16:メスガキは集落の子に足止めを食らう

 テントで一晩休んで、朝日共に目を覚ますミュマイ族達。彼らにとっては日の出とともに活動し、日の入りの共にテントに戻る。それが慣習のようだ。実際、斧戦士ちゃんと移動中もそんな感じだったし。


「ご飯を食べたラ、すぐに行くゾ!」


 そんな感じで寝ているアタシを起こす斧戦士ちゃん。まぶたをこすりながら、不満を口にするアタシ。


「なんでアンタが仕切るのよ」

「まあまあ、早寝早起きは三文の得ですよ」

「三文ていくらよ?」

「100円ぐらいです」

「やっす」


 聖女ちゃんの言葉を聞いて、げんなりした。やっぱりもう少し寝ていたい。しかしやたら元気な斧戦士ちゃんに引っ張られる形で起こされて、朝食をとる。ちなみに朝食はトウモロコシとヒツジの肉。味付けはあっさりしてたけど、結構おいしかった。


「取れたての素材だからナ。二人の為に母様が用意してくれたんダ!」

「だからなんでアンタが偉そうなのよ。料理したのはお母さんでしょう」

「ダーも手伝ったゾ! トウモロコシをむいたりシテ」

「偉いですね、ニダウィさん」


 斧戦士ちゃんママに渡された昼食を<収納魔法>内に入れ、テントを出るアタシ達。集落の中央を通ってトーテムポールの門に向かおうとしたときに、声をかけられる。あくびを噛み殺しながら振り返ると数名の男性がいた。


「おい、待てヨ。弱虫ニダウィ」


 声をかけてきたのは年齢はアタシ達よりちょっと上の子。中学男子ぐらいの年齢かな? 巨大な斧と分厚い皮鎧。斧戦士ちゃんに似た羽の装飾。この集落の子供だ。威圧的にこっちを睨んでいる。


「……ハッスン」


 ハッスン、と言うのがこの男の名前らしい。その後ろにはそれより少し小さい男の子(多分アタシより一個上の年齢か同世代)が4人いる。顔立ちから弟かな? 構えてこそいないけど斧を手にしてアタシ達の進路を封じていた。


「親父は騙されたガ、俺は騙されないゾ。おまえが強いはずがナイ!」

「そうダ! 木こり斧もろくに持てない軽戦士のくせニ。ウサギに泣かされタ弱虫ニダウィ!」

「そこの悪魔に力を借りタ、集落の裏切リ者!」


 長男の言葉を皮切りに、次々に斧戦士ちゃんを攻め立てる兄弟たち。……あー、思い出した。こいつら昨日アタシらに文句言ってたヤツらの一人だ。斧戦士ちゃんに突っかかってたヤツ。


「ダーは悪魔に力を借りてなイ! トーカとコトネは悪魔じゃない!」

「ウソを言うナ! そいつらがあの蛇を引き連れてきたんだろうガ!」 

「悪魔と同時に来るなんて、怪しすぎル!」

「邪霊除けの守りがあるこの場所ヲ、察知されたことがおかしいンダ!」

「悪魔の力を借りなければ強くなれない弱虫ニダウィ! お前は集落の恥!」

「弱虫は大人しく、ヤギの世話でもしてロ!」


 勢いよく突っかかる斧戦士ちゃんに、言い返す兄弟達。論法も何もあったものじゃない口喧嘩。感情のぶつけ合い。弱かった斧戦士ちゃんが活躍して面白くないのか、兄弟達は昔の斧戦士ちゃんの弱さを引き合いにして攻め立てる。


「アタシが悪魔かどうかは、そっちが勝手に決めていいけど」


 らちが明かないので口をはさむ。アタシがどう思われようが、そんなのは個人の自由だ。それで追い出したいのなら勝手に出ていくわ。


「でもこの子が強い弱いは昨日の戦いを見ればわかるじゃない。あ、もしかしてみてもわからないぐらいに目が腐ってるの? ごめーん、だったら謝るわ」

「なんだト!」

「どーせ今まで弱いと思ってたこの子が急に自分より強くなってビビってるんでしょ? 小物過ぎて声も出ないわ。実力がざこだと、心もざこになるのね。ざーこざこ」

「トーカさん、煽りすぎです」


 むぅ。もう少し言ってやりたいけど、聖女ちゃんのストップがかかったのでやめとく。


「ですが、トーカさんの言う通りです。ニダウィさんが弱いということはありません。少なくとも、この周辺のモンスターを1人で倒せるぐらいには強いです」

「1人デ……!? ウソだロ……?」

「ハッスンの兄貴でも親父の助けなしじゃ、無理なのニ」

「ウ、ウソをつくナ! 貧弱ニダウィに、そんな事ができるハズがなイ! 集落全員に見捨てられタ軽戦士なのニ!」


 ちょっと昔のアタシを思い出す。遊び人だからって軽く見られてたことを。奇異な目で見られたことを。そんな輩を実力を示して黙らせたことを。偏見で目を曇らせる人は、どこに行ってもいるらしい。


