3:メスガキはもう一人と再会する

「コトネさん、お元気でしたか!」

「ソレイユさん!? お久しぶりです!」


 いろいろ悶着――トイレですったもんだした後にもブラウニーが通り過ぎる度におねーさんが悶えまくって大変だった――があった後、アタシの部屋で聖女ちゃんと再会のハグを交わすおねーさん。


「辛いことはありませんでしたか? 服の事でできることがあればすぐに対応いたします」

「あ。実は下着が……その、少しきつくなってきまして」


 おねーさんの言葉に胸を抑える聖女ちゃん。まだ大きくなるのか、その胸。喉元まで出かかった言葉をどうにか抑えるアタシ。ここで叫ぶとなんだか嫉妬してるみたいだし。アタシはそんなことで動揺なんてしないもんね、ふん!


「いーわよねー。持ってる人特有の悩みよねー。大変よねー」

「あのトーカさん。少し落ち着いていただけると。そこまで怒らなくても」

「理不尽に怒りをぶつけるトーカさんがかわいいです」


 怒ってないわよ。ただ理不尽な世界に物申してるだけなんだから。同じ世代でどうしてこうも差が出るのか。生まれた瞬間に決定している出来レースとかおっぱいガチャとかおっきい方がもてはやされるとかそんなどうしようもない世の不条理に意見したいだけで決しておっきいから羨ましいとかそんなことは全く思ってないんだから勘違いしないでよね。そもそもあんなの脂肪の塊で重たそうだし下着とか大変そうだしそれを考えると別になくったっていいじゃないの。そうなんだから怒る必要はないんだし嫉妬とかするはずもないしちょっとムカムカしてるだけでこんなのはアタシにとって日常茶飯事でそもそも――


「ああ、トーカさんがいつものふてくされモードに」

「胸を触りながら悔しそうにしているトーカさんがいじらしいです」

「ふてくされてないしいじらしくもないわよ。ちょっとあれでああなだけなんだから」

「なにが『あれ』でどれが『ああ』なんですか」

「気にしたら負けよ。そんなの」


 手を振ってこの話題を終わらせる。勝てない戦いには挑まない。


「ところでソレイユさんはどうしてここに?」

「はい。妖精の為に服を作りに来まして」


 聖女ちゃんの問いに、胸に手を当てて答えるおねーさん。


 鍛冶屋や裁縫師などの生産系ジョブの物作りジョブはレベル8になると【(妖精名)の弟子】のアビリティが手に入る。妖精が弟子入りするというアビリティね。鍛冶屋だと【ドワーフの弟子】。錬金術師だと【四元素妖精の弟子】。裁縫師は【レプラコーンの弟子】と言った感じ。


 効果は命令すると弟子入りした妖精が自動で物を作ってくれるというモノ。本人が物を作ったり素材を集めてる間にも勝手に物を作ってくれるので、作製効率がものすごく上がるのだ。


 んで、このアビリティを手に入れると、生産系クエストの【妖精のお願い】が発生する。ざっくり言えば妖精の為にモノを作ってあげる内容。難易度は高いけどこのクエストでしかもらえない報酬素材もあり、生産系ならやる価値ありなのだ。


 つまり、おねーさんはそのクエストに挑戦中と言う事である。この教会もそのクエストを受けれるわ。ただまあ……。


「だからってこんな危険な場所まで良く来れたわねー。ラクアンの壁超えとかもあるけど、道中とかこの辺のデーモンとかおねーさんのステータスだとどうしようもないんじゃない?」

