28:メスガキは死神悪魔に挑まない

「はっはっは、見事なもんだな!」


 斧戦士ちゃんを倒したアタシに称賛の声をあげたのは、以外にも男悪魔だった。軽薄に拍手をして、笑みを浮かべている。


「それで? その後どうするんだ? 俺を倒さないとここから逃げられないぞ」


 廃村を包み込む赤いドーム状の結界を見ながら男悪魔は笑う。アタシ達を閉じ込めてるモノ。男悪魔が作ったモノ。


「へえ。倒したら解けるんだ。教えてくれてやさしー」

「お前たちには無理だからな。【魂狩】が効かなくても、普通に殴ってお前たちを倒せるだけのスペックはあるぜ」

「自分から殴りに行けないくせに」

「うるせぇ。だけどお前たちもずっとこのままってわけにはいかねぇだろう?」


 アタシの挑発に、余裕の笑みを浮かべる男悪魔。


「俺はこのままでも死にはしないが、お前たちは衰弱する。飲むものも食うものもないからな。仮にそれを克服したとしても、寿命はせいぜい100年程度だ。それぐらいなら待ってやるぜ」


 肩をすくめる死神男悪魔。100年という途方もない時間を『それぐらい』と切り捨てる。そんな時間間隔の存在。


 食料や飲み物はある程度<収容魔法>内に入ってるし、【デリバリー】使って購入もできる。だけどさすがに寿命で死ぬのは止められない。って言うかそれ以前に、


「やーよ。こんなところでじっとしてるとか。とっとと出ていってレベルアップの続きするんだから」


 閉じ込められるなんて真っ平御免よ。サクッと出ていってナグアル狩りの続きしないと。ウェンディゴのレアアイテムもゲットしたいし。100年どころか100秒だってこんなところにいたくないのよ。


「そうかい。だったら俺を倒さないとなぁ。さあ、かかって来いよ」


 言って自分に向かってくるように手を振る男悪魔。自分から攻撃できないから、アタシ達に攻撃して反撃させようとしている。斧戦士ちゃんがやられた件を見るに、一度攻撃されれば相手を倒すまで反撃できるという事だろう。


「トーカ……次はダーが勝ツ、だからやらせて、クレ……!」


 聖女ちゃんに癒された斧戦士ちゃんが立ち上がる。斧を構えるけど、アタシはそれを手で制した。


「だめ。無鉄砲に突っ込んでいっても勝ち目ないわ」

「デモ……!」

「っていうか、勝ち確なんだからアンタは手を出さなくていいわ」


 鼻で笑うように肩をすくめるアタシ。怖れることなんて何もない。危ない橋は渡り切った。この男悪魔がソロになった瞬間に勝ちなのよ。


「おいおいおいおい! なに偉そうなこと言ってるんだこのガキ。無い胸張って偉そうにしてるんじゃねぇよ」

「自分から殺しに行けない死神のくせに偉そうにしてるんじゃないわよ。吠えるならもう少し語彙力つけなさい。ヒトの見た目罵るとか三流の証なんだからね!」

「落ち着いてください、トーカさん。相手の挑発に乗らないで」

「別に怒ってないわよ。落ち着いてるわ。でも乙女には負けると分かっていてもドロップキックしないといけないときがあるのよ!」

「何なんですか、それは……」


 助走をつけようとするアタシを羽交い絞めにする聖女ちゃんに、譲れない決意を告げる。話して、こいつだけは蹴る。蹴ってやるぅ!


「デモ、ダーが手を出さなくてイイ、と言うのはどういうことダ? 四人でかかったほうが、勝てるんじゃないカ?」

「そうですよ。相手がどれだけ強くても、みんなで戦えば活路がある筈です」

「んー。多分無理かな。回避ガン上げしたこの子に当ててくるんだから、勝ち目は薄いわ」


 アタシ達とこの男悪魔の純粋な戦力差は、大きい。


 斧戦士ちゃんとソロでやりあった死神男悪魔は、【夫婦剣】【分身ステップ】を乗せた斧戦士ちゃんをあっさり組み伏せた。素の命中値は高いとみるべきだ。アタシは鬼ドクロは防御力がスッカスカ。防御の要は聖女ちゃんなんだけど――


「……アンタは【魂狩】の条件を満たしてる可能性がある」


 言うかどうかを迷ったけど、意を決して口を開く。


「え?」

「『死神は罪を犯した魂が悪霊化のある魂を狩る』……って言う事らしいけど、じゃあ『罪』て何かって考えて気づいたわ。

 人を殺した数。人間型モンスターを倒した数が【魂狩】の成功率に関係してるんじゃないかって」


 気づいたのは斧戦士ちゃんに首切り攻撃をしなかったことだ。この子はレベル1から今までずっとアタシと一緒に狩りをしてきた。その間、人間型モンスターを攻撃したことはなかった。【ハロウィンナイト】で人間属性にした相手を攻撃したけど、あれは厳密には人間じゃない。


 鬼ドクロはムワンガの森でムワンガ相手に即死攻撃をしていた。おそらく結構な数を狩ってたんだと思う。人間型モンスターは他モンスターよりも即死耐性低いし、いい狩り相手のはずだ。


