18:メスガキは魔犬?と相対する
「魔が、来る」
鬼ドクロがそう言うと同時に、犬の鳴き声が響き渡る。
音は空気の振動。それを実証するかのようにアタシはびりびりと震える。アタシだけじゃない。聖女ちゃんも斧戦士ちゃんも、周囲の木々も震えていた。音そのものが空気を通して周囲を支配する。近くに沸いたモンスターは、それを聞いて逃げかえった。
音が聞こえてきた方向を見る。そこには、一人の人間がいた。遠くからでも二足歩行と分かるほど、巨大な人間。オーガキングとどっこいどっこいか。それがアタシ達に向かって跳躍してくる。
「うるぁああああああああああああ……!」
アタシ達の目の前に着地するソイツ。着地の衝撃だけで倒れそうなぐらいに地面が揺れる。着地した地面が大きくへこみ、その重さを教えてくれる。上から下まで黒色の巨人。だけど――
「ななななな、なんだコイツ!?」
斧戦士ちゃんが驚くのも無理はない。頭部、右手、左手、その三つに犬の頭がある。頭はまだ狼男のようなモンスターもいるからいい。だけど両手まで犬の頭と言うのは異常だ。その体毛も黒色。それぞれの頭は独立しているかのように動いている。
「トーカさん!?」
「ええ、こいつもエキドナとおんなじよ……」
そしてこみ上げてくる何かをこらえるアタシ。エキドナを見た時と同じような気持ち悪さ。疑う余地などどこにもない。間違いなく、悪魔の作り出した産物だ。
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名前:ケルベロス
種族:NT$B
Lv:?P
HP:HY@*
解説:ごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはんごはん――
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「ケルベロス……ギリシア神話の冥界に住む猟犬です。冥界から逃げた魂を捕らえて食らうと言われています」
「ケルベロスは有名だからアタシも知ってるわ。<フルムーンケイオス>にはいなかったけど」
後のアップデートとかで実装されたとしても、二足歩行で頭と両手が犬の頭とかデザイナーの正気を疑うわよ。ウケ狙うのならもう少し笑いのとれるヤツにしなさいよね。
「たいようがまうえにのぼったからおひるごはんだきょうのごはんはなんだろうなおにくがたべたいおやさいたべたいたくさんたべたいたべたいたべたいたべたいたべたいたべていいかないいかないいかないいかないいかないいかなたべていいていってよいってよいってよいってよいってよおなかがすいてしんじゃいそうだしおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいた――」
「のうみそちょうだいかみのけちょうだいめだまちょうだいほほにくちょうだいしたちょうだいろっこつかみくだきたいしんぞうおいしそういがたべたいかんぞうたべたいないぞうおいしそうおなかのしぼうたべたいこうがんのみこみたいしきゅうおいしそうふとももまるかじりしたい――」
「なまにくぐちゃぐちゃかみくだきたいちをじゅつじゅつすいたいえんずいかみくだきたいけいどうみゃくすすりたいせぼねをすすりたいかみたいすいたいすすりたいかみたいすいたいすすりたいかみたいすいたいすすりたいのみこんでのみこんでのみこんでおなかいっぱいになるまでかみたいのみたいすすりたいのみこみたいかみたいのみたいすすりたいのみこみたいかみたいのみたいすすりたいのみこみたい――」
三つの口が早口にまくしたてる。狂おしいぐらいの狂気。言ってることはわかるけど、それを理解したくない。感じるのは狂気と、そして食欲。
そして急に沈黙し、
「「「――いただきます」」」
落ち着いた声でそう言うと同時に、襲い掛かってくる。怖い。いろんな意味で怖い。ホラーゲームとかのいきなり出てきたゾンビに殺されるかもしれない怖さじゃなく、理解できない存在への恐怖。そしてそれが、現実の脅威となって襲い掛かってくる。
