8:メスガキは酋長を撃破する

「いや待て。愚者ではなく、道化の方がいいか。遊び人ジョブの暗喩的な意味で。

 礼節など不要。我が助けがなければ――」


 いきなり現れた鬼ドクロ。それが【影歩き】でムワンガシャーマンとアーチャーを倒してくれなかったら、結構危険だった。っていうか間違いなくやられていただろう。そういう意味では感謝してるけど――


「おい、ワシのセリフを無視するな。拝聴するがいい」

「見てわかるでしょ。今余裕ないのよ!」


 聖歌のテリトリー内に入ったムワンガファイターとドラゴを相手しないと行けないのだ。言葉通り余裕がない。


「助けていただいてありがとうございます。すみませんが手が離せない状態ですので」


 幾分か余裕がある聖女ちゃんが、聖歌の合間を縫って礼を言う。斧戦士ちゃんはうんうんと頷くだけだ。鬼ドクロの格好と言動に押されている感じだろう。何であれ、あのドクロは『属性:アンデッド』だからね。


「ワシの目的で彼らを滅したのみ。無力なる汝らの手に余るというのなら、蛮勇なる仮面戦士をいただこう」


 いうなりこっちの許可を取らずに、武器を構える鬼ドクロ。わずかに歪曲した日本刀。銘は『無影断骨』。影もなく、骨を断つ刀。それを鬼ドクロが持つとかどんなギャグ? ちなみに効果は高火力だけど自分の物理&魔法防御力を半減するぶっちぎりの呪い武器。


 だけど『夜使い』には【呪具同化】と言うスキルがある。呪い系アイテムを積むと攻撃力と速度にボーナスが付くわ。つまり、防御ガン無視の攻撃特化構成。上級のアビリティにはバステ付与率も上がり、即死発動率も高くなるのもあるわ。


「光ある所に、影あり。生あるところに、死あり。生と死は表裏一体にして同一である。この教え、黄泉路を歩む標とせよ」


 言って鬼ドクロは音もなく歩く。一歩、二歩、三歩。隙だらけの歩みなのに、誰も動けない。まるで時が止まった静寂を進むかのように、ドクロは着流しを揺らしてさっそうと歩く。そして、五歩目。ドクロの持つ刃が煌めいた。斬撃が走り――


「ウアウァ!」

「オロロロロ!」


 ファイター二人は、死ぬことなく怒りの声をあげた。どう見ても生きている。


「ふ、どうやらまだ死する運命ではなかったようだな。死神は慈悲深き神。その慈悲を感じながら健やかに生きるがいい」

「即死失敗はずしただけじゃない」


 しかも【影歩き】は即死するか否かのアビリティなのでダメージすらない。なので状況は何も変わらない。あー、もう! 所詮、確率は確率ってことね。


「愚カモノ、メ! 死ネ!」


 当然だけど、ムワンガ達も黙ってそれを見ているわけがない。ドラゴは腕を交差するように地面を救いあげるポーズをする。森の大地が隆起し、土の弾丸となって迫ってくる。土属性の魔法攻撃ね。らっきー!


「もーぐらー!」


 言いながらアタシは【早着替え】でモールローブに着替える。【カワイイは正義】の効果で土属性耐性を二倍にして、ノーダメージで切り抜ける。そのままファイターを【笑裏蔵刀】で攻撃した。<魅了>して殴り合っていたこともあって、ファイターはその一撃で地面に倒れる。


「ロアアアア!」

「っ……痛っ!」


 撃破と同時に【仮面の呪い】のカウンター攻撃がアタシを襲う。そしてもう一人のファイターの槍がアタシの横腹を裂いた。HPを思いっきり持っていかれる。痛みで倒れそうだけど、何とかこらえた。


 けど、これは――マズイ。HPが減った状態で、ファイターとドラゴがアタシに迫る。


 回復が先か、ファイターをしとめるのが先か。二択を迫られる。もう一回攻撃を受ければ間違いなく倒れる。なので回復しないといけないんだけど、アタシの回復はお菓子とかを食べること。相応に時間がかかる。


 時間がかかれば、そのままじり貧になりかねない。最悪のパターンはここでドラゴがいきなり殴りかかってくること。トランプ兵が破壊され、守りが完全になくなれば手詰まりだ。ドラゴに殴られれば、アタシはHP全快状態でも倒れてしまう。


 トランプ兵が破壊される。ドラゴの【メガバッシュ】だ。続けてアタシの方を見て、拳を握りなおす。加えてファイターも槍を引いてこっちに向けた。


 ヤバイ、最悪のパターンだ。


 ファイターを倒しても、ドラゴの攻撃は止められない。トランプ兵を新たに作ってドラゴの攻撃を止めても、ファイターの槍がアタシを貫く。食事で回復しても、二体から受けるダメージ量の方が圧倒的に多い。ダメージを凌ぐために聖女ちゃんの聖歌を切り替えれば、今受けているバステで動けなくなる。


 だめ、手詰まり。一手足りない。二秒後に迫る命の終わりを理解する。拳か槍か。あるいは両方か。息を止めて、迫る攻撃を見る。こういう時に時間が止まって見えるのは何のイジメよ、なんて場違いなことを考えて――


