12:聖女は悪魔に質問される
悪魔リーン。
かつてチャルストーンではルークさんを『暗黒騎士』にして、ラクアンでは『ナタ』を用いて人間社会を混乱に堕とそうとした悪魔。
その性格は冷静。或いは知的ともいえるでしょう。人間心理に長け、悪魔の性質上表に出ることはありませんが、裏方で活動するのに適しています。きっと私の知らない所でもいろいろしているはずです。
そんな性格の悪魔が、わざわざ私の前に顔を出してきたのです。警戒するのも当然でしょう。
「私は公平たる天秤神に仕えし修道女。神と融合した聖女様にお話を聞きたく足を運んだ次第――という、設定です」
「せ、設定? いいえ、そんな事よりも――!」
「ああ、騒いでも無駄ですよ。デミナルト空間を部分使用して、私たちを時間軸から切り離しています。私達以外は時間が止まっていると思ってください」
リーンは言ってほほ笑む。見れば私とリーン以外は動きを止めていました。動画の一時停止をしたみたいな感じです。人に触れようとしても画面の向こう側にあるみたいに触れることはできません。
デミナルト空間。神格化した際にショトレイン様が使用した能力です。この世界とは別の空間を作る能力。この世界を俯瞰するための世界。神や悪魔が使うことができる空間作製。逆に言えば、人間には作れないモノです。
「どういうことです? 私を拉致したいんですか?」
「いえいえ。本当にお話をしたいだけなんです。魔王<ケイオス>を倒したアサギリ・トーカではなく、荒れる宗教界隈を治めようとするあなたに」
「私と話を? 心の隙間に入り込んで、魔物化させようというのですか?」
「それができれば面白んでしょうけど、貴方は隙がありませんから」
はあ、とため息をつくリーン。攻撃的な意図は見られません。ですが、油断はできないでしょう。
「話をしたいだけですか? あいにくですが共通の話題はないと思います。少なくとも、私は話すことは何もないです」
「いえいえあるじゃないですか。せっかくシスターコスプレしてきたんですから、神様の話をしません?」
「…………」
最大限の警戒心を表に出して、無言でリーンを見ます。
神と悪魔は人類の存亡をかけて、相対しています。そこに妥協の道はなく、悪魔が勝てば人類は滅びる。少なくとも、悪魔側が人類に持ちかける会話としてはこの上なく不釣り合いです。あとわざわざ神を信仰する姿になるのも。
「まあ、お気持ちはわかります。ギルガスは両性具有の少年趣味ですからね。もし貴方やアサギリ・トーカが男性でしたら、間違いなく体を奪われてましたよ。あるいはデミナルト空間に拉致されてました」
……そう言えば、アウタナの頂上でギルガス神に憑依された時に拒否されたのは、そう言う理由なのでしょうか? いやいやまさか……。
「そんなギルガスに仕えるので、若くて頑張る子を誘惑したくなるイケないシスターなんです。設定としてはいい感じじゃありません?」
「貴方の趣味が悪いことは理解しました。それを言いたいためにこんなことをしたんですか?」
「神も悪魔も同じ力を持っているワガママだってことですよ。違いは人類の味方か敵か、です」
リーンの声質が変わりました。ふざけた口調から、こちらを突き刺すような鋭さを持ったトゲに。ここからが本題だと告げるように。
「それは大きな違いだと思います」
「少なくとも、貴方達みたいに他の世界から来た方々には無縁です」
「そう割り切れないのが人間なんです」
「アサギリ・トーカさんはドライに割り切りそうですけど?」
「逆です。トーカさんは絶対に助けを拒みません」
絶対の自信をもってリーンの言葉に応える私。トーカさんはなんだかんだと言って助けを乞う手を拒みません。素直に手を伸ばさないだけで、悪態をつくだけで。
「撤退の意志はありませんか。それは今こうしてこの世界の宗教論争に首を突っ込んでいる時点で察してますが」
大仰にため息をつくリーン。ですが声に悲観的な感情は見られません。予想通りだった、という残念な感情でしょうか?
