17.5:魔王系厨二な夜使いはコミュ障である(トバリ side)

 針尾はりお刀祢とおや(49歳男性)はゲームオタクであった。


 若いころは家庭用ゲームにはまり、社会人になったら日々の稼ぎをソシャゲに回す。趣味にお金を惜しまない性格で、且つ多くのゲームに課金していた。食費を削って、家賃に手を出しかねないぐらいにすべてをかけていた。


 このままいけば金融に手を出しかねない。自分でもそれは破滅の道だと分かっていても、それを止められないのはわかっていた。だって新作出るんだよ。これまでのゲームだってここで課金止めたら無意味になるじゃないか。投資するなら最大限。倍々プッシュは必勝。たしかマーチンゲールだったっけ? とにかくそんな感じで。


「オー・ギルガス・リーズハグル・シュトレイン。偉大なる三大神に願い仕る」

「天杯の寄る辺に従い、剣の導きに従い、聖母の歌声に導かれし者よ」

「時は満ちた。始祖との契約に従い、我らに救いを与えたまえ――」


 しかし、そうなる前に彼は<ミルガトース>に召喚された。


(……これは、異世界召喚! しかもゲーム世界じゃね? えーと、<フルムーンケイオス>? やったことないけど名前は知ってるぜ)


 ラノベで見たことのあるシチュエーションを前に、彼は立ち上がる。そしてラノベだとこうするとばかりに『ステータス』を確認した――『ステータス』により常識が改変されて非常識を受け入れるよりも早く、ゲーム世界になじんでいた。


「ジョブは……『夜使い』か」

「素晴らしい。貴方のジョブはこの世界の至宝だ。私の側近になる気はないか?」


 ステータスを確認していると、おそらく王と思われる人から友好的な声をかけられる。自分よりも若く、多くの人を従えていそうな王のオーラ。それを感じ取り、彼は――ビビった。陰キャには耐えられない圧があったのだ。


「やめておけ。栄華の道を進む者は、闇と共にいるべきではない。

(訳:やめてください。陽キャは陰キャに近づかないで。こわい)」


 言って夜使い初期装備のドクロの仮面を被る。


「確かにそうだ。ではこちらからは情報のみの提供としよう。接触方法は――」

「情報が必要なら、こちらから出向く。それ以外は不要だ。

(訳:あ。結構です。必要な時だけ会いましょう)」


 あまり人と会話をしないこともあり、そんな魔王ロールで乗り切る。っていうか誤魔化す。仮面を被って視線をそらし、あたかも堂々としながら仮面の奥はキョドっていた。早くここから去りたいなあ。


「……わかった。こちらは魔王さえ倒してもらえればいい。しかし『夜使い』は特殊なジョブと聞く。【影技】と呼ばれる暗殺者系を育てるのがいいと王家の書物にあった」

「闇に生き、闇に死す。それもまた一興。

(訳:暗殺者? 悪くないね)」


 言いながら彼はステータスのスキル欄を見る。【影技】【暗器】【隠形】……成程、暗殺者っぽいスキル群だ。そして残りの2つを見た。【呪具同化】【闇狩人】。


闇狩人やみかりうどぉ!? うわ、めっちゃ厨二心をくすぐるじゃないか! しかも呪具同化! やっべ、モロストライク!)


「しかし闇を狩り、呪いと共に生きるのが我が覇道。

(訳:闇狩人カッコイー! オサレだね!)」


 彼は迷うことなく【呪具同化】【闇狩人】にスキルポイントを突っ込んだ。脳天を突き抜ける快楽。ステータスによる肉体改造と厨二設定に酔っている精神が交じり合う。俺カッコイー! ヒャッホー!


「何だと……。呪い系の武具を身に着ける【闇狩人】を選択したのか!? 確かに極めれば強いが、それは茨の道。呪いの武具を手に入れることも容易ではなく、書物にも途中で力尽きたものがいると――」

「茨? 道があるなら踏破できぬ道理はない。道なき道を進むよりも容易だ。

(訳:え? でも何とかなるでしょ。多分)」


 それ以上は話すことはない、とばかりに神殿を後にしようとして足を止める。皇子の顔を見ずに背中越しに名を告げる。陽キャを見るの怖いし。


「ワシの名前はトバリ。これより『夜使い』トバリと呼ぶがいい」


 一人称も名前も歩きながら考えた設定だ。針尾刀祢をもじった名前。この方がカッコイイからね。あまり会いたくないけど、コネだけは作っとかないと。そのまま靴音を鳴らして神殿を去る。


 そして再度ステータスとアビリティを確認し……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


★アビリティ

【呪斬】:影を穿ち、そこから相手の精神を殺す。二回攻撃。<呪い>のバッドステータスを付与。呪い系武具を装備していないと使用不可。MP3消費


【呪詛同調】:呪いを我が身とする技法。バッドステータスにかかっているとき、筋力、魔力、敏捷が【呪具同化】レベル×2上昇。常時発動。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(呪い系の武具ってなんだよこれ!? それがないと使えないアビリティとか聞いてないよ! しかももう一つもバステ受けた時とかなにそれ!?)


