13:メスガキは膝をつく

 集落近くで何か騒動が起きている。


 アタシにはそうとしか見えないんだけど、斧戦士ちゃんはそれが悪魔の襲撃だという。叫んでそのまま走り出した。


「行きましょう、トーカさん!」


 言って聖女ちゃんも走り出す。しょうがないからアタシも後を追うように走った。走りながら考える。このあたりにいるモンスターで悪魔はいないはずよね。


 アウタナ山周辺は悪霊と動物が主だ。ダンジョンに入ればムワンガみたいなのもいるけど、フィールド状はほぼその二種。悪魔属性のモンスターはいないはずなのに。


 考えられるのは2パターンだ。一つは本当に悪魔だったパターン。<フルムーンケイオス>の仕様とは別の何かがある。ラクアンで出会った悪魔みたいに、暗躍しているパターン。


 もう一つは斧戦士ちゃんの勘違い。悪魔属性じゃないモンスターを悪魔と勘違いしているパターン。見た目が悪魔っぽいモンスターを勘違いしている。


 どっちにしても実物を見ない事には判断がつかない。本当に悪魔だったら、その時はその時だ。斧戦士ちゃんの勘違いなら、違うじゃないのよってツッコんでやる。暴走しがちなあの子だし、ありえそうだ。


 近づくにつれて、集落を襲ってるモンスターの外観がはっきりしてくる。たとえるならでっかい蛇だ。下半身が蛇で上半身が人間のモンスター。ラミアって呼ばれる幻獣属性のモンスターね。それが複数の戦士と戦っている。斧戦士ちゃんを男にして大きくしたような人たち。おそらく集落を守る戦士達だ。


 なんだやっぱり斧戦士ちゃんの勘違――ぐるん。


「う、ぷ……っ!」


 はっきりとモンスターの姿を視認した瞬間に、耐えがたいほどの吐気が襲ってきた。内臓をつかまれて、ぐるぐる回されたような感覚。脳みそをくるりと回転させられたような、そんな感覚に耐えきれずに膝をついた。


「トー……さ……! しっか……呼吸……」


 駆け寄ってくる聖女ちゃんの言葉もよく理解できない。アタシの背中に手を当てて、優しく摩っているのは何となくわかる。それで少し楽になった。その後で、下半身蛇女を見る。


 上半身は胸を覆う鱗のブラジャーだけをした女性の姿。特徴的なのは白く濁った眼球。何も見えていないのか、腕をデタラメに振り回している。攻撃してきた相手には的確に攻撃を返すけど、それ以外は見えていないのか無視している。


 下半身の蛇しっぽで這うように移動している。這う、と言ってもその移動速度は人が走るよりも早い。時折大きく振るわれて周囲の人達を薙ぎ払っている。鱗は固く、撃たれている矢を弾くほどだ。


 それだけなら、目が見えていないだけのでっかいラミアだ。尾まで入れたら10mを超えそうなデカさだけど、それまでなら『そういうモンスターもいるかもしれない』と割り切れる。新しいレイドボスとか、そんな感じで。


 だけどそれ以外はもうデタラメだ。


 両掌に存在する口。それぞれの口が呪文を唱え、複数の魔法を行使する。同時に襲い来る二属性の攻撃。二重の回復。バフとデバフ。二種類の魔法を同時に使い、戦況をコントロールしている。


 更には周囲に振り撒かれる薄い黄色の煙。近づいたものはそれを吸い込み、時折咳きこんでいる。バステの<毒>の類だ。HPをじわじわ削られ、敏捷を下げられる。そんなものが常時展開していた。


 そして何より特徴的なのは――


「こどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこども……!」


 蛇女が自分のお腹を裂く。大量の血が舞った。明らかに自分を傷つけている。最初はただの自爆かと思ったけど、その中から転がってくる複数の卵。それはすぐに孵り、中からどろどろのスライムのような生物が這い出てきた。蛇のように細長いけど、重力に耐えきれずに崩れ落ちるケロイド状の何か。


