17:メスガキは湖で狩りをする

 騒動もひと段落、ようやく集落を出るアタシ達。


「……スマナイ。二人には不快な思いをさせタ」

「そうね、余計な時間喰ったわ。早く狩りに生きましょう」

「大丈夫ですよ、ニダウィさん。トーカさんも私も気にしていません。むしろニダウィさんの活躍に喜んでいるぐらいです」

「アタシはそんなこと欠片も思ってないからね」

「ええ、トーカさんは『アタシが育てたんだから、勝てて当然』と言った感じでしたね」

「余計なこと言わないでいいから。早く行くわよ」


 そんな会話をしながら道を進む。少し歩けば森に入り、進むことしばし。目的の場所にやってくる。山の上から落ちてくる滝と、それにより生まれた湖。そこに奴らはいる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


名前:ナグアル

種族:悪霊

Lv:76

HP:142


解説:動物霊に憑かれた元人間。人に害をなす悪霊憑き。


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「ウウウウ……!」


 口から涎を垂らし、唸り声をあげている。ムワンガと違うのは、あっちは自発的に仮面を被って敵となり、こっちは病気みたいに事故的に魔物になったという感じだ。まあその辺はどうでもいい設定ね。


「ナグアルはアンタが担当よ。お願いね」

「はい。聖なるかな――」


 悪霊に憑かれたナグアルに対して前に出る聖女ちゃん。【人に善意あれ】を歌うと同時に【守護天使】を召喚する。歌の効果範囲内に入ったナグアルはHP回復効果を受けてHPが削られていく。


『優しき者』『天使の癒し』のトロフィー効果もあってこちらに到達するころにはボロボロである。そこに【守護天使】の【ヒーリング】と斧戦士ちゃんの【夫婦剣】がとどめを刺す。


「おれはしょうきにもどった!」


 なんてばかりに動物霊に憑りつかれた人は走り去っていく。でも再登場スポーンするわけだから、また動物霊に憑りつかれるのである。ゲームの仕様とはいえ、何度も憑りつかれるとかなにしたんだろ?


 とか考えてると、大きさ3mほどのシカの化け物が目に映る。目を赤く光らせ、こちらに向かって突撃してくる。


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名前:ウェンディゴ

種族:動物

Lv:82

HP:228


解説:人を食らう巨大なシカの化け物。寒気を操り、見たものを病気にする。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ウェンディゴ!」

「ん。じゃあアタシの出番ね」


 斧戦士ちゃんが叫ぶと同時に【早着替え】でプリスティンクロースに着替える。動物特攻があるドレスにプラスして【笑裏蔵刀】のクリティカル攻撃。<古呪>を与え、相手の行動を制限する。その後は聖女ちゃんにタンクをしてもらいながら残りHPを削っていく。


「はい終了。やっぱりこのあたりは相性がいい狩場だわ。悪霊も動物もアタシらにとったらざこ同然だし。レベルも高いからガンガン経験点はいるわね」

「生き生きしてますね、トーカさん」

「そりゃそうよ。楽して強くなる。これが遊び人の醍醐味なんだから」


 他のジョブだとこう簡単にはいかない。地道にレベルアップするとか、もう無理ね。


 そんな感じで順調にナグアルとウェンディゴを倒していくアタシ達。


「これでどうダ!」

「くそう、やっぱり打点では負けるかぁ……」


 そんな中、斧戦士ちゃんの活躍は大きい。武器こそトマホークとムワンガアックスというしょぼい斧だが、いかんせん攻撃速度が半端ない。ここまでレベルが上がると素の打点も高くなるので攻撃が全く通らないということはなくなった。


「ふふん、遊び人に負けるようなダーじゃなイ」

「この前までその遊び人に当てることすらできなかったくせに」

「……そうだナ。それは感謝しないとイケナイ」


 アタシの軽口に反撃が返ってくるかと身構えてたけど、急にこっちに頭を下げる斧戦士ちゃん。な、なによ?