 誰もいないところで蹲り、後悔する。しかもスキルポイントはもうない。初期装備のドクロ仮面とダガーでどうにかするしかないのだ。普通は初心者同士でパーティを組んでいくのだが――


(無理……! 他人に話しかけるとか、陰キャにはレベル高すぎる! こうなったら一人でやるしかない!)


 こうしてトバリは一人で狩りをする。誰かに見られて話しかけられるのが嫌なので、できるだけ人がいない場所と時間を選ぶ。その結果として、狩りの時間は夜となった。初心者が狩るイッカクウサギが出る森を、夜中一人で狩りに出る。


『なあ、夜になるとあの森にスケルトンが出るってよ』

『いや、あれは夜使いトバリだ。なにやら不穏なことをしているらしい』

『呪いを振りまくジョブらしいからな。近づかないほうがいいぜ』


 夜中にドクロ仮面を被り、一人何かをしている。まさかレアジョブのトバリが初心者用のモンスターを黙々と狩っているなどと思いもしない。


(くそぅ、ダガーじゃなかなかウサギ倒せないなぁ。でもこれより強いと大変だし。アビリティもろくに使えないからなぁ。……お?)


 黙々とイッカクウサギを狩っていると、いつもとは違うドロップアイテムが見つかった。イッカクウサギから4096分の1の確率で落ちる『運命の箱』だ。全アイテムの中からランダムで一つ手に入るという。


(うわラッキー! これは売るか? 相場は確か3Mだっけか。これで装備整え――

 いや、これはガチャ……! そう、ガチャなんだ……!)


 売って手堅く装備を整える、と言う考えは、ギャンブル思考によりあっさり消え去った。トバリは箱を開ける前に謎の言葉と踊り――彼なりのガチャ信仰らしい――をしたのちに深呼吸して箱を開ける。そして、


「ごまだれー! よっしゃ、『夜叉ヘルム』! 呪い系装備ゲット!」


 その日、トバリは運命に出会った。呪い系装備を手に入れ、ようやくアビリティが使用可能になる。装備すると<死呪>になるので、【呪詛同調】も使用可能だ。そこから高レベルの敵を相手に破竹の勢い――


 とはいかなかった。


(よーし、このままガチャ続けるぞ! ウサギ狩りまくって『箱』ゲットしまくるぜ!)


 夜叉ヘルムを被ったトバリは、さらにイッカクウサギを狩る。人を避けながら夜の森を徘徊する鬼ドクロ着流し。その姿は初心者や城の兵士からは怖れられる。


 誰も夜の森に近づこうとせず、その間ウサギは狩りたい放題。それでも4096の1の確率の壁は高く、かつその中でも目的のアイテムを手に入れるのはかなりの運だ。


 そして、トバリはわずか4か月でその確率を引き当てる。夜の8時から朝の6時までの10時間黙々と狩りを続けたのだ。時間にすれば約1200時間。15秒に1匹イッカクウサギを狩ったとして、倒した数はおおよよ288000匹。得た『運命の箱』の数は69個。


 トバリはこうした作業ゲームが得意であった。心を殺し、黙々と同じ作業を繰り返す。ソシャゲの周回で鍛えた無の極致。心をクリアにし、目的のために動く。我、自然と一体化せり。作業や面倒ごと大嫌いなトーカとは真逆のゲーマーである。


 踊ったり叫んだりといった『儀式』の後に箱を開けること69回。外れ9割9分。そうして『無影断骨』と呼ばれる日本刀を手に入れる。呪い系の武器と防具を手に入れ、ついでにイッカクウサギをたんまり狩ったことにより経験点も相応に手に入れた。


(やれやれ。こうもあっさり日本刀を手に入れてしまうなんて。これが異世界転生主人公ってやつ? そんじゃそろそろ無双しますか。

 そう言えば町が騒がしいな。闘技場でお祭り? ちょっと見てくるか)


 もうこの町には来ないし、最後に面白そうだから見に行くかと闘技場に向かう。人ごみがいない場所を陰キャ特有の人避けスキルで見つけて観戦する。


 トーカがクライン皇子を闘技場で蹴ったのは、その時だ。聖女に弄られるトーカが、突如バニースーツに身を包んで、皇子を蹴り倒したのを見て、


「罪人が皇帝を打つか。なんたる不遜。しかしそれもまた因果。

(訳:うわ、あの子めっちゃ『ざまあ』しやがった! 惚れる!)」


 言って席を立ったという。トーカに会おうとしたが、聖女のアピールと混乱の中で会うことはできなかった。トバリは城の大臣達にトーカを追うことを告げる。


「皇子を廃したアサギリ・トーカ。ワシはかの者を追うことにする。

(訳:皇子を蹴ったあのロリ、気に入ったから追いかけるわ)」

「おお。トバリ様があの遊び人を追うとは!? 分かりました。全力で支援します」

「支援など不要。闇の猟犬は咎の香りを逃しはしない。

(訳:あ、一人でいいです。あの子目立つし)」


 行き違いこそあったが、トバリは大臣の信頼を得てトーカを追う。トーカを廃して皇子を復活させたい大臣はトバリを信じ、必要以上に追手を出さなかった。結果として、トバリの行為が政治的にトーカを守ったのだ。