「また出たゾ!?」

「キリがなイ!」


 その子供(?)は蛇女と戦う集落の戦士達に襲い掛かる。どろりとした体は物理攻撃に耐性があるのか、戦士系の人達は倒すのに時間がかかっている。魔法使い系の人もいるけど、回復や補助などもあり明らかに手間取っていた。


 硬い鱗。怪力。尻尾のフルスイング。2口の魔法。毒の霧。そしてモンスター生産能力。こんなモンスター、見たことない。


「おぞましい姿ですね。トーカさんが怖気ずくのも仕方ありません」

「……違うわ。これ、前にも同じ感覚を味わったことがある」


 呼吸を整えながらアタシは膝に力を込める。聖女ちゃんに支えられる形で立ち上がり、深呼吸して続けた。


「前に少年のナタを見た時の気持ち悪さ。あれを何倍にも濃くしたような感覚よ」

「ナタ……。じゃああれは――」

「ええ。斧戦士ちゃんの言うことは半分正しかったみたい。

 あれ、悪魔の作ったヤツね。未使用データ? <フルムーンケイオス>にない仕様のモンスターよ」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


名前:エキドナ

種族:HKTH

Lv:&$

HP:?>+_


解説:こどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこどもこども――


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ステータス表記もバグってる。レベルもHPも全然わからない。データとして参照にすらならないぐらいのでたらめさ。ナタでもレベルやHPはまだはっきりしてたのに。


「悪魔じゃないけど、悪魔の関係者ね。ニアピンって所かしら」

「エキドナ……。ギリシア神話の怪物ですね。卵を産むのは、多くの怪物を生んだ伝説からでしょうか」

「産んでるっていうか、無理ひねり出してるだけじゃないの。帝王切開どころじゃないわよ」


 吐き気も収まって戦況を見れば、集落防衛をする人達は明らかに押されていた。斧を持った重戦士とシャーマンチックな魔法使いの構成だ。連携が悪いわけではないが、地力の差が出ている。傷ついたものは後ろに回って回復しているが、回復量が明らかに足りない。


「戦えますか? トーカさん」


 訪ねてくる聖女ちゃん。早く助けに行きたいのが見て取れる。それでもアタシを心配しているのだ。自分のやりたいようにやればいいのに、もう。


「アタシがこの人たちのために戦う理由はないわ。データもわかんない相手に特攻するとか、愚の骨頂よ」


 ばっさりと言い放つ。


 これはアタシの信念で、事実だ。アタシはデータと作戦を練ってから戦う。わけわかんない相手にわけわかんないまま特攻するのはザコかバカのすることだ。加えて言えば、この集落の人達に恩義なんかない。今出会ったばかりなんだから。


「はい。そうですね」


 聖女ちゃんは頷き、そして言葉を続けた。


「じゃあ、データが分かったらお願いします。それまでは、私が戦いますから」


 迷うことなくエキドナに目を向ける。聖杭を構え、まっすぐに戦意をぶつけるように。勝ち目なんて見えないのに、勝てると疑わない目で。


 データが分かればアタシが助けてくれる。そう信じてる顔だ。


「アンタ、本当にバカね」

「ええ。信じてますから」

「……ばーか」


 うん。ほんとバカだ。バカばっか。無駄に特攻した斧戦士ちゃんも、アタシを信じる聖女ちゃんも。アタシがいないと、どーしようもないんだもん。仕方ないわよ。


「アンタは【人に善意あれ】を歌いながら蛇女の前で攻撃止めて。【守護天使】は基本【ヒーリング】で回復か【福音】でバステ回復、状況に応じて【深い慈悲】で全体防御をあげて。相手の攻撃を塞ぎながら戦線維持!

 斧戦士ちゃんは1つもバフを切らさずに戦って! コンマ1秒でも隙を見せたら負けると思って気合入れなさい!」

「はい!」

「ムッ、了解ダ!」


 アタシの指示を受けて動き出す聖女ちゃん。すでに戦線に参加していた斧戦士ちゃんもアタシの言葉にうなずいた。


 怪訝に思う集落戦士達に、アタシは胸を張って言い放つ。


「アンタ達、よわよわすぎて見てらんないわ。

 しょーがないから、トーカが助けてあげる。感謝しなさい」

 

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