「ケルベロスってもうちょっとカッコイイイメージがあったんだけど、何なのよこれ!?」
「ケルベロスは甘いものが好きで、食べ物で懐柔されるエピソードが多いんです。そのあたりかと!」
「そんな『実は人間臭い猟犬』っていうキャラじゃないわよ、これ!」
叫びながらとっさに下がるアタシと前に立つ聖女ちゃん。攻撃方法も特性も何もわからないけど、物理攻撃っぽいならこの陣形で様子見できる。
「悪魔ノ、手先! 許さなイ!」
斧戦士ちゃんは叫んでケルベロスに立ち向かう。集落近くに現れた悪魔が生み出した存在。それを見過ごすわけにはいかない。そのために強くなろうとしたのだから、ここで逃げる選択肢は斧戦士ちゃんにはない。
「アタシはとっとと逃げたいのにー! 勝てる相手に上から目線で戦うのが好きなのにー!」
「笑止。智謀に溺れる傲慢こそが汝の宿業か。その叡智を未知なるものに向けぬのは宝の持ち腐れ。歩むは覇道か、あるいは逃亡か。
(訳:あ、キミはこのゲームデータ知ってる系なんだ、すごいね。そのチートが通じず知らない敵を前にかんしゃく起こすトーカちゃんもかわいいね。戦う? 逃げる? どっちでも応援するよ)」
叫ぶアタシに鬼ドクロが鼻で笑ってくる。……なんか、言葉では煽られてるんだけど微妙に粘着されてるような気がする。いや、ほんとわかんないんだけど。ホント何考えてるのかわかんないんだけど。
「エキドナと同じように行きますね!」
「逃げるナラ、集落に危険を伝えてクレ!」
そして戦う気満々の聖女ちゃんと斧戦士ちゃん。ああ、もう。しょうがないわね。
「とりあえずヘルハウンドと同じようなデータと想定していくわ。戦いながら修正していくから」
犬型モンスターの最上クラスのヘルハウンドのデータを思い出す。口から火を吐いてくる物理系モンスター。速度と炎、そして高いHP。それが3体。こっちは癒しタンクと回避系二刀流軽戦士、そしてアタシ。この数秒のケルベルスとの攻防で、大雑把な命中率と火力をだす。
そして、この状況なら――
「速攻で行くわ。アンタは【太陽は東から】で攻撃力上げていって。【守護天使】は回復専念。状況に応じて【人に善意あれ】で回復に移行よ」
「前に出て聖歌を歌うとケルベルスの攻撃力も上がりますけど、大丈夫ですか?」
「危険よ。だから根性で避けなさい。アンタの回避が勝負の分かれ目よ」
「了解ダ!」
アタシの言葉を受けて、斧戦士ちゃんが頷く。ハイリスクハイリターン。はっきり言って愚策だ。だけど今見た感じでは、いきなり死ぬことはない。むしろ今は急いだ方がいい。
「一応聞くけど、アンタはなんか知ってるの? このワンコの事」
アタシはケルベロスから目をそらさずに鬼ドクロに問いかける。鬼ドクロがやってきたタイミングであのケルベロスがやってきた。しかも『魔が、来る』とか言ったのだ。これで無関係とかまずありえない。
「虚偽まみれた人の世で真実に価値を見るか。何を言ったところで、奸智優れた汝は信じはしまい? だがあえて言おう。ワシには関わりなきこと。
(訳:マジ知らないです。信じてほしいなぁ。マジでマジで)」
重ったるい声で答えてくる鬼ドクロ。簡単に事情を暴露するような相手じゃないってことね。
「その証として、今は汝の駒となろう。夜を統べる王の技、未熟なる汝には身に余ろう。だが汝の才が開花すれば、闇の中に光を見出さん。
(訳;あ、折角なんでワシを好きに使っていいよ。命令して。『夜使い』ってピーキーだけど、キミならきっと使えるさ。っていうか使い方教えてほしいぐらい)」
「……よくわかんないけど、手伝ってくれるってこと?」
アタシの隣に立って、刀を構える鬼ドクロ。相変わらず何考えてるのかわからないけど、一緒に戦ってくれるらしい。
「……なんかあの人、あまり信用しちゃいけない気がします」
いつもは誰でも信じるいい子ちゃんの聖女ちゃんが、疑惑を隠そうともしない半眼で鬼ドクロを見てぼそりと呟いた。
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