「だったらこの子と模擬戦してみなさいよ。そしたらいやでも理解できるわ。なんなら5人一緒でもいいわよ」

「エ、ハッスンと、模擬戦!?」


 斧戦士ちゃんの肩を叩いていうアタシ。その手から伝わったのは、びくりと何か驚いたような怯えるような震え。


「なによいきなりビビって。あんだけ勢いよく啖呵切ってたのに戦うのはダメなの?」

「あ、その……ハッスンにハ、ずっと負けてたシ。さっきのもトーカとコトネがバカにされたから、つい」

「じゃあその勢いで思いっきりやっちゃいなさい。スカッとするわよ。

 保証するわ。アンタの方が、強いから」


 斧戦士ちゃんが唾をのむのが気配で分かる。怯えを飲み込み、前を見る気配が。


 そんな経緯で集落中央の広場で構える斧戦士ちゃんと、兄弟5人。周りの大人たちはそれを見守る審判役だ。アタシ達が審判すると兄弟達は不満だろうからちょうどいい。大人たちも子供のやんちゃを見守る形で了承してくれた。


「勝敗は、降参か戦闘不能。あとは審判の判断ってことでいいわね」

「負った傷は私が癒しますからご安心を」


 武器は訓練用の棒を装備している。当たればそれなりには痛そうだ。斧戦士ちゃんは緊張こそしているが、ガチガチではない。いつもの戦闘通りに両手に棒を構えている。


「棒を二本も持っテ、それで勝てると思うノカ?」

「斧の持ち方を教えてやろうカ? 両手でギュッと握るんだゾ」

「弱虫ニダウィは、両手でも斧がもてないから、仕方ないナ!」


 言ってにやにやする兄弟達。斧戦士ちゃんがこの村でどういう扱いを受けていたのか、なんとなく理解できた。このあたりの環境も、あの子が強くなりたいって思った要因なのかもしれない。重戦士のスキル【両手持ち】が最優遇される中、軽戦士の斧戦士ちゃんが受けた不遇は如何なるものか。


「……ま、どうでもいいわ」


 それを知りたいなんて思わない。あの子が話すなら聞くけど、自分から調べたり聞こうとなんて思わない。だってそれは昔の話。そんな辛い過去は、これから払しょくされるんだから。


「初め!」


 模擬戦の開始を告げる合図。5人の兄弟は斧戦士ちゃんに迫る。【両手持ち】スキルの第2スキル【兜割】。相手の防御を削りながらダメージを与える重戦士の鉄板攻撃。重戦士はこれで相手を弱らせながら、戦うのがセオリーだ。だが、


「――ふ」

「なん、ダト?」


 それも当たらなければどうと言うことはない。素の敏捷値、【分身ステップ】と【夫婦剣】による回避率上昇。斧戦士ちゃんは両手の棒を巧みに動かして兄弟達の攻撃を捌き、その流れのままに兄弟達に棒を叩き込む。5対1の数の差なんて、ものともしない。するはずがない。


「それまでだ!」


【疾風怒濤】の12秒が尽きるよりも早く、大人たちは勝負を止めた。兄弟達の攻撃は一度も当たることなく、斧戦士ちゃんの攻撃は何度も叩き込まれる。勝敗なんて誰の目にも明らかだ。その一撃は消して軽くはなく、兄弟たちは斧戦士ちゃんの強さを文字通り痛みをもって知る。


「馬鹿ナ!? 俺はレベル15になったんダゾ! なんでニダウィに、軽戦士に、ここまでやられるンダ!」


 言い返しようのない敗北を喫した長男は、悔しそうに地面を叩く。はん、その程度の強さで斧戦士ちゃんに挑もうとか、おかしすぎて鼻で笑っちゃうわ。アタシならこの後は足で踏んで負け犬に対していろいろ言い放つんだけど、


「ハッスン――謝ってくレ。トーカとコトネを、悪魔と罵ったことヲ」


 斧戦士ちゃんはただそれだけを言った。それ以外はどうでもいいとばかりに。


「アタシは別にどうでもいいけどね。むしろアンタはこれまでの恨みとかあるんじゃないの? ざまあするは我にありよ」

「『復讐するは我にあり』のもじりなんでしょうけど……本来の意味は、復讐するのは神様であって人間が手を下しちゃいけないって意味ですからね」


 兄弟を癒し終えた聖女ちゃんがそんなツッコミを返す。当たり前だけど、斧戦士ちゃんは無傷。癒すまでもない。

 

「ダーが今まで弱かったのは事実だから、恨みはない。でも、友人を悪魔と言われたのは許せない」

「……はいはい。まあ、アンタがそういうならいいわ」


 肩をすくめるアタシ。まったく、甘ちゃんなんだから。


「トーカさんに似て、自分よりも自分の周りの人が悪く言われるのが耐えられないんですね」

「アタシは自分以外はどーでもいいんだけど。むしろこういう時に相手を馬鹿にするのが大好きなんだけど」

「そういう所がなければ、トーカさんもみんなからいい人だって認められるのに……」


 肩をすくめる聖女ちゃん。でも顔はあまり残念そうじゃなかった。仕方ないですよね、トーカさんだし。そんな顔だ。


 その後、5人兄弟はアタシ達に謝罪し、その場を去る。その顔は悔しさにまみれてたけど、まあどうでもいいわ。その悔しさをどうするかはあいつら次第だし。


「それじゃ、行きましょ」


 言ってアタシ達は集落を出た。

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