29:メスガキは悪魔をざーこざこと罵る

 死神男悪魔の首が地面に落ちると同時に、赤いドーム状の結界が解除される。


「おおっと」


 同時にめまいに似た感覚が襲い、息苦しくなる。心臓が脈うち、体中に活力が戻ってきた。呼吸を繰り返すたびに不快感が消えて落ち着いてくる。


 ステータスを見ると異常状態欄の<死亡>が消えていた。死神男悪魔を倒したことで解除されたのだろう。


「よし、これで完全復活ね……って、いったーい!」


 体の感覚が戻ってくると同時に、斧戦士ちゃんから受けた傷の痛みが体を襲う。


 さっきまではアンデッド状態だったので聖女ちゃんに癒してもらえなかったので放置していたのだ。アンデッド状態だとそこまでいたくなかったからいいや、と思ってたけど……生き返ると痛い。


「あわわわわ! 今癒しますから!」

「死ぬ、生き返ったのに……死ぬ……」


 聖女ちゃんの魔法で痛みと傷が消えていく。生き返ってすぐ死にそうになるとか、どんなギャグよ。


「トーカ……本当に、大丈夫なのカ?」


 心配そうに声をかけてくる斧戦士ちゃん。治癒魔法を受けながら皮肉気に言葉を返すアタシ。


「大丈夫じゃないわよ。思いっきりやってくれちゃって。人間に対して防御力無視とか、ほんと凶悪ねムワンガアックス」

「そうだナ。スマン」


 冗談めかした言葉に頭を下げる斧戦士ちゃん。……もう、調子狂うわね。


「謝んなくていいわよ。しょうがない状態だったんだし。むしろアンタがエキドナみたいなモンスターにならなくてかったわ」

「トーカとコトネが生きてるッテ、信じてたカラ」

「死んでたけどね。ステータス上は」

「でも、来てくれタ」


 言って安堵した笑みを浮かべる斧戦士ちゃん。首を斬られたアタシだったのに、助けに来ると信じてた。心の底から、そう思っていた笑み。信じぬいたものだけが浮かべられる笑み。


 アタシにはわからない。逆の立場だったら、アタシは絶望していただろう。何もかも諦めて、苦しみの末に悪魔に屈していただろう。希望なんてもてない。どうせ助からないならと、逃げるように堕ちていた。


「……なんなのよ、もう」


 この子は強い。それはステータスとかそういう意味じゃなく、心とか信念とかそういう強さだ。どうしようもなく真っ直ぐで、どうしようもなく頑固で。それは初めて会った時から変わらない。少し空回りしてたけど、それでも芯は変わらない。


「また、つまらぬものを斬ってしまったな。

(訳:古き良き決め台詞で決めておくぜ。日本刀キャラなら言っておかないとね!)」


 刀を納めながらこっちにやってくる鬼ドクロ。詰まらぬモノってなんだろ? 水道管か何かが詰まるの?


「アンタにも礼を言っておくわ。アンタがいなかったら<死呪>を【まねっこ】できなかったし、最後に決めてくれたし」


 徹頭徹尾何でここにいるのかかよくわからないヤツだけど、コイツがいなかったら詰みだった。首切られたアタシが仮初でも生き返れたのはコイツの持つ常時アンデッド状態をコピーしたからだし、要所要所のセリフはヒントになったし。


「礼など不要。ワシは夜の王。罪と共に汝があるなら、ワシもまた共にあろう。

(訳:わーい、推しにお礼言われた。ぷち悪キャラでざまあで無双するのなら、ワシずっとファンだよ)」


 相変わらずよくわからないセリフだけど、まあ悪人じゃない。悪人じゃないんだけど、よくわからない理由で悪寒が走るのよね、こいつ。


「最初はこの男悪魔の仲間なんじゃないかって疑ってたんだけど……どういう関係だったの?」


 突如現れた『夜叉ヘルム』の鬼姿。男悪魔の鬼姿。タイミングよくケルベロスの襲撃前に現れて悪魔が来ることを告げたり。それでいて目的を語らない。そのあたりの不明瞭さが悪寒の原因なのかな?