「ミュマイ族を、侮るナ!」


 そんな声が止まった時間を砕く斧戦士ちゃんの叫び。そして飛来する手斧。全身を震わせながら、斧戦士ちゃんがドラゴに向かって投げたトマホーク。それがドラゴに迫る。


「ザコ、メ。無駄ナ事ヲ」


 ドラゴは斧戦士ちゃんの攻撃をあっさりと掴み、馬鹿にするように短くそう告げる。ゲーム的にはドラゴの防御力を突破できなかったってところか。視線ターゲットがアタシじゃなく斧戦士ちゃんに向く。


「あ……」


 あっさり止められた攻撃に絶望する斧戦士ちゃん。無駄な行為。意味のない行為。弱い、雑魚、無力。その烙印を押され、戦士として無価値と吐き捨てられた。そんな折れそうな心の声。


「いいえ。無駄ではありません」


 だけど聖女ちゃんは迷いなくそう言い放つ。ドラゴの悪意から斧戦士ちゃんをかばったということもある。だけどそこには、アタシに対するゆるぎない信頼があった。ったく、余計なこと言わなくていいっての!


 斧戦士ちゃんの攻撃。それによりアタシへの攻撃が一つ減った。足りない一手が、埋まる。立て直せ。仕切り直せ。勝利への道をイメージし、その歩みを補強しろ。時間は一瞬。それで十分。イメージなんか、ゲーム中にいくらでもやってきたことだもん。よゆーよゆー!


「ザコはアンタよ、バーカ」


 歯を食いしばってファイターからの攻撃をこらえながら、笑みを浮かべる。トランプを振るい、【笑裏蔵刀】でファイターの仮面を割って倒した。ファイターが倒れるよりも早くドラゴはアタシの横を通り抜け、トマホークを放った斧戦士ちゃんを殴り倒そうと迫る。


「させません!」

「ぷくー!」


 だけどそこには聖女ちゃんがいる。斧戦士ちゃんの前に立ちはだかり、聖なる衣の守りと使い魔の体力で拳の一撃に耐えた。表情から察するに、もう2撃は耐えれそうだ。


「ソコヲ、ドケ!」

「退きません。貴方こそ、敗北を察して退くべきです」

「ハイボク? フザケタ、コトヲ」

「まだわかんないの? しょうがないわよね、脳みそ筋肉のバカだもん」


 会話するドラゴの脇を通り抜けて、聖女ちゃんの隣に並ぶ。【スパイス!】&【ピクニック】でお菓子を食べて、アタシと聖女ちゃんのダメージを回復させた。よし、仕切り直し完了!


「<死呪>が時間経過で解除されたら、聖歌を切り替えますね」

「それで勝ち確ね。<死呪>のHP回復逆転と<封印>のアビリティ禁止がなければ、通常攻撃でじわじわ削っていくだけよ。それ以外のバステは基本無視」

「はい!」


 そんな短いやり取りで作戦会議は終わる。HP回復のお菓子とMP回復のジュースを飲み込んで、笑みを浮かべた。


 アタシ達の負けパターンは、数によって押されてしまうことだ。逆に言えば、ドラゴ単体になってしまえばほぼ負け筋は消える。魔法攻撃は全部アタシが止めれるし、殴ってくるのはトランプ兵か聖女ちゃんに任せる。厄介なバッドステータスを受けても【人に善意あれ】で無効化できる。


 ドラゴの1000近いHPを削っていくのは面倒だけど、そんなに時間がかかるわけでもない。暗黒騎士との10時間戦闘に比べれば楽勝よ。お菓子もふんだんにあるので、HPやMPがなくなる心配もない。


 攻守は交代した。アタシ達が負ける要素はもうない。あとはじっくり攻めるだけよ。


「森ノ木々ヨ、刃ト化セ!」

「そんなの効かないもーん」

「敵ヨ、呪ワレヨ!」

「<足止>? 無視無視」


 じわりじわりとだけど、ドラゴのHPを削っていくアタシ達。聖女ちゃんもタンクに慣れたもので、斧戦士ちゃんへ攻撃がいかない立ち位置をキープする。なんでアタシも動きやすい。


「コンナ、コンナ紙切レに……! コンナ、子供ニ、負ケルハズガ……!」

「負けるのよ、アンタは」

「フザケルナ! テンマ様カラ賜ッタ力ガ、負ケルハズガ、ナイ!」

「いまだに理解できないとか、ほんとばーか。負けた決定打がザコって罵った斧戦士ちゃんの攻撃だって、いまだに気づいてないんでしょ? だからアンタはザコなのよ」


 にぃー、っと笑みを浮かべるアタシ。仮面奥の表情は見えないけど、屈辱で歪んでるんだなぁ、って思うとうずうずする。この瞬間のために頑張ったんだと思うと、達成感があふれてくる。


「よく頑張ったわね、褒めたげる。ま・け・い・ぬ。わんわんわん」

「ボロロロロロロロロォォォォォォ……テンマ、様ァァァァァ!」


 一語一語区切った後で放ったアタシのトランプ。それがドラゴのHPを0にした。


 そして、


「あいたぁ!」


【仮面の呪い】でカウンター食らわなかったら、いい感じで決まっていたかもしんないのになあ、もー。

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