「ダーを強くしてくれて感謝スル。トーカがいなかったら……トーカが諭してくれなかったら、ダーはずっと意固地になってタ。弱さを認められなカッタ。」


 斧戦士ちゃんがアタシの方を見て言葉を放つ。おべんちゃらとか褒め殺しとかそんな悪意のない。そんな真っ直ぐな言葉。嘘のない感謝の言葉。そのぐらいアタシにだってわかる。


「ハッスンに勝てたのモ、こうして強くなったのモ、今こうして戦えるノモ、二人のおかげダ。感謝スル」


 言って頭を下げる斧戦士ちゃん。あの弱くて反抗的だった斧戦士ちゃん強くなり、心からの感謝を告げている。その光景を前に、ちょっと目頭が熱くなってきた。あ、やばい。


 アタシは何かを言おうとして、飲み込んだ。頭をかいてから、斧戦士ちゃんの頭を軽くはたく。


「なに言ってんのよ。まだまだ軽戦士は先があるんだから。こんぐらいで満足してちゃだめよ。

 あんなざっこなんて勝って当然。『戦える』なんて最低条件。こっからはアンタ自身が自分で鍛えて強くなりなさい。家族とか戦士の誇りとかを背負ってるんなら、なおの事よ」

「ああ、当然ダ! ダーはもっともっと強くなル!」

「よーし、そんじゃガンガン狩っていくわよ」


 アタシの声に合わせて、斧戦士ちゃんが斧を振り上げて敵に突撃していく。目の下をゴシゴシと拭いて、気持ちを切り替える。


「素直に感動して泣いてもいいと思いますよ、私は」

「泣いてないわよ。大体まだまだ満足しちゃダメなのは間違いないんだし。さあ、レベルアップの続きよ」

「そうですね。先生も負けてられませんからね」


 先生じゃないけど、負けてやる気はないわよ。ふん!


「これでどうダ!」

「聖なるかな、聖なるかな――」

「レアアイテム盗ませろ。或いは落とせ! ……だめかー」


 そんな感じで日が真上に上るまでナグアルとウェンディゴを狩り続けたアタシ達。レベルも3つほど上がり、いったん休憩と言うことで湖から離れて昼食タイム。


 そんな一息ついてのんびりしているところに、近づいてくる足音があった。


「ふ、やはりここか。原始の呪術服と聖女の歌。ならばナグアルとウェンディゴを狩るは必至。積み重ねし戦の果てに、何を見る?」


 角の生えたドクロ兜に黒い着流し。日本刀を手にした男。それがゆっくりと歩いてくる。


「相変わらず何言ってんのか、全然わかんないんだけど」


『夜使い』の厨二ドクロだ。もう何なのよこのドクロ。ストーカー?


「トバリさん、この前は助けていただきありがとうございます。貴方が他のムワンガ族を押さえてくれなかったら、こちらも危なかったです」

「死を与えるが我が務め。悪魔の呪いを砕き、真なる呪王を示す意味もあった。それだけの事よ」


 聖女ちゃんのお礼を受けて、鬼ドクロはそう返す。よくわかんないけど、お礼は要らないってこと?


「で、何の用? ナグアルもウェンディゴも呪具落とさないから、『夜使い』が狩る理由はないけど」


 呆れと不信を隠そうともせずにアタシは言う。ムワンガの森は『ムワンガタリスマン』という呪いのアイテムがあったからそれを狩りに来たんだと納得できたけど、ナグアルとウェンディゴは違う。『夜使い』がわざわざ足を運ぶ理由はない。


 となると、アタシ達が目的だ。警戒するに越したことはない。


「聡明だな。故に他者から疎まれるのもやむなきことか。遊び人にするには惜しい」


 鬼ドクロはそんな前置きの後に、アタシにこう問いかけた。


「汝は悪魔と深き関わりがあると聞いた。ならば此度の聖なる山への関与も疑われるは当然。

 問おう。何ゆえこの地を訪れた?」

「はぁ?」


 相変わらずよくわからないけど、最後の問いはわかった。それだけ答える。


「知らないわよ。この山が悪魔に狙われてるって知ったのはつい最近だし。ここにはレベルアップしに来ただけ。邪魔だったらすぐに去るわよ」

「なるほど。されど努々注意せよ。汝は人に疎まれる呪いがある。それもまた汝。呪いと祝福は表裏一体。今はその道を進むがいい」

「……相変わらずわけわかんないわねぇ……。要件はそれだけ?」


 ため息をつくアタシに、鬼ドクロは抜き身の刀を構える。


「なに、やる気なの?」

「魔が、来る」


 ――そんな言葉と同時に、


「ワオオオオオオオオオオオン!」


 地獄の底から聞こえてくるような、犬の叫び声がアタシの耳を劈いた。

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