31:メスガキは皆を起こす

「よし。みんな起こしてやるわ。つまんない夢に浸ってんじゃないわよ」


 やることが決まれば、後は行動するだけだ。言っても手足も動かないこの状況でできることは多くない。チャットで話しかけるのが関の山だ。


 要は今見ているのが夢だって気づかせればいい。そっちが間違いで、こっちに戻らないといけないって思わせるだけだ。


 先ずは一番簡単なところから。アタシはアイドルさんにチャットを繋げる。あいも変わらずコンサートの真っ最中だった。


 あんだけキラキラしたいとか言ってたんだから、そこを刺激すればいいわよね。簡単簡単。


『うわー、こんなところに夢の中でしか目立てない引きこもりアイドルがいるわ。現実じゃ輝けないからベッドの中でいい気になって、情けないと思わないのかなぁ?』

『にゃんだとぉ! ずっとベッドにいるわけじゃないやい!』


 あ、素で怒った。っていうかそのワードに反応するんだ。ちょっと意外。


『悔しかったら起きてから現実で頑張ってみなさいよ。夢の中でしかコンサートが開けないねぼすけアイドルさん』

『よーし、そこを動くながきんちょ! ……ってあれ?

 …………やんやん! 今時寝起きドッキリなんて流行らないぞ。個人情報の保護を要求する! 今のカットカット!』

『ぷぷぷ……あははははは! アンタ素だとそんな感じなんだ。ごめん、ちょっとウケた。うんうん。そっちの方がとっつきやすいかも』


 手足が動けばお腹押さえてバタバタさせていたかもしれない。そんぐらいに笑えたわ。


『うんうん。今のは忘れておくわ。アタシも鬼じゃないしね。でも……うん、ごめん。忘れるの無理、だってがきんちょとか。あと居眠りキャラだったんだアンタ。もしかして一日中寝てたりしてた?』

『……それ以上追及すると、本気で怒るよ』

『あー、ごめん。アタシがこの世界に来る前はいろいろイヤになってそんな感じだったの。で、今の状況だけど――』


 あ、マジ逆鱗っぽい。どっちかって言うと心の傷かな。アタシは話題を変えるようにわかっているだけの状況を説明する。肉の塊に囚われたことと、そっから手も足も出ないことも。


『ふむふむ。とりあえず夢の中で眠らせて、っていうのは理解したよ。でもどうするの? 文字通り手も足も出ないわけだし。どうするのどうするの?』

『さあ?』

『さあって……』

『とにかく起こしてからみんなで考えましょ』


 言って次はおねーさんのチャットを繋ぐ。


『うふふふ。聞けば東洋には七歳になったお祝いをする風習があるそうで。きれいな着物を着るとか。えへ、うふふふ、こう、東洋人形とか神秘的ですよね! それが生きて、しかも動いているとかもう神の領域! つまり幼子は皆神なのです!』


 いろいろぶっ飛んでるわねー。そんなおねーさんを起こすのも、そんなに難しくはない。


『きゃー。居もしない子供と遊んでるキモいおねーさんがいるわ。妄想の子供と遊んでヨダレ垂らしてるとか人として終わってるんですけどー』

『ふぁああああん! リアル幼女のガチ罵り! き、きもいとかご褒美でしゅぅぅ! 人生終わっててすみましぇええええん!』

『夢の中でしか愛してもらえないくそざこおねーさん。本気出すことなく人生終了。ほ・ら、もっと子供に罵ってほしいなら起きて。起きてトーカにおねーさんの情けないところ、み・せ・ろ』

『はひぃぃぃぃぃ! ……はっ、ワタクシは一体!?』

『…………それでいいんだ』


 アタシの的確な説得に、何故か呆れた声で突っ込むアイドルさん。なによ、文句でもある?