 その後、レベルアップを重ねてトバリはトーカを追いかける。とはいえ、コミュ障故に町の中では人目を避けていたため、トーカに話しかけることはできなかった。チャルストーン、ヤーシャ、それぞれの街の入り口でオタオタしていたという。


 そしてヤーシャの壁を越えて人が少なくなったときに、トバリはトーカと接触する。追い求めた人を前に、思いっきり動転するトバリ。


「ハハハ、アサギリトーカだな。

(訳:はははははじめまして、うわめっちゃ噛んだ恥ずかしー! あ、朝霧桃華さんですね)」


 相手の視線に緊張し、キョドるトバリ。そこからはもう自分のキャラを維持するのに必死だった。


「この邂逅は運命。しかるに必然。汝の罪と我が呪いが引きわせた。悪辣なる小娘がたどる道は破滅なり。

(訳:運命的と言ってもいいぐらいに嬉しいよ。『覚悟わからせ完了!』って感じの生意気メスガキ感さすがだね)」


 トーカがトバリの心の中を読めたら、ガチでヒいていただろう。ある意味コミュ障の魔王ロールは正解だった。


「……えーと?」

「しかるにワシが手を下すまでもない。犯した罪を猛省しながら、冥府の道を進むのだ。それが貴様にできるただ一つのコト。

(訳:あ、私は手を出さずに遠くから見守るから。そのままメスガキキャラを貫いてください。ファンです)」


「いや、ただの厨二病じゃん」

「死と滅びこそが生物の安寧にして最後のゆりかご。ワシはそれを操る夜の王と言うことを。

(訳:死とか滅びって、いいと思わない? 言ってて心癒されない? オサレセリフを言わせたら一番だぜ、ワシ)」


「罪なき者などこの世に存在せぬ。真に責められるべきは罪を購わぬ者。死と呪いを内包するワシにこそ、汝の道標があると知るがいい。和の道に回帰せよ。

(訳:トーカちゃんは悪くないよ。いっそそのまま小悪魔キャラとかもいいかもね。あ『のじゃロリ』もいいかもよ)」

「……いや、何ってんのかホントにわかんないんだけど……とりあえず狩りの邪魔はしないでよね。さっきのは出遅れたのを助けてくれたってことで、ノーカンにしとくから」

「問おう。汝らが求めるは血塗られた刃か。或いは悪魔の守りか。千の屍を積み上げ、我は呪いの先を見た。死を受け入れよ。

(訳:そう言えばここに来たのはムワンガアックス? それともムワンガタリスマン? ここで長い間狩りしてて両方ともあるけどいる? プレゼント受けてもらえる?)」

「だから何言ってんのかぜんぜんわかんなーい! 邪魔しないでどっか行ってよねー!」


 一事が万事そんな感じだ。まともに会話することもできずに魔王キャラを維持しながら、それでもトーカと会話をしようとする。ムワンガドラゴに襲われた時も、ファイターを倒せなかったので心の中で謝りながら他のザコ処理にいそしんでいたのである。


 そして、集落近くで再開した。正確に言えば、ミュマイ族の子供を連れていたので集落に向かうのだと思ってこちらに移動したのだ。ニダウィのレベルアップでトーカ達の移動が緩やかだったので、先回りする形になってしまったが。


「汝は悪魔と深き関わりがあると聞いた。ならば此度の聖なる山への関与も疑われるは当然。

 問おう。何ゆえこの地を訪れた?

(訳:チャルストーンとヤーシャではいろいろ事件に巻き込まれたようですね。詳細はわかりませんが、ここに来たのはその事件の関係ですか?)」


 トバリはトーカが『悪魔』と関わっていることを知らない。ただ、チャルストーンを襲った暗黒騎士や、見たことのない六本腕のモンスターの噂は聞いている。それを『悪魔』と言っているだけだ。厨二的に、魔王ロール的に。


 そして会話中に近くでモンスターが沸いた。トバリに注目しているトーカ達からは死角の位置。それを見てトバリは日本刀を構える。ここでかっこいいところを見せれば株も上がるという下心で。メスガキ惚れるかなー。陰キャ的に困るけど、異世界転生主人公だし仕方ないなー、やれやれだなー。そんなことを思いながら、


「魔が、来る。

(訳:モンスターが沸きましたよ)」


 言うと同時に、 地獄の底から聞こえてくるような、犬の叫び声が響く。


(は? 何事!? めちゃくちゃ響く遠吠えなんですけどぉ!? レイドボス出現とかそういうのぉ!?)


 夜叉ヘルムの奥で、トバリは冷や汗だらだらになっていた。


 ――まあつまりどういうことかと言うと、トバリはそんな魔王系ハッタリでコミュ障を誤魔化してるがおどおどしているだけのキャラなのでした。

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