7:メスガキは赤ちゃんの言うことを聞く
「おかえりなさいませ皆様。時計塔大橋に挑んだとお聞きしましたがよくぞ生きて帰られました。多くの方がかの塔に挑みかえってこない中、皆様の帰還はまさに奇跡的。全ブラウニーがこのことに驚きを隠せません。祝いのティーパーティを――おや、その赤子は? まさかまさかご出産とは! これはブラウニー一同でお祝いせねば」
「あ、ごめん。そう言うのじゃないから」
教会に戻ったアタシ達はブラウニーから喜びの声を受けると同時に抱いている赤子に興味津々の視線を向けられた。そりゃそうだろう。危険なダンジョンに挑んだと思ったら、赤ちゃん抱いて帰ってくるんだから。
ブラウニーと出会うたびにそんな感じで、どうにか部屋に戻った時には二倍疲れた。一息ついた後で、赤子に向きなおる。
「なんなのよ、この子?」
おねーさんが抱いている赤ちゃんを見ながら、アタシはため息をついた。青悪魔を倒したら赤ちゃんをドロップした。アタシも何を言っているのかさっぱりだ。
「その……ゲームとかでこう言うことがあったというのは」
「ないわよ。赤ちゃんがアイテムとかどんなゲームよ」
当然だけど<フルムーンケイオス>でブルーバロンを倒した時に赤ちゃんが手に入る、なんてことはなかった。当然、赤ちゃんなんてアイテムもあるはずがない。
「もしかして、ドグナデヴィアの子供……死にゆく自分の代わりに育ててほしいということか! 倒した相手を信じて子を託すとはなんという……」
「ないわよ。全然あの青悪魔と似てないじゃない」
勝手に事情を想像して、感涙する天騎士おにーさん。思わず素で突っ込むアタシ。赤ちゃんはどう見ても普通の人間で、悪魔に似ても似つかない。肌だって普通の肌だし。少し白っぽいけど、少なくとも青くはない。
それとは別に、ちょっとした疑問もあった。
「ところでおねーさん普通に赤ちゃん抱いてるんだけど大丈夫なの? 鼻血出したりしない?」
慣れた手つきで子供をあやしているおねーさんを見て、ちょっと疑問に思うアタシ。いつもなら小さい子を前にして奇声を上げてそうなんだけど、そんな様子はない。
「はい。ベビーシッターの経験がありますので」
「いやその、ちっちゃい子だからいつもみたいに悶えそうって思ったんだけど」
「赤ちゃんと幼い子は違います。少年少女はまだ真っ白で無限の可能性を秘めた可愛い愛でるべき対象で、赤ちゃんとは違うんです」
「違うんだ」
当然です、と言う顔をするおねーさん。よくわかんないけど、そういうモノらしい。
「赤ちゃん、ちがうんでちよー。かみちゃまでちー」
赤ちゃんの口が動いて、舌足らずに言葉をしゃべる。『かみちゃま』……ここに戻ってくるまでも、そんなことをずっと言っていた。
「どう見てもアンタ赤ちゃんじゃない」
「みためはそうでちー。でもちがうんでちよー。かみちゃまでち」
アタシの言葉に、でちでち言う赤ちゃん。かみちゃま? かみさまってこと? ないわー。赤子の妄言としかうけとれないわー。
「大きさ的に生後1年経ってない赤ちゃんと同じですけど、普通その段階では喋りません。こちらの会話を理解している節さえあります。神かどうかはともかく、相応の知性はあるとみていいかと」
ねーよ、とか思ってたけど聖女ちゃんの言うことももっともだ。とりあえず会話ができるなら、情報を聞き出そう。
「じゃあ何なのよ、アンタ」
「あたちはかみちゃまでちー。
「だからかみちゃまのアンタが何であんなところにいたのよ?」
「話せば長いのでちが」
言って赤ちゃんは語り始める。
「あの双子の時計塔はかつてアルビオンにいた人間が神に近づこうとして作ったものでちー」
「あー、なんかあの青悪魔もそんなこと言ってたわね。天の梯子とか」
高い塔を使って神様に近づく。異世界でも、似たようなことはやってたのね。バベルの塔だっけ?
「はいでちー。だけどアルビオンは悪魔に滅ぼされ、ドグナデヴィアとベドゴサリアが双子塔を占拠したでち。そして人工聖地を守護するためにデーモンを展開したでち」
「べ、べド、ゴ……なんて?」
「ベドゴサリア。双子時計塔のもう片方を守護する赤き悪魔でち」
「ああ、赤悪魔ね」
『時計大橋跡』ダンジョンのもう一人のボスだ。青悪魔と双璧を為す赤悪魔。そんな名前だったんだ。
「あたちは聖者がアウタナの頂上に訪れたことを知って、もう一人の神と一緒に向かったんでち」
アウタナ。アタシはちょっと前の事を思い出す。アウタナ山の頂上で聖女ちゃんに憑依した天秤の神。いけ好かないヤロウ。この赤ちゃんが本当に神なら、こいつの目的も聖女ちゃんを奪うことだ。
アタシは自然と聖女ちゃんをかばう位置に立つ。挙動を見過ごすまいと、睨むように赤ちゃんを見た。つばを飲み込み、次の言葉を待つ。
「そしたら――」
「そしたら?」
「道を間違えて、こっちに降りちゃったんでち」
「……おい?」
予想外の言葉に肩をすくめるアタシ。アウタナとアルビオンはかなりの距離がある。間違えるとか、ある?