『……そうですか、そんな状況に。ですがワタクシごときが何かできるわけでもなさそうですね』


 事情を説明した後、ため息をつくように答えるおねーさん。状況的に手も足も出ないというのは変わりはない。


『ところでコトネさんはまだ起こしてないんですか?』

『あの子、何度も話しかけてるんだけど起きないのよ』


 聖女ちゃんの呼びかけは何度もしているけど、起きそうにない。呼びかけたり罵ったりしてるけど、


『もう、トーカさんはその口の悪さを直さないといけませんね』

『いいですか。他人を下に見るような発言をしてはだめです。トーカさんが相手の事を正確に見ているのは理解していますが、かといって傷つけていいかと言うのは別問題です』


 などと言った感じで、受け流されるのだ。


『いやいやいやいや。もう少し優しく起こすとかしようよ。むしろイージーモードじゃないのさ。キミたち仲良しさんだったじゃないの。普通に普通に』

『普通に声かけても起きないからこうしてるのよ。ったく、あの夢見がちのいい子ちゃんは』

『つまりコトネさんは現実のトーカさんよりも、夢の中のトーカさんを選んだということですね』


 む。


 おねーさんの言葉にちょっともやっとした。


『現実のトーカさんを捨てて、夢の中のトーカさんと仲良くしているのですね。ええ、楽しい夢でしょうから目覚めるのは惜しいでしょう。寂しいかもしれませんが仕方ないですね、トーカさん。

 とりあえず今起きている人間だけでお話を進める、と言うのがトーカさんらしい判断と思いますけど』

『……別に、寂しくはないけど』


 重ねられるおねーさんの言葉にもやもやが増大する。言ってることは正しい。起きないあの子に拘泥するよりは、今起きてる人間でどうにかするのが現実的だ。寂しいとか、そういうことはない。ないったらない。


『あ、一番星ですよトーカさん』

『寒くなってきましたね。明日は雪が降るみたいですよ。体を冷やさないようにしないと』


 ただまあ、アタシがこんなに苦悩しているのに幸せそうな夢を見ているのはムカつく。うん、そうだ。ムカつく。そんだけだ。


『なにが一番星よ、このばかー! とっとと起きろー!』


 感情のままにパーティチャットではなく聖女ちゃんの個人チャットに向けてアタシ。苛立ちとムカつきとモヤモヤをぶつけるように、アタシはそのまま言葉をぶつける。


『自分一人で夢見てるんじゃないわよ! そっちにアタシはいないんだつーの! 居もしないアタシに寄り添って、アンタ本当にバカなんだから!

 アタシがいるのは現実こっちなんだからね! 夢のアタシと遊んでないで、はやく目を覚ましなさいよ! アタシはココにいるんだから、アンタはこっちに来なさい! ばーかばーか!』


 ホント、バカ。夢の中のアタシに目を向けて、現実のアタシに目を向けないとか。そんなの絶っっっっ対許さない。


 ――現実のトーカさんよりも、夢の中のトーカさんを選んだ。

 ――現実のトーカさんを捨てて、夢の中のトーカさんと仲良くしている。


 んなわけないわよ。おねーさんのボケボケ発現なんか気にしないけど、でも。


『……夢のアタシの方がいいの?

 現実のアタシよりも、夢の方がいいの?』


 気が付けば、堰を切ったかのようにそんな言葉があふれてた。


『ねえ、夢のアタシを選ぶの? アタシを捨てて、そっちに行くの? 今までずっと一緒に旅してきたのに、そっちに行っちゃうの? そりゃアタシいい子じゃないし、素直じゃないし、口悪いけどさあ……でも、こんなの、悲しいじゃないの……!』


 オルストシュタインを出てからチャルストーンとヤーシャを回ってきて。時間にすれば知り合ってそんなに経っていない仲だけど。その間ずっとわがまま言ってきたけど。いろいろ反発したりして、迷惑かけたかもしんないけど。


 でも、こんなのヤだ。こんな別れ方はヤだ。笑顔でバイバイとかじゃなく、夢の中のアタシを選んで消えちゃうなんて、それをはっきりと思い知らされて頭の中がぐちゃぐちゃになる。


『戻ってきてよ……アタシ、アンタと一緒に旅してきて楽しかったから……これからもアタシと一緒にいてよ……!』

『……もう、何を言ってるんですか。トーカさんは』


 それは――夢へのアタシじゃなく、


『オルストシュタインを出るときに言ったじゃないですか。私達は友達です。ずっと一緒にいますよ』


 へと向けられた、聖女ちゃんの言葉だった。 


『…………ばーか。ずっと寝てたくせに、説得力ないのよ!』

『はい、ごめんなさい。お詫びに頑張りますから』

『ばかぁ! 思いっきりこき使うから、覚悟してなさいよ!』


 きっと手が動けばこの子の頭をぐりぐり弄っていただろう。


 あるいはあふれそうになる感情を抑えるために顔を覆っていただろう。泣き顔をさらさない状況で、本当に良かった。


『……もしかしてもしかして、この状況狙ってた? 煽っちゃった煽っちゃった?』

『子供は素直が一番です。ええ』


 ――個人チャットの内容は聞こえないはずだけど、なんかこの結果を予想していたおねーさんが意味ありげにそんなことを言っていた。

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