「今は語る時ではない。聡明なる汝なら、時が来ればいずれ気付くだろう。

(訳:全然関係ないよ。関係とかないものは語れません。察して!)」


 あくまで秘密を貫く鬼ドクロ。まあどうでもいいわ、終わったことだし。とっとと帰って狩りの続きしましょ。傷も癒えたので聖女ちゃんの手を借りて立ち上がる。寝起きみたいにちょっとふらっとするけど、問題はなさそう。このまま帰って――


「てめぇ、よくもやってくれたな!」


 とか思ってたら、声をかけられた。振り向くと、鬼ドクロに斬られて地面を転がった男悪魔の首が喋っていた。死神コスプレはいつの間にか消えていて、初めて会った鬼の姿。見れば倒れていた黒マッチョな体の方が立ち上がり、何事もなかったかのように首をつかんで頭に乗せた。


「うっさいわねぇ。負け犬は適当にザコっぽいセリフ吐いて帰りなさいよ。

 もしかしてさっきのがそれなの? んー、2点」

「誰が負け犬だ! 悪魔があれぐらいで死ぬわけねぇだろうが!」


 乗せた頭が吠える。斬られた首は元通りにくっつき、傷跡すら残っていない。数秒前に首を飛ばされたとは実際に見たアタシでさえ思えないほどだ。ガラの悪さも相まって、勝利の余韻が一気に吹き飛んだ。


「融合していた『グリムリーパー』の弱点を見抜いていい気になってるようだがなぁ、お前らが殺せるのはその程度なんだよ! 俺達が世界に干渉できるモンスターを絶っただけだ。残念だったな!」

「ふーん。アンタがアタシ達にどうこうできできたのは、モンスターと融合してたからなんだ。逆に言えば、融合してなかったらリーンとかと同じで何もできない棒立ち状態なのね」


 ラクアンで戦った(?)女悪魔は本当に何もできなかった。この男悪魔はアタシの首を狩ったりなんやりして来たけど、それはさっきみたいに死神魔物と融合していたからみたいだ。


 っていうか――


「わざわざアタシ達を攻撃するために融合? って言うのをしたくせにそのせいでボッコボコにされるとか、なにそれ? 自分から殴られに来てくれたんだ。絡んできて反撃されて、それで文句言うとかどんだけ情けないのよ。

 悪魔ってまぬけー。あたまわるーい。そんな知能で天才とかいうなんて、たかが知れるわね」

「黙りやがれ! てめぇはほとんど何もしてないくせに!」


 男悪魔の言葉は真実だ。今回、アタシはほとんど何もしていない。


 実際に死神男悪魔を即死させたのは鬼ドクロだ。たまたまそこにいた即死使いキャラ。夜使いの【闇狩人】ルートなんていう遅咲き育成。完成するまでは格下モンスター相手に地道なレベルアップを繰り返すしかない育成をこなして、その結果生まれたキャラがここにいなかったら負けていただろう。


 斧戦士ちゃんが男悪魔に屈してモンスター化していたら、そもそも男悪魔に挑めなかった。アタシと聖女ちゃんを信じれた強い心。これまで弱いと罵られながらも折れなかった心。それがあったから、アタシが何とか止められた。弱くて、だからこそ強いこの子の心が悪魔に打ち克った。


 聖女ちゃんは――ずっとアタシを支えてくれた。アタシが首を斬られた時は泣いてくれたし、アタシが【まねっこ】で復活するまで時間を稼いでくれた。この子がいなかったら、アタシの心はどっかで折れてた。この子が前を向いてくれたから、アタシも顔をあげられた。いつもの冷静さを保てた。


 この戦いでアタシがしたことは、ぎりぎり斧戦士ちゃんを倒したぐらいだ。戦った時間にすれば、2秒そこそこ。


 この場にいる誰かが少しでも諦めたりしたら、この結果はなかった。みんながいて、ようやく得られたこの結果。アタシはほとんど何もしていない。うん、その通りだ。この縁を、この人たちとの出会いを、アタシは誇りに思う。


 それら全部を心の中で認めたうえで、アタシは男悪魔に笑みを浮かべた。


「アンタ程度の四流悪魔にアタシが出るまでもないのよ。ざーこざこ」


 見下すアタシの言葉に、男悪魔はあからさまに顔をひきつらせた。何かを言い返そうとして、何も言い返せない。だって負けたのは事実だもんね。


「よ、四流……!? ふ、ふざけるなぁ……! 俺は天才だ! テンマ様だ!

 人間ごときが見下すんじゃねぇ! 制約なんざ知ったことか! 今ここで、殺してやる!」


 怒りが頂点に達した男悪魔は、叫ぶと同時にアタシに殴りかかってくる。反応なんてできない速度で迫り、アタシの頭を真上から潰す勢いで拳を振り下ろしてきた。誰もそれに反応できない。まるで時間を止められたかのような動き。


 あ、死んだ。


 アタシがそう思った瞬間には、男悪魔は自分の影から現れた黒い手に捕まれ、分解されていった。アタシが魂の時に捕まれたのと同じ手だ。あれは確か――<満ち足りた混沌フルムーンケイオス>と呼ばれた世界の渦からの手。


 ステータスを生み出し、レベルやジョブやアビリティを与えてくれる存在。


「<ケイオス>様!? 違うのです、これは――どうか、お慈悲をおおおおおおおおおお!」


 消える間際の、男悪魔の言葉。


 その声さえもすぐに消え、そこには何も残っていなかった。

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