「アルビオンとアウタナって似てないでち? 両方とも頭にアがつくし」
「似てないわよ。距離も全然違うじゃない。あっちは山の上で、こっちは塔の上よ」
「人間は細かいでちねー」
細かいとかそんなレベルじゃない。
「二つに分かれた聖地に降臨したことで、あたちの魂も二分割されたでち。そして悪魔がいることであたちは顕現できなかったんでちが、貴方達がドグナデヴィアを倒したことで場が浄化されて、現れることができたんでち」
道間違えて二分の一にされて、しかもそこが敵の領域だったから出ることもできなかった。そういうことらしい。
アタシはこういう相手に対して使う、最も適切な言葉を知っていた。
「ばっかじゃない」
「まあ、その……事情は分かりました」
さすがの聖女ちゃんも否定はしない。
「ばかじゃないでち。かみちゃまでち」
「あー、はいはいかみちゃまかみちゃま。で、他の神様に引き取ってもらえばいいの? 迷子センターはどこに連絡したらいいの?」
「迷子いうなでち。あたちはこうみえてもアンタより
知んないわよ、そんなこと。
「あー、そうなんだ。そんなに偉いんだったら自分で帰れるわよね。そんじゃ、とっとと帰ってちょーだい」
「ところがそうもいかないでち。もう片方の塔にあるあたちの半身を取り戻さないと、力が戻らず帰れないでち。ギルガスもリーズハグルもあたちを見ても気づかないでち」
半分に別れたから、力も出ないし他の神様に認識もしてもらえない。つまりこのままだと、本当にただ喋れるだけの赤ん坊なのだ。
「ふーん、そうなんだ。ご愁傷さま。がんばってねー」
でもまあ、アタシの知ったことじゃない。自業自得じゃない。
「それはさすがに可哀そうなんじゃないですか、トーカさん」
「なんでよ。勝手に弱くなった神様とかアタシの知ったことじゃないわよ」
「一応アウタナの頂上に向かおうと言ったのはトーカさんですよ」
「だからって道間違えたやつの世話する義務はないわ」
いつもの正義感あふれる聖女ちゃんに、びしっと言い放つアタシ。神様とかそんなの以前に、赤ちゃんの世話するとかめんどくさいもん。
「何と言うことを言うんだ、遊び人トーカ! 誰かを助けるのに、義務や理由など必要ないッ!」
そしてそんなアタシに怒りの声をあげる天騎士おにーさん。言うと思ったので、手を振って適当に答える。
「じゃあおにーさん頑張ってね」
「無論ッ! レッドバロン、ベドゴサリアを倒せばいいのだな! この天騎士ルーク、その願いかなえましょう!」
五月蠅いぐらいに大声で言うけど、多分無理かな。おにーさん一人だと、デーモンの数多くて途中で撤退するのが関の山。聖属性で相性良くとも、戦いにおいて数の差は大きいわ。ソロで挑める場所じゃないもん。
「分かりました。そういう事でしたら私も同行します」
そしてため息をついたように聖女ちゃんが天騎士おにーさんに同意する。この子の性格からすれば、こんな状況は無視できない。たとえ相手が悪人だろうが、まぬけだろうが、助けを求める手を拒みはしないのがこの子なのだ。
「塔が双子である以上、先ほど攻略した塔と同レベルの難関が待ち受けているでしょう。ルーク様と私では戦力的に不十分なのは予測できます。
できれば塔の事を知っている頭のいい方がいればいいのですが」
本心からアタシの同行を求める聖女ちゃん。この子に駆け引きとか嫌味とかできるわけないのは、よくわかってる。言葉通り、アタシについてきてほしいと懇願しているのだ。
「……あー、もう! わかったわよ。助けてあげるわ」
「はい、トーカさんならついてきてくれるって信じてました」
「ったく、仕方なくなんだからね。アンタら二人で攻略できるほど、甘くないんだから」
「ええ。トーカさんがいるなら大丈夫です」
たっぷり十秒眉をひそめて、根負けするアタシ。嬉しそうに微笑む聖女ちゃん。あー、もう。なんでこんなにうれしそうなのよ、この子は。そんな顔されたらアタシがバカみたいじゃないのよ。
「俺と聖女コトネとの違いはいったい……。いや、仲良きことは良いことだが」
「これだからこの二人は尊いです……。二人を見守る壁になりたい……」
ちょっと落ち込んでる天騎士おにーさんと、妙に満悦したおねーさん。そんな二人のセリフを聞きながら、アタシはどう攻略するか頭を悩ませる。
「赤悪魔、ちょっと厄介なのよねぇ」
レッドバロンのスペックは、アタシには相性悪いのだ。
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