「そうですね。少なくとも悪魔がかかわっていると分かった以上は退くつもりはありません。貴方の企みは打ち砕いて――」
「その誤解は解いておきましょう。この件に関して、私は関与していません」
「え?」
決意表明をする私に、手を振って否定するリーン。
リーンは人の心を惑わすのに長けています。その手腕は国を揺るがすほどです。人間の欲望を刺激し、それに適した魔物を与える。『契約』により魔物になったものの強さは、身をもって知っています。
今回の騒動も、リーンが裏で糸を引いているのかという懸念はありました。今こうして顔を出したのがその証左、と思っていたのですが……。
「本当ですよ。試みはしましたが、うまく行かなかったというのが事実です。
『ステータス』を操作するには本人の同意が必要なのですが、それは欲望や願望と言ったその人間のやりたいことを刺激する必要があります。それが強ければ強いほど、高レベルのモンスターと同化できると言った感じですね」
腕を組んで、リーンが説明を続けます。悪魔の『契約』やステータス操作の事はまるで知らないし、悪魔側からすれば重要な情報。それを聞き逃すまいとします。
「ですが神に仕える人達の願望は『いい立場になりたい』か『神の教えを実践したい』の二種類。前者はより神の為に頑張ったかを示すことで、後者は神の伝達した言葉を実践すること。
分かりますか。自分の大っ嫌いな奴のために頑張れとかそいつの教えをヨイショしないといけない気持ちが。自分でも面白くないと思いながらやるんですから、効果なんか出る訳ありませんよ」
……ええと、つまり?
「貴方の中で『この教えはありえないだろう』等という思いがあったから、ステータス操作はうまく行かなかった……という事ですか?」
「理想の身長体重がどうとか言う人とか、良く分からないオタク武器に傾倒する人とか、胸の大きさに一喜一憂する人とか、ヒキません?」
「それは……ノーコメントです」
言葉を濁す私。誰の事を指しているのか会えて言及しませんが、そう言う司祭とはあまり話したくないという気持ちは理解できます。結果としてリーンに操られなくてよかった、と思いましょう。
「そう言う思いが8割ぐらいだったのですが、操らなくてもここまで踊ってくれてますからね。やる必要がなかったと思います。やはり人類は愚かですよ」
逆に言えば、リーンが手を出すまでもなく神格化による影響はここまで大きくなったのです。
「再度確認しますが、愚かな人たちなんか見捨てません?
貴方は神と融合して魔王を倒した英雄として賞賛される立場です。その立場を享受すれば死ぬまで安定した生活ができますよ。それが嫌なら私からお母さまに進言して元の世界に返してあげることもできますけど」
「再度の返事になりますが、お断りです」
「人類はそこまで馬鹿じゃない、なんていうクチですか? こうして醜く争っているというのに」
「……いいえ、人類の醜さに関しては否定しようがありません」
リーンの挑発を認めるように、私は首を横に振ります。
悲しいですけど、悪魔が手を出すまでもなく争い続けるのが人間のサガです。『神の為に善くあろう』と思いながら、そのために多くの人の生活を壊しかねない行動をします。
人類は醜く、争い続けるでしょう。平和を求めるがゆえに争い、安寧を求めるがゆえに奪う。醜い部分に蓋をして見ないようにして、虐げた存在の悲鳴を心地よい理想で聞かないふりをして。
そんなことは、まだ幼い私でさえわかります。
「ではなぜ? 何故そんな愚かで罪深い人類の味方をするんです?
ああ、これは『契約』ではありません。純粋な疑問です。貴方も、アサギリ・トーカも、なんで私達と争うんです?」
――きっと、リーンはこのことを聞きたくて私に接触したのでしょう。
「こんな人達のために傷つく必要が、貴方にはあるんですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます