6:聖女とメスガキはきちんと別れる

 そして時系列は今に戻ります。


『アサギリ・トーカさん。貴方をこの聖女パーティから追放します!』


『決まってます。貴方のジョブが遊び人だからです。聖女と呼ばれる私と共に歩むには、ふさわしくありません。

 スキルも【遊ぶ】とか【笑う】とか戦いの役に立たないモノばかり。そんなあなたは足手まといなのです。だからあなたはこのパーティにはいらないのです!』


 ……と、よくわからない原稿を読まされて、その後で不慣れな手付きでパーティから『パーティから外す』を選択します。トーカさんを足手まといとか、全然納得できないんですけど。


「せっかくパーティ解散するんだから、やってみたかったのよ」


 パーティ解散に関しては、致し方ない部分があります。トーカさんに助けられてからずっと続けてきたパーティ。愛着があるんですが、これを解散しないといけない理由が2つ出てきました。


 1つ目は他の聖職者達が納得しないことです。トーカさんは信仰心がない、というよりは神をフレンドリーに見ています。シュトレインさんと一緒に旅をして、少し気安くなったでしょう。


「ったく、あのかみちゃまのおかげで面倒ごとばっかりね」


 悪し様に言いながらも、そこにはトーカさんならではの優しさがあります。それを理解できる人は少ないですが。


「それは違う。神は試練を与えたのだ。安寧だけでは人は成長しない。適度な試練こそが適切な身長体重をはぐくむ。これすなわち、正しい肉体維持のために神が与えたもうたことなのだ」

「武具とは戦うためにある物。平和を守るためにある武具の恩恵を忘れぬためにも、切磋琢磨は必須。努々忘れることなかれ、平和とは戦う者の上に成り立つこと。そのためにも武具は必要なのだ」

「適度な安寧は適度な試練があるからこそ貴ばれる。ただおっぱいに癒されるだけでは人は停滞する。包容力を高めるためにも、包容力を感じるためにも神の試練は必要なのだ。おっぱいこそがすべてを包み込む。それを紳士、人は試練に向かうのです」

「うっさいだまれ変態司祭」


 ちなみにこれは本気で嫌がってます。まあその……私も少しばかりこの三人の司祭は教義に傾倒しすぎているというか、過度の解釈違いがあるというか。そう言う気がするのは否めませんが。


 ともあれ、私の役割が神格者になろうとするために理外の行動をとる人たちの説得である以上、トーカさんを連れていくのはマイナスになりかねません。トーカさんは口が悪いけど現実を突きつける人です。正論で押し切る説得は、自分が正しいと思ってる人には反発されますから。


 そして2つ目は、トーカさんが魔王を倒した時に得た『旅の追憶』です。町から町への移動が可能な凄いものですが、パーティ全員を移動させるという効果です。つまり、パーティを組んだままだと私も一緒に移動することになります。


『私もアウタナに行きたかったんですけど』

『じゃあ来る? 移動は一瞬だけど』

『さすがにそう言うわけにもいきません。アウタナにはずっと誰かいたほうがいいでしょうし、説得も急務です』


 パーティ全員を瞬間で指定した場所に移動できるのですが、私とトーカさん二人一緒に移動するのが難点になります。襲撃されそうになっているアウタナの集落には常時誰かがいたほうがいいですし、説得も予測通りに行くとも限りません。二人が一緒に行動するメリットよりもデメリットが勝ります。


「ま、しょーがないわよね」


 言って肩をすくめるトーカさん。


 少し前、どうしようもない事情でトーカさんと別れることになった時にトーカさんはわんわん泣いていたと聞きました。正直、私も心が凍るような思いでした。あんな形で別れるなんて。もう二度と会えないなんて。でも、仕方なかった。


「トーカさんが弱いとか役立たずとかいらないとか、欠片も思ったことありませんよ。まったく、酷いこと言わせるんですから……」


 なのでこのお芝居に関して、ちょっと怒りを込めてトーカさんを攻めてみます。トーカさんだって私と別れて泣いてたくせに。酷いこと言わせるんですから。私がトーカさんと別れたいなんて言うわけないじゃないですか、もう。


