7:メスガキは酋長ドラゴと戦う
相手はムワンガ族の酋長ドラゴと取り巻きのファイターが四体。ファイターは近接特化で、酋長ドラゴは物理&魔法とバステ振りまき。バステでこちらの動きを制限しつつ、高火力で削ってくるボスよ。
火力の高さも厄介だけど、一番面倒なのがバステ群。アイテム禁止にアビリティ禁止、回復反転にMP常時減少。これらを食らうと手も足も出ない。実際さっき逃げてきた人たち……どっかで見たことあるんだけど誰だっけ? ともあれあの人達もそれを知らずに食らって総崩れした。
「そんじゃ頼むわよ」
「はい!」
なんで聖女ちゃんはバステ対策で【人に善意あれ】を歌ってもらう。歌が届く範囲内は受けるバッドステータスの効果そのものを消してくれる。この影響下なら、ドラゴの戦術を無効化できるのだ。
とはいえ、素のHPが低いアタシがドラゴやファイターの攻撃をまともに受ければおしまいだ。数で圧される前に、速攻でやることがある。
「ねえねえ、お兄ちゃんたちの中で誰が一番強いのかなー? トーカ、一番強いお兄ちゃんに抱きしめてほしいなー」
カグヤドレスの【姫の要求】で盗み&<魅了>をかける。ボス属性のドラゴには<魅了>は効かないけど、ファイターには効く。
「オレダオレダ!」
「ヨメ、ヨコセ!」
「ホワオ!」
ファイター4体は同士討ちを始めた。それぞれの武器を持ち、周りのファイターと殴り合う。あと近くにいたドラゴも巻き込んだ。
「ちょろいわね。まあ、アタシの魅力の勝利?」
「……ミュマイ族はこんな奴らと長年戦ってきたノカ……」
ドヤるアタシ。さっきのシリアスの落差にげんなりする斧戦士ちゃん。
でもこれで終わるわけがない。<魅了>がかかっている時間はそう長くないし、ボス属性のドラゴには効かない。【人に善意あれ】の効果は敵味方全員なので、ファイターが聖歌の範囲内に入ってきたらこの戦法は使えない。
要するに、結構水際。ファイターが同士討ちしている間にドラゴをどうにか無力化し、その後で聖歌を解除してファイターを倒す。それが勝ち筋だ。聖女ちゃんは聖歌と斧戦士ちゃんの守りで手いっぱいになるだろうから、メイン火力はアタシになる。
手が足りない、と言ったのはまさにここ。ファイターが来るまでにアタシの火力でドラゴのHPを削り切れるか。時間制限がなければ、あるいは初めから戦う気でいたのなら可能。ドラゴのデータはわかっているんだから、対策なんていくらでもある。
だけど今回は準備なし。手数が足りないことはわかっている。
「ホワアアアアアア!」
ドラゴの両腕がぐるぐる舞い、怪しい踊りを踊る。体に書かれた文様がぐるぐる回り、腰ミノがしゃんしゃんと音を立てる。視覚と聴覚が刺激され、しびれるような感覚が襲ってくる。バッドステータスの<死呪>。アンデッド属性になって回復効果を反転させるバッドステータスだ。最初導入された時は、回復系が泣いてたなー。
「すごーい、もっとがんばれもっとがんばれ。む・だ・ぼ・ね」
でも【人に善意あれ】の影響下にあるアタシには効かない。正確にはバッドステータスは付与されてるけど、効果は出ない。バステ消去との違いは、聖歌が止まると効果が発動することだ。
「酋長さんの体、おさるさんみたーい」
【ハロウィンナイト】を使ってドラゴに動物属性を付与する。その後で【早着替え】でプリスティンクロースに着替え、
「人間の猿真似、うまいね。褒めてあげる」
【笑裏蔵刀】でクリティカル攻撃。自分より高レベルの相手に攻撃修正が付く『格上殺し』『勇猛果敢』『不可能を覆す者』。ボスへの特効を持つ『単独撃破』。そして動物特攻。これらの固定ダメージがクリティカルで素通しになる。
「ホロロロロロロ!」
ダメージは通ったけど、倒すには至らない。二度は使えない初手の最大ダメージ。ドラゴは反撃とばかりに拳を振り上げる。【メガバッシュ】。無属性の物理攻撃だ。まともに食らったら、アタシの可愛い身体は一撃でやられちゃう。
「げ・ぼ・く、バリアー!」
急ぎ【早着替え】でクイーンオブハートに着替え、トランプを消費してトランプ兵をアタシの前に召喚する。ドラゴの拳を受けたトランプ兵は何とか一撃耐えるけど、二度目は無理だろう。
「……ネーミングとか、発想とか、いろいろ最低です」
