「そんなのアタシが可愛くなくなるじゃない。お断りよ」
「ならば我が信仰の礎となるがいい。力なき者は不要。筋肉こそ正義なのだと」
言って振り上げられるメイス。お菓子を食べて回復している余裕は、ない。
実の所、逃げることはできる。『旅の追憶』を使えば移動は可能だ。パーティを組んでるオジサンと逃げて、いったん仕切り直すのが良策だ。
だけどそれだと斧戦士ちゃんは逃げられない。集落の人達もこの後どうなるか分からない。この筋肉至高なおててが、この力に満足してこのまま大人しく帰るとも思えない。
山を守る集落の人達。斧戦士ちゃんの家族達。この人たちが自分を大事にしてメイスおててを通すとは思えない。勝てなくとも最後の最後まで戦って、みんな死んじゃう。逃げればいいのに、絶対にこの人たちは逃げずに戦う。
あー、もう。アタシみたいに自分大事って割り切ればいいのに。ヤになっちゃうわ。
「アンタみたいな筋肉に屈してやる気はないわよ。鍛える以外になんもできないざこの分際でアタシを土下座させようとか、100年早いのよ。そーろー」
「そそそそそそ、ソーローちゃうわ!」
「えー、図星なの? もしかして筋肉以外はクズで役立たず? だから筋肉にこだわるの?」
「……よーし、そこを動くな。潰してやる」
アタシの言葉にガチギレするメイスおてて。マジ図星だったみたい。振り上げたメイスをアタシに向かって振り下ろし――
――あれ?
まるで動画の再生速度設定を触ったかのように、その動きがゆっくりになる。そしてメイスおててのステータスにわけわかんないものが見えた。
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名前:
種族:魔武器
Lv:1
HP:589
解説:蛮勇なる破壊をもたらす黒き槌。黒き信仰を受けて神の光は反転する。
アンカー
信仰:リーズハルグ 「なので」「戦を支配する」
目的:神を宿し、世界を守る 「なので」「力を示す」
劣等:己の肉体 「なので」「力が欲しい」
契約:「戦を支配する」「力を示す」「力が欲しい」
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……何、これ?
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