「ラクアンの壁は領主から恩赦をいただきました。ナタを倒した英雄と言うことで」

「なによそれ。アタシら闘技場イベントこなして許可貰ったのに」

「頼めば私達も許可がもらえたかもしれませんね」


 確かにいろいろ終わったら話聞かずに闘技場に特攻したけどさー。うざったいから無視したのはアタシだけどさー。


「道中は危険と言うことで護衛を雇いました」

「護衛? もしかしてアイドルさん?」


 おねーさんの言葉に眉を顰めるアタシ。おねーさんと一緒にいた人でデーモンに対抗できそうな人を想像したら、あの女装アイドルしか思いつかなかった。


「いえ、アミー様は事件後すぐに全国ツアーに行かれまして。お忙しいのか、あの後一度も会っていないんです」

「そう言えばガチにアイドルだったわね。フリとかネタとかウソとかじゃなく」

「何でそこを疑うんですか……?」

「だって、あの格好で、男とか……いろいろ信じられなくなるわよ」


 四元素に合わせた色のフリフリスカート衣裳であの声であのジェスチャー。でも男。やっぱり信じらんない。しっし、と手を振って頭から追い出す。


「ちょうどこの地のデーモンに挑みたいという方がおられまして。そちらの方に護衛を頼みましたところ、快諾されました。なんでも青い悪魔を倒したいとか」

「ああ、ブルーバロンね」

「はい。現在討伐に向かっているようです」


 ブルーバロン。青いデーモンで、ちょっと行った場所にある『時計大橋跡』にいるボスデーモンだ。聖属性に弱いのは変わらない……と言うか、聖属性攻撃前提でないとボスの元にすらたどり着けない。


「そこそこ気合入ってるわね、そのパーティ。パラディンとかプリースト中心?」

「いいえ、お一人です」

「はあ? 単独ソロで?」

「はい。危険なのでは、とは言いましたが『何事も正義の心があれば不可能はない! 艱難辛苦だとしても、先ずは挑戦してからだ!』とものすごい気迫で押し切られまして……」


『時計大橋跡』に限らず、このアルビオンにあるダンジョンはデーモン系の巣窟だ。ただでさえHPが高くて聖属性がなければ手も足も出ない輩がひっきりなしに襲ってくる。攻撃、防御、回復。それらを一人でこなしながら進むのは、まあ無理。


 逆に言えば、それができるならメチャクチャいい狩場だ。アタシもレベルアップの候補にいれてるぐらいである。デーモンからレアドロップするか、レベル78超えたあたりで試してみようかと思ってた。


「あの……その方は20歳くらいの男性で、大きな稲妻の剣を持ってませんでしたか?」


 ちょっと黙っていた聖女ちゃんは、おずおずとおねーさんに問いかける。


「はい。なんでもその悪魔に挑むのは剣の強化の為だそうです。青い悪魔が持っている角を使って、タケミカズチ? そう言う剣を作るとか」

「やっぱり……」


 頭が頭痛が痛い、とばかりに額に手を当てる聖女ちゃん。


「なによ、知ってる人なの?」

「トーカさんも知ってる人ですよ。ジョブは――」

「裁縫師クシャン殿! 今戻ってきた!」


 廊下の方で大声が響く。ものすごく元気のいい声だ。


「ああ、ありがとうブラウニー! 確かに敗走したが重傷と言うほどではない! 俺が死なぬ限り、正義は折れぬのだ! お気遣い感謝する! しかしデーモンたちは正々堂々としていて気持ちのいい相手だった! またやりあいたいものだ!」


 なんというか、ものすごく暑苦しい声。正義とか正々堂々とかそういうのが好きそうな、そんなチャルストーンで出会ったおにーさんのような声。


「……ジョブは天騎士の」

「……あのおにーさんね」


 天騎士。聖なる剣技を使う前衛系ジョブ。確かにデーモンと戦うにはうってつけだ。ここにいてもおかしくないジョブである。


「おや、ルークさんとお知り合いで?」

「10時間ぐらいカード投げつけた仲ね」

「悪い人ではないんですけどね……」


 アタシと聖女ちゃんの反応に、首をかしげるおねーさん。確かにいろいろ因縁あるけど、悪い人じゃない。おねーさんの護衛を受けたのも悪意はないだろうし、そもそもアタシがここにいるとか知るはずがない。ここにいるのは、ただの偶然だ。


 だけど、アタシは天騎士おにーさんと出会った時のセリフを容易に想像できた。


「遊び人トーカ! それに聖女コトネ! これは何という運命! この魔が支配する地で二人に出会うなど偶然とは思えない! まさに神の導きだ! 正義を貫くこの俺に与えたもうた潤いに感謝の祈りを捧げる!」


 ――ほらね。

  

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