15:メスガキは集落に入る

 エキドナとの戦いが終わり――


「ドウダ、レベル63ダゾ!」

「レベル抜かれたー!?」


 アタシはどや顔する斧戦士ちゃんに、悔し涙を浮かべていた。この前までこっちに攻撃当たんないお子ちゃまだったのに、レベルを抜かれてしまったのだ。どうやらあのエキドナ、かなり高レベルのモンスターだったらしい。


「これでもうへっぽことか言わせないゾ。今戦えばダーの方が勝てる。むしろオマエの攻撃は当たらないゾ」


 胸を張ってアタシにマウント取ろうとする斧戦士ちゃん。初めて会った時のことが忘れられないのだろう。


「へへーん。クリティカルは絶対命中なんだからね。どんだけ回避高くても痛い一撃叩き込んであげるわよ」

「フフン、遊び人の貧弱な一撃ぐらい耐えてヤル!」

「そっちこそ手数重ねないとろくにモンスターを倒せないくせに!」

「あー、もう。どうしてすぐに喧嘩するんですかお二人は」


 顔をつき合わせての言い争いは聖女ちゃんに止められる。


「良い友人を得たようだな、ニダウィ」

「コイツは友人ジャナイ!」

「アタシも友達になった覚えはないわ」

「はっはっは。ミュマイ族総出で歓迎するよ、旅人たち」 


 そんな様子を見て、嬉しそうに笑う声。斧戦士ちゃんのお父さんだ。他にも三人の斧を持った男の人と、武器を持たない女性や子供たちがいる。斧戦士ちゃんを含めて総勢13名。これがミュマイ族全員だ。


 彼らは本来決まった住居を持たず、季節に変化に合わせて家畜と共に移動するという。聖女ちゃん曰く『遊牧民族ですね。家畜と共に住みやすい場所を移動しながら生活する人達です』とのこと。定住だとモンスターの襲撃を受けるため、移動できるほうが生存率が高いらしい。


 じゃあなんで今はここに居を構えてじっとしているのかと言うと、前にも斧戦士ちゃんが言ってた『山を狙う悪魔』が関与しているらしい。


「我々は本来一か所に留まることがない。だが、しばらく前から山に侵入しようとする邪霊の動きがあったのだ」


 普段ならアウタナにはモンスターも近寄らないという。それは物理的に登頂できない意味もあるけど、何らかの力が作用しているとミュマイ族には伝わっている。


 ちなみに邪霊とはモンスターの事。彼らがつけた俗称で、幽霊とか関係ない。ゴブリンもゴーストもまとめて邪霊だとか。でも悪魔は悪魔で違うらしい。アタシが気持ち悪さを感じるように、感覚的に『違う』と分かるとか。


「それと同時期に邪霊達が明確に我々を襲撃し始めた。先ほどのようなこの世非ざる邪霊――悪魔が複数現われたのだ。それによりいくつかの部族は滅び去り、ムワンガ族は邪霊を使役する悪魔に下った。我々もこの数を残して多くを殺された」


 斧戦士パパ――名前はワンブリーって言ってた――は言って拳を握る。そこにどれだけのドラマがありどんな感情があるかは、アタシにはわからない。ここはゲームではただの休憩所だったポイント。そんな事情があるなんて知りもしなかった。


「それは他の部族も同じだ。我らは団結し、山に通じると言われる道を守るべくここに居を構えた。魔除けの柱を立て、邪霊を排するために戦っていたのだ。ここしばらくは魔除けの柱の効果もあって、奴らはこの場所に近づかなくなった」


 魔除けの柱と言うのは入るときにあったトーテムポールかな? <フルムーンケイオス>では辺境の村っぽさを示すオブジェだったけど、そういう意味があったのだ。納得納得。


「だが、あの蛇の悪魔は魔除けの加護をものともせずに集落に近づいてきた。貴方達の助力がなければどうなっていたか。集落を代表して、感謝する」


 言って頭を下げる斧戦士パパ。それと同じように他のミュマイ族の人達も頭を下げる。その空気に飲まれるように、斧戦士ちゃんも頭を下げた。


「集落を代表……ねえ。他の部族? はあまり感謝している風に見えなかったけど」


 感謝の気持ちは伝わってくるが、ミュマイ族以外の集落の反応は微妙だった。むしろアタシ達に懐疑的どころか嫌悪感すら感じるぐらい。大人たちはともかく、アタシと同世代か少し上の人達はあからさまに罵ってきた。


