8:聖女は狂信者と出会う
「私の名前は十六夜琴音。生命の母、ショトレインと神格化を為した者です」
聖堂に集まった人たちに向けて、私は挨拶をします。
ここはオルスト皇国にある神殿。私達英雄が召喚された場所です。ギルガス神、リーズハルグ神、シュトレイン神の三柱を祭る皇国最大の規模を持つ神殿。このオルスト皇国に住む三柱信仰者は誰もがここを訪れたことがある場所です。
ビュットナー司祭、ブランザ司祭、ザンブロッタ司祭の三司祭の働きで集められた方々。神格化の話を聞くことができると聞き、多くの人達が集いました。それだけ興味深い事なのでしょう。
「先ずは皆さまに感謝を。皆様を始めとした世界中の方々が尽力為されたおかげで今の平穏があります。魔王<ケイオス>を倒すまで皆様が住む場所を守り通せたのは、ひとえにその努力の結果です。
先ずは平和のために散った者達へ、
言って黙祷を捧げます。混乱と興奮を抑えるための措置でもありますが、お亡くなりになった方々への感謝の気持ちがあるのも事実です。心の中で30を数え、そして目を開けます。
場は静まり返り、静謐に満たされました。多くの信者たちが私を見ています。緊張で喉が渇き、呼吸も上手くできない。落ち着いて深呼吸をして、気持ちを静めます。
『アンタ、我慢できなくなったら逃げてもいいからね』
トーカさんの心配するような言葉を思い出します。はい、大丈夫。逃げかえる場所、戻る場所があるから私は頑張れるんです。神格化して戻れない状態じゃない。そう思うだけで、気持ちが落ち着きました。
「多くの方々は神と一体化した秘術を知り、そしてその方法を模索していることでしょう。失われた伝承が実在したと知り、その解明に勤しんでいるでしょう。
挑戦は人類が発展する際に大事なこと。犠牲なくして発展はなく、失敗を恐れては未来はありません。そのあくなき探求心こそ、人間を発展させる一歩なのだということは言うまでもありません」
背後の三司祭が動揺するのを背中越しに感じます。
私がやらなくてはいけないのは、神格化の解明のために発生する犠牲をなくすこと。その解明の際に発生する犠牲を肯定する発言をするのは、目的に反することではないか? そんな動揺です。
ですが、これは大事なこと。彼らを頭ごなしに否定してはいけません。実力と権力で抑え込んでも、根本的な解決にはなりません。目の届かない所で同じことを行うのですから。
「ですが当てもなく手を尽くすのは正しいやり方ではありません。海を渡るのに羅針盤や六分儀が必要なように、闇を歩くのに明かりが必要なように、適切な方向を示すものが必要なはずです」
挑戦を否定せず、受け入れる。その上で、正しい道を示す。大事なのは相手を否定することではなく、相手と共に歩むための道を提示することなのです。
「私はシュトレイン様と神格化しました。止む無き事情でそれは解除しましたが、その際に必要な事項を知りました。
私は皆さまにそれを伝えようと思います」
「おお……!」
「何という……」
「これで人類は救われる!」
私の言葉に、多くの人間が喜びの声をあげます。侵攻してくるモンスターに対する守り。そしてモンスターを討ち滅ぼす剣ができたのだという安堵の声。
多くの人間はそう思ったでしょう。これでもう怯えることはない。人間は救われたのだと。
ですが、
「お待ちください、聖女様!」
大声が聖堂に響き渡りました。後ろの司祭様と同列の方でしょう。高級なローブを着た人です。
「控えよ、ロレンソ司祭。魔王<ケイオス>と戦った聖女コトネ様の御前なるぞ」
「いいえ、ここで言葉を止めるわけにはいきませぬ!」
ビュットナー司祭の言葉を跳ねのけるように異を挟むロレンソ司祭。
「ナルシソ・ロレンソ。我がリーズハルグ神の司祭です」
「辛き苦行に耐えてこそ、神は降臨するのだという信徒を統括する者です」
ブランザ司祭とザンブロッタ司祭がそう教えてくれました。
「先の話もありましたが、聖女様は神格者として魔王<ケイオス>を押さえていましたが、最終的には神格化を解除されたと聞いております! これは事実ですか?」
「はい、事実です」
私はシュトレイン様との融合を解除しました。それはトーカさんと一緒にいたいという思いからで、シュトレイン様も同意されたことです。むしろ神格化を無理強いする形になって申し訳ないとまで言われました。
「さらに言えば、魔王討伐を為したのは神格者であった貴方ではなく、一介の遊び人だとか。つまり貴方は神格者として魔の王を押しとどめただけに過ぎない!」
「はい、それも事実です」
ロレンソ司祭の言葉にうなずく私。魔王を倒したのはトーカさんです。私は魔王の傍らにいたアンジェラを封じる形で動いていました。その戦いは力と力のバランスの取り合い。将棋やオセロのような、交互に行うせめぎ合いでした。一秒ごとに一手ごとに変化する世界を盤面とした戦い。
「つまり! 貴方は神格者を名乗るには不十分なのではないですか!」
ロレンソ司祭は王手を突きつけた、とばかりに私を指さします。申し合わせたように、講堂のいたるところからざわめきが起きます。
「確かにあのような幼い身では……」
「魔物と戦うにはいささか華奢すぎる」
「鍛えぬいた肉体を持たぬ子供では荷が重かったという事か」
おおよそ、そう言うざわめきです。複数のサクラを置いていたのでしょう。そしてそのざわめきは少しずつ大きな波紋となっていきます。それを波ととらえたのか、ロレンソ司祭は言葉を重ねました。
「剣と戦の神、リーズハルグ神は『常に切磋琢磨あれ』と言う言葉を残しております。つまり! 肉体を鍛え上げた猛者こそが神を宿すにふさわしいという事なのです! 幾十年の鍛錬、幾十年の戦歴、幾十年の苦行! これこそが神を宿す肉体にふさわしいのです!」
私は視線だけを同じリーズハルグ神を信仰するブランザ司祭に向けます。沈痛な表情。それがその教義自体は存在することを示していました。悪意を持って神の教義を曲解したのではなく、神を信じるがゆえに歪んだ正解にたどり着いたようです。
「不敬だぞ、ロレンソ司祭! 確かに魔王<ケイオス>を倒したのは聖女コトネではない。しかし彼女の尽力なくしては多くの人間が魔王に蹂躙されていたかもしれないというのに!」
「聖女コトネが魔王を押しとどめてなければ、皇国を始めとして多くの国が滅んでいたかもしれないのだぞ!」
「我々は聖女コトネの献身に感謝こそすれ、彼女を役者不足だと非難するいわれはない!」
司祭達が反論しますが、場はすでにロレンソ司祭を始めとする『肉体を鍛えることこそが神格者たりうる』一派の流れです。
――ちなみに、悪魔の事は誰にも話していません。ヤーシャでもそうでしたが、ステータスをコントロールできる存在を公開できないからです。全人類がステータスの恩恵を受けている以上、悪魔の存在は危険すぎます。
「ですが、事実として現在聖女コトネは神格者ではない。一度は神格化を為したかもしれないが、肉体的に未熟であるために解除されたと考えることもできませんか?」
自分に向いている風を逃すまいと私を糾弾するロレンソ司祭。
私はその問いかけに、
「はい。そう考えてもらって構いません」
静かに、だけど胸を張って肯定しました。
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