 アタシは言わずもがな。最初に狩りに向かったのは山賊だし、ムワンガも100体以上は倒してる。


 アタシと鬼ドクロが満たして、斧戦士ちゃんだけが満たしていない『数』。アタシ達が見えない場所に『倒したモンスター数』とかいう隠しパラメーターが存在していて、その数字を男悪魔は見ることができる。だから斧戦士ちゃんには首切りしなかったのだ。


「その通りだ。人殺しには罰を。同族殺しの罪を与えるのが死神の力だ。

 ……そのはずなのに、アンデッドになることでそれから逃れるとか、人間はクズだな!」


 唾を吐く男悪魔。鬼ドクロが【魂狩】を食らっても効果がなかったのは即死攻撃無効のアンデッドだからだ。アタシも鬼ドクロのバステをコピーして死から解放された。


「……私、は……」


 聖女ちゃんは山賊やムワンガと言う人間型モンスターを倒してはいない。


 だけど、この子はあのアホ皇子に操られて高レベルの冤罪者を殺したことがある。


 それがカウントされているのなら、わずかでも【魂狩】を受けて首を斬られる可能性がわずかだけどあった。


 だから、ダメ。この子を前には出せない。むしろ距離をとってほしい。


 アタシは聖女ちゃんの手を握り、死神男悪魔の前に立つ。こんなことしても【魂狩】の盾になれるかはわからないけど、それでもそうしたかった。握り返す手の力は弱い。このまま消えてしまいそうな手を、ぎゅっと握る。


 大事なものを失うかもしれない不安を隠すように、できるだけ陽気な声を上げる。握った手の温もりが、口を開く力になった。


「ま、そんなわけで全員で戦うのはなし。アタシも一発蹴りたいけど、我慢するわ。

 そんなわけで頼んだわよ」


 アタシの視線の先には、


「ほう、ワシか。してその理由は如何に?

(訳:はあああああ!? なんでワシなの!?)」


 さっきから男悪魔に油断なく構えて、微動だにしない鬼ドクロがいた。

 抜き身の刀を手に、鬼ドクロはアタシに問いかける。


「言わなくてもわかってるんでしょ? さっきから何も言わずに刀構えて突っ立ってるんだから。臨戦態勢ばっちりじゃないの」

「然り。夜が刃を納めるのは、朝日が来た時だ。しかしそこの二人には告げたほうがよかろう。友情から汝を助けようとしたのを止められているのだから。

(訳:言われなかった分りません! 構えてるのだってやることないから突っ立ってただけだし! ほら、二人に説明する形でワシにも教えて!)」


 まあ確かに説明はしたほうがいいか。アタシはそう言って男悪魔を指さす。


「こいつ、ボスっぽいけど即死攻撃が効くわ」


 アタシは男悪魔を指さして、きっぱり言い放った。


 一般的にボスキャラには即死に対する耐性が付いている。それは、その一発で決まったらゲームとして面白くないという理由だ。そんなメタ理由もあるだろうけど、強い存在なら、そう言った対策は立てていて当然だ。


「はん。何を根拠にそんな馬鹿なことを言いやがる」

「アンタ、イヤなヤツでしょう」


 問いかける男悪魔に、アタシははっきり言い放つ。


 エキドナ、ケルベロス、アルラウネ、キュウキ。こいつの仕掛けてきた魔物の特性を見ればその性格はまるわかりだ。苦しめて苦しめて、それでいて弱点はその苦しみに依存する。そこを突けばあっさりやられるぐらいに。


「もしアタシ達が負けてたら、こう言うつもりだったんじゃない? 『バカな人間どもだ。せっかくわかりやすい弱点を作ってやったのに。気付かないなんてな』って。

 そうやって敗北者を嘲笑って罵るのって楽しいもんねー」


 後ろから『最後のはトーカさんだけです』って言う聖女ちゃんと斧戦士ちゃんの視線が突き刺さるけど、無視。男悪魔もなんか言いたそうだけど、こっちも無視。


「アンタが作った魔物には魔物の特性に則った弱点があるのよ。だったら死神のアンタにもあるんじゃない? 『死神が首を狩られて死ぬはずがない』……そう思わせてそっちの耐性が完全にゼロとか」


 男悪魔は応えない。それが真実なのか、あるいは自分自身にそんな弱点があるとは思わなかったという穴に気づいたのか。どちらにせよ、男悪魔本人もあり得ないと否定しない。否定できない。


「如何なる存在も滅びからは逃れられぬ。それは真理。神さえも、いつかは死ぬ運命さだめ。今更主張することではない。

(訳:なんだ即死効くんだ。よーし、おじさん頑張っちゃうぞ。ロリっ子たちにいい所見せてやる)」


 言って鬼ドクロが男悪魔に歩を進める。刀を構え、もう一歩。【影歩き】の射程範囲まで、後3歩。


「俺は天才だ。そんな弱点なんかあるはずがない」


 男悪魔がさえずる。後2歩。


「俺は人間を殺す悪魔だ。それが、人間ごときに殺されるはずが」


 半歩後ろに下がる男悪魔。1歩踏み込む鬼ドクロ。


「我が歩みこそ死の足音。影と共に死出を進め」


【影歩き】……直線5歩分の相手に即死判定させる夜使いのアビリティ。その直線状にいた男悪魔は、


「…………っ」


 鬼ドクロの一閃に首を飛ばされ、その体は地面に倒れ伏した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る