「うっさいわね。こっちはいろいろいっぱいいっぱいなのよ」
聖歌の合間を縫って、聖女ちゃんのツッコミが入る。言いたいことは視線で嫌になるくらい理解してるけど、こっちも余裕はないんだから。
バステ付与は聖女ちゃんの歌で無効化できる。自然攻撃もアタシのドレスでどうにかなる。だけど拳で殴ってくるのは止められない。何せアタシは
『アタシが野蛮な男達に殴られて捕まって、森の奥で人には言えないあーんなことやこーんなことされてもいいのねアンタは。裸にされて縛られて、その後は……』とか続けて聖女ちゃんを困らせたいけど、そんな余裕もない。一手間違えれば本当にそんな未来になりかねないのだ。
トランプ兵を盾にして、ドラゴと付かず離れずの距離を維持しながらトランプで攻撃を仕掛ける。『格上殺し』系の称号による固定値上昇。プリスティンクロースの動物特攻。これでじわじわ削っていくけど、決定打には遠い。
対しこちらの守りは二回耐えればめっけもののトランプ兵、<古呪>による確率の行動停止、そして【微笑み返し】による<困惑>の命中低下。殴ってくる確率はそう多くないけど、一撃食らえば形勢逆転の綱渡り。
呪いのダンスと魔法攻撃は完全に無効化できるけど、そればっかりしてくるわけじゃない。そしてその一撃を凌ぎきれなかったら、やられてしまうのだ。
「ボロロロロロロロ!」
HPが半分以下になったドラゴの暴走モードが発動する。言っても攻撃力と速度が上がるぐらいだ。攻撃回数と共にバステの使用回数が増えて猛威が振るう厄介な状況だけど、今のアタシ達にはそっちはさして意味をなさない。むしろ厄介なのは、
「呼び出したばかりの下僕バリアーなのに……!」
「ですから呼び名!」
今までドラゴの攻撃を一回は何とか耐えていたトランプ兵が一撃で吹き飛ばされるようになったことだ。最悪の事態を考慮して常時トランプ兵を召喚する。その分こちらの手数が減り、時間が経過していく。わかってはいたけど、手数が足りない。
「オロロロロロ!」
そして同士討ちで勝ち抜いた後、<魅了>が解除されたファイターが参戦してくる。ドラゴより攻撃力は低いとはいえ、アタシからすれば無視できない威力だ。同士討ちしていたので傷ついているのが救いか。
聖歌のエリアに入っているので、もう<魅了>による攪乱は使えない。レベルがアタシより上なので称号による固定値は有効だから倒せない相手ではない。だけど、そっちに手を回せば、ドラゴへの対応が遅れる。もうちょっと<魅了>が継続するはずだったけど、バステの自然解除は運だ。仕方ない。
「トーカさん!」
「斧戦士ちゃんから離れたらダメ!」
駆け寄ろうとする聖女ちゃんを制するアタシ。今聖女ちゃんが動けば、斧戦士ちゃんが狙われる。斧戦士ちゃんを戦線離脱させれば、フィールドに沸いたムワンガ族にやられかねない。聖女ちゃんのそばが一番安全なのだ。
ファイター二体を処理した後にドラゴと戦うしかない。【ハロウィンナイト】+プリスティンクロース+【笑裏蔵刀】のコンボを二連続。その間にドラゴがバステ踊りを繰り返してくれれば、何とか次に繋がる。カウンターダメージは痛い上に薄い道筋だけど、それにかけるしかない。
「ワホォ!」
「ホロホロホロ!」
「うそっ、このタイミングで沸くの!?」
覚悟を決めたアタシの耳に、ムワンガアーチャーとシャーマンの叫び声が聞こえる。茂みから飛び出してきたアーチャー3体とシャーマン2体。マズった。逃げるにしても、機を逸している――
「死は全てに訪れる安寧。翻る白刃を網膜に刻み、闇に帰すがいい」
沸いたムワンガシャーマンとアーチャーは、突然の斬撃に地に伏した。自ら移動し、通り過ぎた相手に即死効果を与える攻撃。こんなぶっ壊れアビリティが使えるジョブは、一つしかない。
「なによ。横殴りに来たの? 一声かけないのはマナー違反よ」
「罪人同士に礼節など不要。我が助けがなければ骸となっていたのは汝。それが分からぬほど愚者でもなかろう」
鬼ドクロ。『夜使い』トバリと名乗ったさっきの人だ。
「いや待て。愚者ではなく、道化の方がいいか。遊び人ジョブの暗喩的な意味で」
……うん。間違いなくさっきの人だった。
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