「そもそも今回の件だってあまり納得してないんですから。仕方ないとはいえ、トーカさんと別れて行動するとか不本意です」


 これぐらいのワガママは言ってもいいはずです。事実、納得はしていません。でも私のワガママでいろいろ犠牲が増えるのはやっぱり困ります。私がそれを止められるのなら、仕方ないんです。


「だったらこんなの無視したらいいじゃない。アンタがかみちゃまと一緒になったんは不本意な事故みたいなもんだし、そもそも勝手に勘違いして暴走してるのはそいつらの勝手じゃない。そんなのに付き合う必要ないわ」

「そうもいきません。知ってしまった以上はどうにかする必要があります」

「真面目ねー。アタシなら勝手にやってろ、って鼻で笑うわ」

「その勝手にやった結果がアウタナ集落への飛び火なんですよ? それも鼻で笑います?」

「……あー、まあ。鬱陶しいわね」


 トーカさんは他人とあまり関わったくないように見えて、自分の知り合った人間が迷惑をこうむりそうになると私以上に頑張って何とかしようとします。ええ、良く知っています。


 皇子に操られた状態の私を、ただ知り合っただけの私を身を挺して助けてくれたんですから。


 だからトーカさんは口ではあんなことを言いながらも、基本的には他人を守るために動いてくれます。いろいろ素直じゃなくて口が悪いからそれが他人に理解されないのですが。


「しょーがないわね。何とかしてあげるわ」

「はい。集落の方はよろしくお願いします」


 トーカさんがどうにかすると言ったのだから、集落の方は安全だ。だから私は安心して説得の方に回ることができる。


 魔王が襲撃してきたときは、こんなやり取りもできなかった。ただ、別れることだけを強要された。だから悲しかった。


 だけど、今回は違います。きちんと話ができて、背中を任せる形で別れることができる。パーティという絆はなくても、きちんとつながっているのを感じることができる。また会えると、根拠はないけど確信できる。


 だから、安心できる。泣くことなく、別れられる。


 そうそう。別れる前に、言わなくてはいけないことがありました。


「私がいないくても規則正しい生活を心がけてくださいね」

「はいはい」

「朝はきちん7時に起きて顔を洗ってくださいね」

「分かってるわよ」

「朝ご飯はよく噛んで食べてくださいね」

「はいはい」

「歯磨きは食後すぐに」

「大丈夫だって」

「日々の生活はアビリティに頼らずにしてくださいね」

「あー、うん」

「食事はできるだけ決まった周期で。お風呂は体を洗ってから。あと就寝は――」

「だああああ! もうわかったから!」


 まだまだ言いたいことはあったんですが、叫ぶトーカさんに遮られました。これでもかなり端折ったんですけど。


「ご安心を、コトネ様。吾輩もアウタナに同行いたしますので」


 挙手するのはヘルトリングさんです。トーカさんも驚きの表情を浮かべています。


「え? オジサンくるの?」

「聞けば騎士を想起させるものがいると聞きました。おそらく聖堂騎士でしょうが、皇国に籍を持つ騎士が皇国領外で武力を振るっているのなら大問題です。他国からは侵略行為と受け取られるかもしれません。

 真意を確かめ、諫める必要があります」


 騎士は国の武力。それが他国で武力行為を行うならそれは国が武力侵略を行っているに等しい。たとえ教会所属の騎士とはいえ、皇国の騎士であるなら同じこと。そう言った政治的な問題です。


「皇国の騎士だという情報はまだありませんよ?」

「仮に他国の騎士だとしても、愚行には変わりません。放置するわけにもいきませぬ」

「ま、その辺の政治的な部分はどうでもいいわ。じゃあオジサンとアタシがアウタナに行くってことで」


 こうして、私はトーカさんと別れて行動することになりました。


「そんじゃ、行ってくるわ。連絡はフレンドチャットでするから」

「はい。ではまた」


 ――短いけど、また会えるというやりとり。その幸せを噛みしめつつ。 

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