『何者だ、貴様! さては悪魔の使いダナ!』

『あの蛇を呼び込んだのも、貴様ダロウ!』

『ミュマイ族の役立たず娘があんなに強いはずがなイ! きっと悪魔の力ダ!』


 ……思い出すだけでムカムカしてくる。アタシの指示のおかげでエキドナ倒せたのに。


 その場はそう言った文句を言う輩をその親が宥めて収まったが、納得したようには見えない。


「すまない。我々も一枚岩とはいかない。ましてや度重なる悪魔との戦いで疲弊しているのだ。安全と思っていた魔除けの柱を破られ、動揺していたところだ。

 もちろん、それで恩人を悪し様に罵っていい理由にはならない。深く謝罪する」

「別にいいわ。悪く言われるのは慣れてるし。

 人間都合のいい解釈を信じたくなるものよ。村の守りが無効化された、っていう危険な状況よりもアタシ達が導いたっていう都合のいい嘘の方が安心できるもんね。アタシ達を排除すれば安全。そう思ってしまうのが人間ってもんよ」


 頭を下げたままの斧戦士パパにそういうアタシ。厳しい現実よりも、優しいフェイクを信じたくなるのが人間だ。端から見ればそんな馬鹿なと思う事でも、信じてしまうモノである。そんなのはもういくらでも見てきた。


「確かにニダウィさんの努力を悪魔の力の一言で罵られたのは許せませんね」

「そこはどうでもいいわ」

「一番気にしてるくせに」


 そんなの気にしてないわよ。言ったあの野郎の顔とかがムカつくだけだから。これまで馬鹿にしていたヤツが急に強くなって驚いてるとか、そんな小物っぽかっただけよ。にしても、ムカつくわ。


「聞けばこの地にはナグアルとウェンディゴを求めてきたと聞く。案内が必要なら何名か戦士を貸すが?」

「いいわ。場所は知ってるし。それにそっちも人出は必要でしょ」

「ダーが案内するから、父様と兄様は村を守ってクレ」


 言って胸を叩く斧戦士ちゃん。……いや、待って。


「何でナチュラルにアンタがついてくる流れなのよ」

「ナグアルとウェンディゴを相手するのは大変だろうカラナ。ダーが護衛するのは当然ダロ?」

「いいわよ、二人で勝てるし。もともとその予定だったんだから」


 ナグアルは種族が悪霊系なので聖女ちゃんの聖歌で倒せる。ウェンディゴは動物属性なので、プリスティンクロースの動物特攻のいい的だ。高レベルの相手だけど問題はない。


「ムゥ……。いや、そうかもしれないケド。デモ……」


 いきなり歯切れが悪くなる斧戦士ちゃん。なによ急に。


「まあまあトーカさん。ここまで来たらもう少し一緒でいいじゃないですか。レベルも近くなってパーティ? も組めるわけですし」

「パーティ自体はとっくに組めたけどね」

「ニダウィさんと組んで、何かデメリットがあるんですか?」

「デメリット……そうね。ないかな」

「じゃあいいじゃないですか。選択肢が増えるほうができることはありますよ」


 理詰めで説得されるアタシ。確かに別に断る理由はない。経験点が減るわけでもないし、むしろ手数が増えて狩りの効率も上がる。デメリットは軽戦士向けの相手じゃないぐらいで、もともと二人で十分だったのだから言うほどでもない。


『ニダウィちゃんはそう言うことがないように、優しく育ってほしい。そう思っているだけです』


 昨晩ぐらいに言ってた聖女ちゃんの言葉がリフレインする。もう、いろいろ面倒なのよ。 


「まあ、いいわ。今後の成長方針もあるし、レベル70になるまでよ」

「はい。じゃあニダウィさん、明日から一緒に頑張りましょ」

「ウム! まかせロ!」


 いきなり元気になる斧戦士ちゃん。浮き沈み激しいわね、まったく。


 ようやく明日からアウタナでのレベリングが始まるわ。サクサク行きましょう。

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